第36話 王女の助言と反省会

 #3


「ふむ……」


 大通りから少し離れた喫茶店――。


 案内されたテラス席でメアと共に反省会を行う。


 クロシェットの勧誘作戦を立ち上げてから既に数日、結果は見事に七戦七敗。なかなかうまくいかないものだ。計画自体はどれも絶対に完璧なはずなのだが。


「あの、あの! 一つ気になることがあります、カルムさん!」


 丸テーブルの対面で激辛ジュース(何故そんなものがあるのかは分からない)を飲んでいたメアが、ダイヤモンドのような髪を陽光にきらめかせながら顔を上げる。


「今日のクロシェットさん、カルムさんのことを見て真っ赤になっていました。もしかして、脈アリというやつなのではないでしょうか……!?」


「ほう……脈アリか」


「はい! ……あ、といっても、単に〝生存してる脈がある〟という意味ではなくて! カルムさんに恋心を抱いているのでは、というお話です!」


「いや、さすがにそれくらいは分かるが」


 何だと思われているのだろう。


 が、どちらにしてもメアの推理は微妙なところだ。確かにクロシェットの頬は恋する乙女の如く朱に染まっていたし、心拍数は上がっていた。ドキドキするという発言もふわふわと上擦うわずった声音も、はたから見ればそれらしい――ただ、状況から考えて、ストーカーばりの勢いで声を掛け続けてくる男に恋などするだろうか?


 ……答えは否だ。


 加えてカルムは、そうと断じるに足る根拠をもう一つ持っていた。


(技能を使う度に毛先から〝紅蓮〟に燃え上がるあの髪、ずば抜けた【炎魔法】適性、心拍数の上昇と技能の〝暴走〟……。クロシェットが《烈火の乙女》クラテールの血を引く者なら、あるいは本当に――……)


「――苦戦してるみたいだね、メガネくん?」


 と、その時。


 不意打ちのように、横合いから声を掛けられた。


「む……?」


 わざわざ顔を上げて確認するまでもない。親しみやすいボブカットの金糸きんし、惜しげもなくお腹や太ももを晒した最先端のお洒落ファッション。円形テーブルの一席に座って翡翠ひすいの瞳を向けてきたのは〝変装モード〟の王女、スクレである。


「ここ、いいかな?」


「構わないが……しかし、座ってから尋ねられても意味がないだろう」


「えぇ~、なんだよぅメガネくん。こんなに可愛い女の子が相席をお願いしてるっていうのに口角の一つも上げてくれないなんて、逆に失礼だぞぅ?」


「……? つまり、下心のある目で見ればいいのか? 確かに露出の激しい格好だが」


「ずびし」


 カルムがわずかに視線を下げようとした刹那、斜め前に座ったスクレが自前の効果音と共に人差し指を額へ突き付けてきた。


 むぅ、と拗ねたような翡翠の瞳が至近距離からカルムを見る。


「気を付けてよね、メガネくん。それ、言うところで言ったら不敬罪だから」


「? すまない、褒めたつもりだった」


「相変わらずメガネくんはズレてるなぁ……」


 言いながらひょいっと体勢を戻し、片手で頬杖を突くスクレ。逆サイドのメアに『何飲んでるの? わたしも同じのに――』と声を掛け、唐辛子を直に絞った真っ赤なジュースに硬直している。


 ……が、まあとにもかくにも。


「聞いたよ、メガネくん」


 メアのお勧めをかわし切って甘いジュースを頼んだスクレが改めて口を開いた。


「アンにゃの――あのアン隊からの誘いを、何の躊躇ためらいもなく蹴ったんだって?」


「ほう? 知っていたのか、スクレ」


「そりゃもう」


 スクレが呆れたように肩を竦める。


「五日前くらいかな? アンにゃ、珍しくわたしの部屋に遊びに来て、国内最強チームに泥を塗ったメガネくんへの恨みを語ってたんだよ。『あの根暗メガネを殺して私も一緒に死んでやる~!』って、巨大ハンマーをびゅんびゅん振り回してたんだから」


「ひぅっ!? は、ははは、はんまー! 潰されちゃいますっ!」


「……メア、逃げるぞ。この町は危険だ」


「あはは! うそうそ、冗談。安心してよ、メガネくん。あの子はそれくらいでねるような器じゃないからさ」


 微かに頬を緩め、お得意のウインクをするスクレ。そうして彼女は、改めて身体をこちらへ向ける。


「でも気になってたんだ。国内ミリュー1位からの勧誘を断るってことは、さすがにアテがあるんでしょ? 教えてくれよぅ、メガネくん。合鍵を渡した仲じゃないか」


「図書館の、だがな。言われてみればイリーガルな関係だ」


 これが家の鍵なら確かに仲睦なかむつまじいのかもしれないが。……とはいえ、別に隠し立てするようなことでもない。それに以前の会話を思い返してみれば、スクレも〝彼女〟のことは知っているはずだ。


「名前はクロシェット・エタンセルという。君の読み通り、今まさに難航中だ」


「あぁ~……そっか、やっぱりそうなんだ」


「……やっぱり?」


 スクレの反応はカルムにとって予想外のものだった。


 まるでカルムがクロシェットを勧誘したがると知っていて、さらにはそれが上手くいかないことまで予知していたとでもいうような。


「どういう意味だ、スクレ?」


「お、怒らないでよぅ、メガネくん。ちゃんと説明してあげるから。……あのね? もう気付いてるかもしれないけど、あの子は――クロシェットは、潜在能力だけなら国内随一の実力者だよ。名門・エタンセル家の中でも何歩か飛び抜けてる。裏ダンジョン例の場所を攻略する仲間に選ぶなら、多分これ以上ない人材じゃないかな」


「……ほう、そこまでか」


 隣に座るフレンドリーな司書は、ではなく全国民の親愛を一身に受ける王女は、ミリューの冒険者を誰より詳しく知っている。彼女がそう言うなら、評判や冒険者ランキング以上にそれこそが真実なのだろう。


「だが……それがなぜ〝苦戦〟に繋がる? 弱小チームなどお断り、ということか?」


「そうじゃないよぅ。……ちょっと耳貸して、二人とも」


 テーブルの中央で手招きのようなジェスチャーをするスクレ。念のため近くに人がいないかきょろきょろと視線を彷徨わせてから、彼女もずいっと顔を前に出す。


 次いで、ささやくような声が耳朶じだを打った。


「あのね――……」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【1/6(月)20時】更新予定です!クロシェットの〝秘密〟とは一体……!?

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