第38話 屁理屈メガネの反撃!

「――はい。クロシェット隊は、少し前に〈落葉らくようの樹林〉へ向かっていますね」


 冒険者ギルド中央国家王都支部ミリュー第1、受付カウンターにて。


 美人の受付嬢が、丁寧な手付きで帳簿を捲りながらそんな言葉を口にした。


「〈落葉の樹林〉……」


 鸚鵡おうむ返しに呟くカルム。


 受付嬢が読み上げたのは、王都近郊にあるダンジョンの名だ。ギルド通信における難易度推定は〝遺物狙い〟なら3桁下位1000位以内、そして〝秘宝狙い〟なら2桁上位50位以内。進入制限は特に設けられていないため、駆け出しの冒険者でも挑むことはできる。


 ただしそれは、手数で押し勝つ前提の話だ。


 一人でダンジョン攻略へ向かうなど、基本的には有り得ない。


「もしや、既に仲間を見つけた……ということか?」


「? ……いいえ」


 カルムの独り言に受付嬢が小さく首を横に振る。


「クロシェット隊の登録冒険者は《筆頭炎魔導士》クロシェット・エタンセルただ一人です。もっとも〈落葉の樹林〉には、現在が立ち入っていますが」


「……何だと?」


 受付嬢が零したその言葉に、カルムはさらに眉を顰めた。


 中央国家王都支部ミリュー第1に所属する冒険者チームは千に迫る勢いだが、必ずしも全てのチームが稼働しているわけではないし、挑むべきダンジョンは無数にある。同じ日に同じダンジョンでそれだけの競合が起こるなど、どう考えても普通ではない。


(何だ……? 〈落葉の樹林〉で一体何が起こっている?)


 胸騒ぎを重ねながらも受付嬢に礼を言ってその場を去ろうとした、だった。



「――よォ、ゴミ底辺の《謎解き担当》。まさか、ダンジョンにでも行くつもりかァ?」



 ギルドの一角に響き渡ったのは、やや芝居がかった高圧的な声。


(む……?)


 振り返ってみれば、そこに立っていたのは見知った冒険者だった。……といっても、何も知り合いのたぐいというわけではない。あの時は〝背景〟に過ぎなかったためおぼろげな記憶だが、数日前に待合室でクロシェットに絡んでいた彼らである。


 人数は三人。


 おそらく、真ん中にいる男――前回も罵声ばせいの九割を担っていた――がクロシェットをクビにした隊の関係者、というか〝元リーダー〟なのだろう。


「…………」


 灰色がかった黒髪は、短めで威勢よく天をくヘアセット。えり付きの白い軍服を着ており、胸元にはミリューの有力貴族・マニエール家の家紋をかたどった隊章が刻まれている。背中の槍をこれ見よがしに覗かせているのは、権力の誇示に他ならない。


 後ろの二人に関しては……今のところ、わざわざ触れるほどの興味もないが。


 ともかく元リーダー氏は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら大仰に手を広げてみせた。


「聞いたぜ? お前、あの疫病神をチームメイトに誘おうとしてるんだってなァ。……アハハハハ、こいつは傑作だ!!」


 高らかな笑い声が辺り一帯に響き渡る。


「マニエール家の長男、このモルソー様が懇切丁寧に教えてやるよ。あの女、クロシェット・エタンセルはどうしようもねェ疫病神で、もっと言やァ仲間殺しの凶悪犯だ。才能に胡坐あぐらを掻いてろくに修練もしやがらねェ、しまいにゃダンジョンで大暴れ! このオレの大事な手下なかまを引退させやがったクズだッ! なぁヴァン、コルド!?」


「あの疫病神、生意気ですからねェ! モルソーの兄貴より弱いくせにィ!」


「ええ本当に。ですが〝無能ブランク〟の――もとい《謎解き担当(笑)》の身分では、他に当てがなかったのでは? モルソー様のように選び放題というわけにはいきません」


 モルソーと名乗った男に促されて典型的な太鼓持ちを務める二人。


 それを受けて気分よく口角を上げた元リーダー氏が、短い髪を掻き上げて続ける。


「ま、そいつァ道理だな。ド平民のド無能に上等な選択肢なんざあるわけがねェ。……にしたって、を選ぶとはつくづくセンスがねェがな! 【知識】みてェな雑魚系統しか持ってないんじゃ一撃で仕留められちまうかもしれないぜ?」


「…………」


「アハハハハ、だんまりかよ! みっともねェな《謎解き担当》。同じ支部の冒険者として情けなくなってくるから、さっさと炎に巻かれて消えてくれや」


 ポン、とカルムの肩に手を置くモルソー。


 耳元に顔を近付けて、不愉快な薄笑いと共に彼はカルムを〝下〟に見る。


「お前もアレだろ? あの疫病神と同じで、ろくに訓練もしてないゴミ。じゃなきゃ技能を制御できないなんて、全く戦えないなんて有り得ねェ」


「そ……そんなことっ! そんなことは、ありません!!」


 と、その時。


 精神を逆撫でするような声音と発言にとうとう耐え切れなくなったのだろう。ぴょんぴょんと背伸びをしながら口を挟んだのは、カルムではなくメアだった。


「クロシェットさんは毎日、毎日たくさんの訓練をしています! カルムさんだって、毎日……あ、あれ? あの、訓練しているところは見たことがないのですが、寝ても覚めても本を読んでっ――……んむぅ?」


 そこで彼女が言葉を止めたのは、カルムが手を取ったからに他ならない。反射できゅっと指先に力を込めたメアは、瑠璃るり色の瞳でカルムを見上げる。


「ど、どうしたんですか、カルムさん?」


「? どう、というのは? 用も済んだしそろそろ行くぞ、メア」


「わわっ!? で、でもわたくし、まだお話の途中です! 世紀の大舌戦なのですっ!」


 ベレー帽を押さえながら憤慨ふんがいした仕草でモルソーたちに指を突き付けるメア。


 だが、それでも。


「残念ながら僕は急いでいる。……というか、だ」


 カルムはその場でしゃがみ込み、メアと同じ位置まで視線を下げる。


 実を言えば――カルムはこれまで、一度たりともモルソーたちと目を合わせてはいなかった。たった一瞥いちべつすらもくれていない。もちろん存在は認識しているが、その上で完全無欠に無視しつつ、カルムはメアだけを見て言葉をつむぐ。


「いきなり『よォ』と気軽フランクに挨拶されても、僕は見ず知らずの人間と愛想よく会話ができるほど口達者くちたっしゃではない。君も知っているだろう?」


「は、はい! カルムさんには、あまり愛想がありません!」


「……そう言われると不名誉だが」


 とはいえ反論するほどの根拠はない。甘んじて受け入れる。


「それと――クロシェットが技能を制御できないことは僕も知っているが、何も言い返す必要はない。あれだけの才覚があるならば、比例して習熟に多大な時間が掛かるのは当然の話だからな。……全く、クロシェットには同情してしまう。


「ん、な……ッ!?」


 メアに話し掛けている風を装って堂々と皮肉をかましたカルムに対し、モルソーの表情が目に見えて強張る。


 感情に任せて手を出してこなかったのは、無論メアがいるためだろう。幼い子供(実際は精霊だが)の前で暴力沙汰を起こすのは貴族として体裁が悪い。


「――というところまで含めて、全てカルムさんの作戦だったのですか!? わたくしビックリです、カルムさんがそこまでやってくれるなんて!」


「ふむ……当然だろう、メア?」


 キラキラと目を輝かせるメアに向けて、カルムは事もなげに告げる。


「僕は確かに見ず知らずの人間に悪態を吐かれても気にしないが、たとえば僕の愛する物語を汚されれば憤慨するし、場合によっては抵抗するぞ。それと同じだ」


「んむぅ? ……はっ! ま、まさか今の、クロシェットさんへの告白ですか!?」


「? 何の話だ、メア。僕はただ――」


「クソ……いつまでも調子に乗るなよ、平民風情が」


 ――瞬間。


 苦虫を噛み潰したような表情になったモルソーが、ばっと大きく右手を掲げた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【1/8(水)20時】更新予定です!カッコいいぞカルム!

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