第37話 エタンセル家の忌み名

「あのね――……」


 ――スクレの話によれば。


 エタンセル家はかつて、英雄クラテールが挙げた圧倒的な武勲ぶくんによって爵位を与えられた家系なのだという。代々王家の側近として騎士団や護衛軍の中枢ちゅうすうを務め、時には王族とチームを組んでダンジョンへ潜ることもあった。


 中央国家ミリューは、否、この大陸の国々はいずれも秘宝と共に発展してきたため、王族がダンジョンへ向かうのも珍しいことではない。


 実際、クロシェットの父親であるオードル・エタンセルは、五年ほど前までオルリエール王家の第三王子と共に冒険者チームを組んでいた。怖いもの知らずで才能に溢れる第三王子と、りすぐりの側近で作られた精鋭部隊。 貴重な遺物を手に入れた実績も数多く、王族としては異例の〝2桁下位100位以内〟に昇り詰めていた。


 ただし。


 現在のオルリエール王家には〝第三王子〟の名前などない。……それもそのはずだ。第三王子は、ダンジョンの攻略中に不慮の事故で亡くなった。


 その際にのがエタンセル家の当主、つまりクロシェットの父である。


「みぅっ!? ゆ、唯一……そんなに無謀な攻略計画だったのですか?」


「ううん、そんなことないよ。実力も事前準備も足りてるはずだった」


 静かに首を振るスクレ。


 そうして彼女はさらに声を潜める――その日、彼らの進軍はあまりにも〝好調〟だったそうだ。実力があり、ツキがあり、勢いがあった。だからこそ、偶然にも秘宝に手が届いてしまった。


 こうして〝裏〟へ踏み込んだ彼らを待ち受けていたのは出口も情報もなく、即死トラップや謎解きギミックが跋扈ばっこする過酷なダンジョン。


 瞬く間に壊滅状態へと陥ったのはある種当然の流れと言える。


 ただしエタンセル家の当主は、側近の意地として、第三王子オーブ・オルリエールだけはどうにか助けようとした。持ち込んでいたのは一度だけ別地点への〝転移〟を可能とする高額の遺物。脱出口のない裏ダンジョンに、一人分の出口をじ開けた。


 が――第三王子は、その遺物をって


 憧れだったのだ。恩人だったのだ。何度も一緒にダンジョンへ潜り、何度も死地を救ってくれたオードル・エタンセルは、第三王子にとって掛け替えのない存在だった。だからこそ彼は、命を張って自らの恩人を死のダンジョンから帰還させた。


 これらを王家に報告したオードルは、その失態を恥じて自ら爵位を返還する。


「……でも、が立っちゃったんだよね」


 それは裏ダンジョンが秘匿ひとくされているが故のこと、と言ってもいい。


 一連の出来事はリシェス姫により脚色されて公表されたが、表の常識だけでは全く意味が分からないのだ。何せ、秘宝を獲得したならすぐに帰還粉ミストを使って脱出すればいい。本当にほまれある偉業なら、オードルが爵位を剥奪される理由がない。


 やがて世間が彼に与えた忌み名は――〝王子殺し〟。


 ……つまり、


「本当は第三王子おにいちゃんが命を賭けて守りたかった英雄を、事もあろうに〝悪者〟にしちゃったってわけ。ユナイト史上最大の……ううん、全部わたしの大失態なんだよ」


 悲しげな表情でボブカットの金糸を揺らすスクレ。


 この一件でエタンセル家は貴族から元貴族に変わり、周りから白い目で見られるようになった。……クロシェットが立ち上がったのはその時だ。ダンジョンで武勲を挙げれば爵位を取り戻せる。エタンセル家の汚名をすすぐことができる。


「だけど、結果はメガネくんも知っての通り。技能の制御が上手くいかなくて、もう何度も〝クビ〟を経験してる」


「それは……」


 冒険者の評価は常にのランキングが基準だ。


 単独ソロでもチームとして登録することは可能だが、圧倒的に効率が落ちる。所属チームに見限られる、というのは、想像よりもずっと歯痒はがゆいに違いない。


「だが、ならばなぜ誘いを断る? それほど僕が気に食わないのだろうか」


「えぇ~? どうだろ、クロシェットの好みが眼鏡男子かどうかは知らないけど……あのさ、メガネくん。〝仲間殺し〟って悪口、多分どこかで聞いたでしょ?」


「む? ……、ああ」


追憶リマインド】の技能を使うまでもない。数日前にギルドでクロシェットに絡んでいた男が、確かに『父親は〝王子殺し〟で娘は〝仲間殺し〟』云々と言っていたはずだ。


 頷くカルムに、スクレが小さく溜め息を吐いて続ける。


「あれは大袈裟なんだけど……でも、完全に間違ってはないんだよね。要は巻き込みフレンドリファイアってこと。毎日あれだけ訓練してても、ダンジョンの中だと技能を制御できない。それで【炎魔法】を暴発させて、魔物と一緒に仲間を巻き込んじゃう――っていうのがクビの理由。前回は、それで二人の仲間が冒険者を引退してる」


「わ、わ……大変な、ことです」


「そ! でもね、メアちゃん。もしクロシェットがいなかったら、魔物に襲われた時点で全滅だったんだよ。引退した二人も、死の恐怖がトラウマになっただけ。感謝されこそすれ、クロシェットが責められるいわれはないんだよね」


 損な役回りって感じ、とスクレ。


 カルムも概ね同じ意見だ。それほど危険な状況に追い込まれて帰還粉ミストすら使えなかったなら、おそらくリーダー側の判断ミスだろう。責任をなすり付けるため、チーム内での体裁を保つためにクロシェットは


(だが……)


「そう! 〝だが〟なんだよぅ、メガネくん!」


 カルムの内心を見透かしたように、勢い込んだスクレがさらに顔を近付けてくる。


「ただの八つ当たりなのに、クロシェットは真面目だから考えちゃうんだ。自分がちゃんと技能を使えたら、巻き込まずに済んだかもしれない――……って!」


「! ……真面目すぎるだろう、それは」


「最初はそうじゃなかったかもしれないけど。でも、クロシェットは冒険者チームを五回もクビにされてる。……捨てられる、って怖いんだよ? だってそれは、誰にも認められないってことだもん」


「…………」


 仮に、その理由が謂れのない憶測だけなら精神的ダメージは少ないかもしれない。


 だがクロシェットが【炎魔法】を制御できないことは残念ながら事実だ。実力が足りないから認められず、やがてチームメイトから突き放される。そんなことが繰り返されれば誰よりも〝自分〟を信じられなくなる。


 だから――彼女は、誰かと組むのが怖くなった。


 その心の表れが例の〝逡巡〟だ。ダンジョンに潜りたい、武勲が欲しい、だからこそ仲間が欲しい。けれどまた捨てられるのが怖いから、どうしても中途半端な対応になる。迷いに迷って、ひとまず返事を保留にするしかない。


「……キミなら救えるかな、メガネくん?」


 そんな秘密を開示して。


 翡翠ひすいの瞳が、わずかにアンニュイな色をたたえてカルムの顔を覗き込んだ。


「クロシェットも――ついでに、わたしのことも、さ」



 #4


(……妙だな)


 スクレと別れた後。


 メアと共に図書館の裏手へ移動したカルムは、小さく眉をひそめていた。


 理由は単純だ。……。普段ならちょうど訓練に精を出している時間のはずだが、訓練施設は空っぽだ。念のため、警邏けいら隊に突き出されないよう慎重に辺りを探してみたものの、やはり彼女の姿は見当たらなかった。


「んむぅ? クロシェットさん、急用か何かでしょうか……?」


「……ふむ」


 メアの問いを受け、かちゃりと眼鏡に指を触れさせる。


 カルムは七年以上ほぼ毎日図書館を利用しており、折に触れて二階の窓から外を見ていた。眼下の訓練施設にクロシェットが来なかった日は、一度もない――などということは当然ない。ただしそれは、サボリや休息を意味するものでもない。


 何故なら、彼女は冒険者だ。


 そして冒険者とは、ひとえである。


「急用……か」


 嫌な予感がした。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【1/7(火)20時】更新予定です!クロシェットの行方とは!?

よろしければ☆レビューや応援、コメントなどいただけますとめちゃくちゃ嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る