警視庁・警備ゼロ課・対魔術特殊部隊

翔龍LOVER

第1話 真面目女子と、クソエルフ




「初めましてー、田中ミノルでーす。見ての通りエルフでーす。元の世界では大森林の警護をやってましたー。 魔術得意でーす。人間界は初心者ですが、よろしくお願いしまぁーす」


 ヘラヘラしながらダルそうに挨拶されたあたしは、強烈な不快感で間違いなく眉毛がひん曲がっていたことだろう。

 こいつは、これからあたしの相棒となるエルフ。

 今日から「対魔術特殊部隊」の正規隊員となったあたしへ課長が紹介した異世界人だ。


「君が月島つきしま伊織いおりー? めっちゃ可愛いじゃん! こんな部署だからどんなゴツゴツ女子が来るのかって心配してたんだよ。あたりだわー」


 馴れ馴れしく肩に手を回すこの軽薄なクソエルフの頬を、あたしは初球からおもっくそぶん殴ってやった。

 

 パッと見は高校生くらいの若さ。水色の髪に水色の瞳、つんと尖った耳はエルフそのものだ。

 着ているパーカーとスウェットはどちらも真っ白でダボダボ、首にヘッドホンを引っ掛けてキャップを被ったB系小僧は、ベストな手応えとともに発泡スチロールくらいの空気感で軽々と吹っ飛び、課長の机の角で頭を打った。


「……ったー。何すんだこの暴力女!」


「うるせー、このクソエルフが。死ね」


 ハズレだ。

 こんな馬鹿、魔術を使う異世界人の凶悪犯となんて戦えるわけないわ……。

 




「神隠し」などと称される異世界転移。

 一旦向こうの世界へ行けば帰ってきた者はいないが、もちろん一方通行ではなく、あちらからもやってくる。

 その数は飛躍的に増え続け、今、人間界は異世界人で溢れ返っている。


 結果、ケモ耳獣人女子がスーツを着て通勤し、エアコンの修理を頼めばワニかドラゴンかわからないような作業員が訪問してくるという、ひと昔からすれば考えられない世の中になった。


 あたしが住んでいるマンションの隣人はワーウルフと人間のハーフだし、人気アイドルグループに異世界人が編成されていることも多くなった。

 世間一般的に見て、今、人間が抱く異世界人の印象はそれほど悪くはないだろう。人間界は、そんな異世界人たちで賑わっている。



 だが、あたしは異世界人が嫌いだ。



 異世界人の中には、強力な魔術や人間離れした肉体を持つ者もいる。

 肉体が強靭な理由は、細胞自体が恒常的に魔素を含んでいるからだ。その強さは魔素の濃度に比例するから、一見するとガリガリで弱そうな奴でも地面に大穴を開けるような怪力を発揮する。


 こういう輩が犯罪を犯せば通常の警察部隊では対処できない。事案が発生すれば百パーセントに近い確率で命を奪り合う戦闘となり、警察官はもとより治安出動した自衛隊員たちもが大勢殉職した。

 対策が急務となり、専門の制圧部隊の編成が急がれた。


 制圧手段は、凶悪犯に対抗できる異世界人を雇い、戦わせること。

 その異世界人を管理監督するため警察官とコンビを組ませ、任務へあたらせること。

 

 この部隊は全国の警察本部に置かれる警備第ゼロ課。

 別の名を対魔術特殊部隊アンチマジックスペシャルフォース、通称「魔特まとく」と呼ばれることになる。


 魔特隊員だったあたしのお父さんは、あたしが小学校四年生の頃、異世界人に殺された。


 訃報を聞いて駆けつけたあたしたちへ、警察の人は「面会するのはやめた方が良い」と言って止めた。だが、お母さんは絶対に会うと言って聞かなかった。

 子供であるあたしの面会は尚のこと強く止められたが、お父さんのことが大好きだったあたしは、お母さんに倣って「会う」の一点張りで押し切った。


 その瞬間から、あたしたちの人生は変わることになる。


 千切れたり焦げたりした遺体が置かれていたのは安置所ではなく、焼かれた人肉の臭気漂う解剖室だった。

 魔力でつけられた傷には魔力痕というものが残るのだが、それが消え去ってしまうらしい。だから調査を急ぐ必要があるのだと説明された。

 ひどい損傷を受けた胴体とは異なり、離脱したお父さんの頭部はあまりにもいつものままだった。


 突っ立ったまま父を凝視するあたしの横には、泣き崩れた母。母はそのあと五年間はまともな精神状態を回復できなかった。

 いや、それすら幸運だったかもしれない。母が父の後を追わなかったことを、あたしは心から感謝している。

 母を支える生活の中、あたしは自分の中に芽生えた抑え難い衝動に気づいていった。


 中学一年生になったある日、父の同僚だった人から、武道場を経営する知人を紹介してもらい、門を叩いた。彼は父の友人だ。

 あたしの気持ちを聞いたその人は血が滴るほどに唇を噛み締め、今は亡き友人の子の前だからと敢えて作っていたのだろう優しげな表情を消してこう言った。


「裏メニューだ。やる気があるなら教えてやる」


 以後、あたしは殺傷を目的とした実戦型戦闘訓練に明け暮れることとなる。

 魔特になれば、きっとお父さんを殺した奴に出会えると信じて。


 あたしの生きる目的は一つ。

 お父さんの仇を討つ。ただ、それだけだ。


 今年、二一歳になった。

 あたしはかつてのお父さんと同じ部署──念願の魔特に配属され、今日から勤務する。


 のだが──。


「おい、これから訓練するぞ。お前の実力を見てやる」


「え──……。面倒くさいなぁ。別にいいじゃん、そんなの。君は昨日まで交番勤務だったんでしょ? ここは初めてなんだから、荷物の整理とか施設の確認を先にやりなよ。僕が雇われたのは一週間前だから、もうこの施設は一通り見たし」


 魔特の事務所があるのは、東京都江東区にある「夢の島・魔術総合術科センター」の中。

 ここがどういう場所かというと、大規模な爆発系魔術などが試術できる広大な敷地の中に、魔術を使った市街地戦や地下戦闘が訓練できるよう幾つものビルや地下施設なんかが造られている、魔術専用の訓練場だ。

 魔特の事務所は、この敷地内にある。

 

「そんなのは後でもいいんだよ! ってか、お前は戦うためだけに雇われてんだろが! 今まさに事案が発生したら、あたしらも行かなきゃならねーんだぞ。訓練もしねーってどういうことだよ!」


 魔特は、凶悪犯に即時対応するため二四時間勤務だ。三部制になっていて、三つの係が順番に当番を担う。

 

 あたしが所属するのは第二係。

 よって、翌朝に第三係へ引き継げば、そのあと仕事をしない日が丸二日間あるわけだ。


 すなわち、今日の朝から明日の朝までが仕事。夕方に退勤しないといけないわけじゃないので時間はある。優先順位を考えれば現場対応最優先なのは明白なのだ。


「分かってるよ、異世界人の犯罪者が現れたら戦えばいいんでしょ? でも、それ以外の時間は自由だって契約の時に聞いてるよ。君こそ、契約に無いことを僕に強制しようとしてんじゃないの?」


 確かに、こいつの言うことは完全に間違ってるわけではない。

 

 魔特専属異世界人──略して「専属」と呼ばれているこいつらは、魔術犯罪者との戦闘で勝つことが至上の命題。


 だが、それには戦闘訓練だけで完璧、というわけにはいかない。

 自由時間を与えて人間界に精通させるのもまた仕事のうち。人間社会に溶け込む異世界人犯罪者たちとやり合うには、そういうことも重要だと考えられている。


 よって、出動体制を維持しつつ出勤と退勤の時間さえ職場にいれば、その他の時間は基本的に自由なのだ。

 まあ、あたしに言わせればそういうのは非番にやれ! って感じだが、人間に協力する条件としてこういうことを言い始めた奴がいたのだろう。

 異世界人なんて、どいつもこいつもクソに決まってる。

 

 いずれにしても、奴らは戦うことだけが仕事なのだから、戦闘訓練が何より大事なのは間違いないのだ。

 それなのにこいつは。


「はあ? 魔術を使う凶悪犯と戦えるのか見てやるって言ってんだ馬鹿。お前のことを把握して運用するのはあたしの仕事なんだよ」


「それは君の仕事であって、僕の仕事じゃないよね。だから僕は、今からつけ麺屋さんに行ってくる。うまそうな店を見つけたんだ。今からでも並びに行かないと開店と同時に入れないんだよ、間に合わなかったら君のせいだからね! 君はいちいちうるさいよ。僕に命令しないでくれるかな」


 さも当たり前であるかのように言い放つ。


 なんだこの意識低い系怠惰エルフは……。

 女と見れば鼻の下を伸ばして体を触ってくるセクハラ野郎だし、今のところ良い部分が一つも見つけられない。


 こんな奴が相棒だなんて、あたしは絶対に認めないからな!




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