第35話 欲しいに決まってる!

◆作戦⑦〝不意打ちの一撃〟――開始◆


 中央国家ミリュー王都は十万以上の民を抱える大都市だ。


 秘宝を元に発展してきた街並みには灯りも多く、上下水道は整備され、冒険者上がりの警邏けいら隊が定期的に巡回しているため犯罪率も――それほど――高くはない。大陸全土を見渡しても最大限に文明の進歩した都市、それがここだ。


 そんな王都の片隅に。


(……カルムさん、カルムさん!)


 こそこそと喋る茂みがあった。


 いくらミリューが栄えているとはいえ、いまだ茂みは喋らない。つまりこれは心霊現象か、そうでなければ茂みにふんした人間、あるいは精霊だ。


(なんだ、メア?)


 真面目な顔で返事をするのは、同じく茂みに潜んだカルム・リーヴル。


 頭にゴム製の紐を巻き、なるべくボリュームたっぷりに葉の付いた枝を何本も重ねて差している。小さな森を帽子代わりにしているようなものだ。これで茂みに伏せれば、いかなる洞察力をってしてもカルムの姿など捉えられまい。


 その証拠に、隣のメアはいたく感心した面持ちでカルムの横顔を見つめている。


(凄い発明ですね、これ! わたくし、植物に生まれ変わった気分です。このまま何年も何十年も、人間さんたちの営みを眺めていられそうですっ!)


(この辺りの茂みは週に一度剪定せんていされるが……いや、無粋ぶすいなことか。形を変えながら力強く生き延びるのが植物だ)


(わ……! 深いです、カルムさん! まるで海!)


 潜伏が楽しいのか、いつも以上にノリノリではしゃぐメア。


 とはいえ、カルムたちの目的は樹木として新たな生を受けることではない。


(――もうすぐだ、メア)


 かちゃりと眼鏡を押し上げながら、カルムは静かに息を吐き出した。


(クロシェットは毎日、この時間に図書館裏の訓練施設へ向かっている。その直前に〝不意〟を突く――もし道端の茂みから突然人が現れ、一緒にチームを組んでくれと熱弁されたらどうだ? 茂みが立って喋るなど想像の埒外らちがいに違いない。ならば、クロシェットと言えども驚嘆して頷いてしまうに決ま――……)


「――ねえ」


 と。


 カルムの頭に差さっていた枝が一本抜き取られたのは、その瞬間のことだった。


「んむぅ? ……って、わわわっ! ば、バレちゃってますっ!」


 慌てた声を上げるメア。それにうながされて顔を上げてみれば、軽く手を伸ばすだけで届くくらいの至近距離に、不審な目をした夕陽オレンジ色の髪の少女――クロシェット・エタンセルが枝を片手に立っているのが見て取れた。


「な……」


 茂みに膝を突いたまま、カルムは呆然と狼狽うろたえる。


「馬鹿な。かの名作童話『変装魔女パルファン』で竜をあざむいたと描かれる擬態だぞ? クロシェット、君の観察力は一体どうなっている……?」


「……あなたの擬態能力を疑ったらどうなの?」


 普通に見えてたんだけど、と呆れた様子で首を振るクロシェット。……どうやら、上手く隠れられていなかったようだ。不意を突くことが作戦の根幹であるため、見つかった時点で続行は見込めない。


(つまり、この作戦も失敗か……)


 七度目の敗戦を脳内の対戦表に刻みつつ、カルムは微かに目を眇める。


 ……一つ、疑問があった。


 出逢って数日のメアにすらデリカシーのなさを指摘されているカルムだが、致命的な一線を越えるつもりは毛頭ない。クロシェットの表情に一度でも不快な様子が見受けられたらその時点で素直に身を引く用意がある。


 が、少なくともカルムの目から見て、彼女は本気で拒絶などしていない。


「……ん……」


 紅炎色の瞳に浮かぶのは困惑、もとい逡巡しゅんじゅん。最初にギルドで声を掛けた時からほとんど変わっていない。ただし、その心理は未だに分からないままだ。


 故に、思い切って尋ねてみることにする。


「――クロシェット。君は、チームメイトを探していると思っていたのだが? それすら僕の勘違いなら、この場で〝仲間など要らない〟と言ってくれ」


「……!」


 茂みの傍らで立ち上がったカルムが静かに繰り出した質問。


 それを受けて小さく下唇を噛んだクロシェットは、ぎゅっと強く右手を握り、それから太陽のような紅炎色の瞳でカルムを見つめて言う。


「そんなのっ……仲間なんて、


 即答、肯定。


「あたしがギルドの待合室にいたの、あなただって知ってるでしょ? 何も勘違いなんかじゃないわ。あたしは、仲間が欲しい。ダンジョンへ挑むために」


「ふむ。ならば、単に僕では不満だということか」


「ちがっ――……、~~~!!」


 カルムの発言に食い気味な否定を返しかけたクロシェットだったが、そこで唐突に〝ぼふっ!〟と顔を赤くした。カルムの目と鼻の先で生じた、あからさまな変化。露骨な照れを隠すかのように、クロシェットは両手を頬に押し当てる。


 ――そして、



「ね、ねえあなた、あたしに〝何か〟した……?」



 上目遣いに繰り出されたのはどこか切なげな問い掛けだ。


 もじもじと擦り合わされる足、やや煽情せんじょう的なまでに蕩けた表情と声。さすがに耳では捉えられないが、その心音はドキドキと高鳴っていることだろう。そんな彼女は、カルムからわずかに距離を取りつつ精一杯に言葉を継ぐ。


「今日だけじゃないわ。昨日も一昨日も、ずっとそう。あなたに声を掛けられる度に、ドキドキするし顔が熱くなるの。もう、ワケわかんない……!」


 真っ赤になったクロシェットは、息も絶え絶えの様子でそんな主張を口にした。そうして初めて、カルムに対して明確な〝拒絶〟を突き付ける。


「とにかく! ……絶対に、チームは組まないから。今度あたしの前に顔を出したら『何だかよく分からないけど付きまとってくる不審者です』って警邏の人に泣きつくわ」


「む……」


「だから、お願い――」


 最後はほとんど一方的な、あるいは突き放すような口調になって。


「――!」


 夕陽オレンジ色の髪をひるがえしたクロシェットは、一目散にカルムたちの前から去っていった。


◆作戦⑦――失敗(要因:現状不明)◆ 





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【1/5(日)20時】更新予定です!クロシェットの拒絶の理由とは……?

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