第33話 クロシェット勧誘大作戦、始動

「チームメイトさんのことです!」


 一段と気合いが入った様子のメアが、白ワンピースの胸元で両手をぎゅっと握った。


「裏ダン――じゃなくて、えっと、例のダンジョンを攻略するためには、他の冒険者さんとチームを作らなくてはいけません。昨日のスカウトは失敗してしまいましたけど、メンバー候補はまだまだ残っているはずですっ!」


「……?」


「もしくは、アンさんのところへ行ってみるという手も……! クロシェットさんに悪口を言っていた怖いかたでなければ、わたくしは大賛成です!」


「……ふむ」


 次々に提案を繰り出してくれるメアと、それに奇妙な視線を返すカルム。……が、言われてみればそうか。まだ方針を説明していなかった。


「メア」


 故に、カルムは口を開いた。


「新たなメンバーの選定は必要ない」


「がーん!!」


 瑠璃るり色の瞳を真ん丸に見開いて派手なリアクションを取るメア。彼女はカルムの服のすそを懸命に引きながら、訴えかけるように続ける。


「何でですか、どうしてですかカルムさん!? も、もしかして、やっぱりわたくしと一緒にダンジョンへ潜るのなんかお断りだと――」


「いいや、違う。……メンバーを選定する必要がない、と言ったんだ」


 スカウトしないとは言っていない。


 ……何故なら、だ。


「僕が最初の仲間に誘う相手は、のでな」


「! で、でも、カルムさん……昨日、こっぴどく振られてしまいましたよね?」


「ああ。……だが、それが何だ?」


 カルムの指先がかちゃりと小気味よく眼鏡を鳴らす。


「いいか、メア――クロシェットは昨日、冒険者ギルドの待合室にいた。あそこは主に冒険者チームの勧誘や売り込みが行われる場所だ。そして〝クビになった〟という発言から考えて、彼女が新たなチームを求めていることは想像にかたくない」


「……!」


「つまり完全に利害が一致している。……故に、退く理由がないだろう?」


「わ、わ……」


 理屈の上では完璧なロジック――。


 家族、特に妹から散々〝デリカシーがない〟と称されてきたカルムの断言に、1000年ぶりに目覚めた大精霊であるところのメアはしばしぽかんと口を開けていた。けれどやがて、彼女は瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせる。


 そうして刹那。


「――惚れ直しました、カルムさんっ!」


 ぎゅっとカルムの腰に抱き着くメア。


「若干のストーカー気質と執念深さは感じますが、それもまたカルムさんの魅力! 一緒に、クロシェットさんを攻略するオトす完璧な計画を考えましょうっ!」


「ああ。……む?」


 少しニュアンスが違うような気もしたが。


 どちらにしても、人員不足のカルム隊にとって非常に重要な計画が始動した――。



 #2


◆作戦①〝差し入れは正義〟――開始◆


 中央国家ミリューは冒険者に対して手厚い待遇を約束している。


 そこにはリシェス姫の尽力という大きな要因もあるのだろうが、昨日壊れたばかりの訓練施設が既に修復されている辺り、単なる口約束ではないのだと実感できる。


「ふむ……」


 少し離れた高台から当の施設を見遣みやるのはカルム・リーヴルだ。


 カルムはミリュー王立図書館の常連である。中でも日差しの恩恵を受けられる二階の窓際を気に入っており、故にこそ、そこから見下ろせる訓練施設にクロシェットが通い詰めていることを知っていた。毎日決まって四時間以上、その倍に迫る勢いで籠もり続けている日もざらにある。


 そして今日も、クロシェットは当然のように【炎魔法】の鍛錬に明け暮れていた。


(本当なら図書館内で待機していたいところだったが……)


 溜め息を一つ。……実を言えば、カルムは昨日の爆発事故の要因に何となく思い当たるふしがあった。それを考えると、ここで顔を出すのはあまり良くない。


 よって、カルムがそこへ足を運んだのは、クロシェットの炎が消えてからだった。


「ふぅ……」


 訓練施設の防壁に杖を立て掛け、うーんと伸びをする少女。


 英雄の贔屓目ひいきめで見てしまうからかもしれないが、微かに汗ばんだその様は一段と凛々しく魅力的だ。技能の影響が残っているのか、ツーサイドアップの毛先は鮮やかな〝紅蓮ぐれん〟に染まっている。その表情から感じ取れるのは昨日の暴走に対する反省と、失敗を受け止めてなお進む強さに他ならない。


「――精が出るな、クロシェット」


 そんな彼女に声を掛けた。


「差し入れを持ってきた。冷えたミルクと粒餡つぶあんのパンだ、どちらも美味いと評判らしい」


「へ? あ、ありが――……って、あなた、昨日の」


「遠慮する必要はない。それはそうと、僕の仲間にならないか?」


「…………」


 紅炎色の瞳をじとっとすがめるクロシェット――。


 訓練の影響かわずかに顔を火照ほてらせた彼女は、カルムの手からミルクとパンを奪い取ると数秒でそれらを平らげ、ミルクの容器をぐいっと押し返してきた。


「ごちそうさま。……美味しかったわ。でも、それだけだから! こ、この覗き魔っ!」


 そう言って去っていくクロシェットの背を一人で見送るカルム。


「ふむ。……逃げられたか」


 幸先さいさきはあまり良くないようだ。


◆作戦①――失敗(要因:覗き行為への反感)◆





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次話は【1/3(金)20時】更新予定です!クロシェット勧誘作戦開始!

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