第39話 〈落葉の樹林〉の異常事態
「クソ……いつまでも調子に乗るなよ、平民風情が」
――瞬間。
苦虫を噛み潰したような表情になったモルソーが、ばっと大きく右手を掲げた。
「オレはマニエール家の長男だッ!
「ほう? 奇遇だな、僕も長男だ。そして僕が君にタメ口を叩いたのは、今この瞬間が初めてとなる。怒られる筋合いはなかったはずだが?」
「うるせェ、屁理屈を――」
「悪いが屁理屈を奪われるとアイデンティティの大部分が消失する。……というより、君たちは一体何がしたいんだ?」
「あァ!?」
「まさか僕とクロシェットがチームを組むのが困る、というわけではないだろう。それではまるで、君が僕たちのことを脅威に思っているかのようだ」
「――……、チッ」
長い沈黙ののち、響いたのは舌打ちの音だった。
「勝手にしろよ、落ちこぼれ。……お前の言う通り、別に邪魔をする気はねェ。疫病神と役立たずが組んだら、さぞ面白い
忌々しげな捨て台詞。最後にカルムを睨んだモルソーは乱暴な仕草で
「ふむ、そうか……では勝手にさせてもらおう」
そんな彼らの背に向けて、カルムはとある〝質問〟を投げ掛けた。
「クロシェットが〈
「ァん……?」
背中越しに
だが彼は、カルムの言葉を
「アハハハハ! 笑わせてくれるじゃねェか《謎解き担当》! こりゃまた傑作だ!」
「……? 冗談を言ったつもりはないが」
「大真面目だから笑ってんだろォが! ……いいか、役立たず? つい最近
「ふむ……知っているが、それがクロシェットとどう絡む?」
「〈虚ろなる大樹〉はとにかく広いんだ。魔物の強さ以前に、歩くだけでも相当な日数が掛かる。だから、絶対帰還を掲げる
「! ……そうか、なるほど」
――全てのダンジョンには〝自己修復〟という機能がある。
ダンジョン内の環境を一定に保つための性質であり、そのため冒険者がいくら魔物を倒してもいつの間にか復活してしまう。ただし、そこには〝
「だが、甘ェよ!」
右手で髪を掻き上げたモルソーが
「確かに〝秘宝狙い〟の進軍にゃ最適かもしれねェが、仲間もいねェ疫病神にチャンスなんか転がり込んでくるわけねェだろ! 秘宝獲得の難易度はいつだって絶望級……! 本命は〝2桁〟の連中だけで、他はおこぼれの遺物すら手に入るか怪しいモンだ!」
「ほう……」
「あの疫病神、どうしても貴族に戻りたがってたからなァ。藁にでも
アハハハハ、と再び不快な笑い声を放つモルソー。
(……マズいな)
その対面で、カルムは静かに思考を巡らせる。
クロシェットの目論見が妥当なのか無謀なのか、カルムには判断が付かない。ただモルソーの口振りから判断するに、きっと有り得ないほどに〝無謀〟寄りなのだろう。秘宝の獲得とはそれだけ達成困難な偉業なのだ。
が、それ以前に。
(探索程度ならば良かったが、本格的に足を踏み入れているなら話は別……か)
――かちゃりと眼鏡に指を遣って。
繋いだままだったメアの手を静かに引いたカルムは、去り際の一言を告げることもなくモルソーたちを追い抜かした。そうして一足先にギルドを後にする。
「は? ……お、おい、逃げんのかよド無能ッ! おい!?」
呆気に取られたような声が追い掛けてくるが、既に〝勝手に振る舞う許可〟を得ているため振り返る必要すら感じない。
往来に出たところで、手を繋いだままのメアが不思議そうな顔を向けてきた。
「どうしたんですか、カルムさん……? あの、その、焦っているように見えますが」
「ああ、焦っている。……すこぶる、な」
思い出すのはクロシェットの体質だ。
【炎魔法】系統に対する異常に高い適性と、技能を使う度に毛先から紅蓮に染まる髪。平地では問題ないが、ダンジョンの中では技能を制御できず暴走させてしまう。そしてカルムと相対する際、彼女は何度となく顔を真っ赤に染めていた。
まだ推測の段階ではあるが――おそらくは、間違いないだろう。
「クロシェットは〝精霊を知覚する〟特異な体質を持っている。長くダンジョンの探索を続けていれば、彼女は意図せず〝裏〟へ迷い込みかねない」
「みぅっ!? あ、危なすぎます! 何も知らずにあんなところへ行くなんて……っ!」
「その通りだ。危ない、だけで済んだら御の字だろうな」
いくらクロシェットが英雄の血を継ぐ者とはいえ、何の心構えもなく裏ダンジョンに立ち入れば生きては帰れまい。
ただ強ければいい、というわけではないのだ。
たとえば〈
「…………」
カルムが微かに目を
「――失礼します、カルム様」
冒険者ギルド前の往来、王都中心を貫く大通りにて。
丁寧な口調で声を掛けてきたのはメイド服姿の
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~
次話は【1/9(木)20時】更新予定です!クロシェットは果たして無事なのか……!?
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