ハーピーの羽毛布団

口一 二三四

ハーピーの羽毛布団

 その商品の名を聞いたのは夜更けも夜更け。

 ここまで護衛した商人の男が商談の成功を祝い開いた宴会でのことだった。

 外の静けさとは裏腹になおも賑やかな酒場の片隅。

 ドラゴンを倒したと豪語する酔っ払いの自慢話を背中に俺はこそこそと話し出す商人へ耳を傾けた。


 ハーピー。

 人間の女の上半身に獰猛な大鳥の下半身を持つ怪鳥。

 主に山岳地帯に生息しこの街に辿り着く道中でも遭遇したモンスターの一種。

 元々は女神だったが叶わぬ恋に堕ちてああなったとか、夫に先立たれ身投げした女の霊魂が鳥に乗り移りああなったとか言われているが、成り立ちうんぬんはどうでもいい。

 かぎ爪で持ち上げた石を落下させ積み荷を奪い、死肉を貪りギャアッギャアッと酷く鳴く姿を知っている者からすればただ面倒なモンスターでしかない。

 血と死臭で汚れた羽根は飛ぶことに特化しており、並大抵の武器ではキズ付けるのも難しいほど硬く、鋭い。

 通常であれば売り物にもならないが、『正しい手順』を踏めばその羽根はこの世のどんな羽毛よりも軽く、柔らかく、暖かくなる。

 それがハーピーと『恋仲』になること。

 他のモンスターと同様本能的に人間を襲うハーピーであるが、稀に人間に興味を持ち近づいてくる個体がいる。

 そのハーピーは他のものより知性が高く、そして群れからはぐれてる場合が多い。

 孤独を人間で埋めようとしているのか、それとも成り立ちのように元は人間だった名残なのかはわからないが、とにかくそういう個体は人間側が友好的に接するとすぐ懐き行動を共にしてくる。

 寝食を共にし、こちらの言葉を教え、理解させ、こちらが仲間であると、いや。

 それ以上の関係であると何日も何年もかけて刷り込ませていく。

 ちなみにこの段階では羽根はまだ硬いままだ。

 迂闊に触ろうものなら指を負傷し最悪警戒され全てがパーになる。

 じっくり、確実に。好物の肉を与え美醜の価値観を教え人間の女にそうするように贈り物をし、これでもかと言わんばかりの愛の言葉を囁く。

 始めは理解していなかったハーピーも長い長い期間そうすることで知恵をつけ、自分がどういう存在なのか、相手がどういう存在なのかを理解し。

 番、伴侶として認めていく。

 この頃には羽根も柔らかくなっているが普通の鳥程度。ここからいよいよ極上の羽毛に仕上げる最終段階に入る。

 ハーピーと寝る。つまり初めての性交を迎えることだ。

 発情期になったハーピーを招き入れ、裸と裸で向かい合う。

 醜い鳴き声が嘘のようにしおらしく、甘美に鳴く声をキスで黙らせ行為に及ぶ。

 その瞬間、自らの好いた存在を受け入れるかのようにハーピーの羽根は軽く、柔らかく、暖かく。

 最高級の『商品』として完成する。

 こうなってしまえばあとは簡単。

 愛する者と結ばれた幸せの中すやすやと眠るハーピーに苦痛を与えないよう即死させる。

 どうやって殺すかは人によるが、首を斬るのが一番手っ取り早く羽根へのダメージも少ない。

 そうして解体作業を行い、必要な部位を洗浄し加工すれば。

 この世のどんな寝具よりも寝心地のいい、一年は遊んで暮らせる金貨を生み出す『ハーピーの羽毛布団』が完成する。



 商人の間じゃ有名な話だ、と締めくくり商人は残った酒を飲み干しおかわりを頼んだ。

 俺はあれだけ飲んだにも関わらずすっかり酔いが醒め考えていた。

 モンスターと人は違う。

 野蛮で、獰猛で、危害を及ぼす存在だ。

 それでも、愛を利用し、殺し、商品として売り出す行為は。

 同じ人間として頷いていいものとは言い難かった。

 何より、『首を斬るのが一番手っ取り早い』。

 この商人も同じ手口で『自分を愛した存在を利用した』のだろうと、嫌悪感がわき上がり。

 酒の残るジョッキを、一年は遊んで暮らせる金貨入りの袋の隣へ、静かに置いた。

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