第32話 スパイシーな衝撃!

 ♭♭ ――《side:過去回想》――


 ……夢を、見ていた。


 カルムが図書館へ通うようになったのは、フィーユを失った後のことだ。


 理由はいくつか挙げられる。見違えるほどにやつれた彼女の兄から『二度とダンジョンには近付くな』と宣告されたこと、フィーユがいなくなって人生の目的が消失してしまったこと、処理に困るほど膨大な時間があったこと。


 けれど端的に表すなら、おそらく〝現実逃避〟という言葉が最適だろう。


 傷心のカルムを図書館へ誘ったのは、無数の冒険小説たちだ。


 物語の中の英雄は、どんな危機でも華麗に切り抜ける――一般に、英雄譚とは心躍らせる冒険劇であると同時に、いわば〝救い〟の象徴だ。後世に逸話いつわが残っている以上、物語の中の絶望は登場人物たちによって鮮やかに解決されるから。心を癒すには、現実から目をそむけるには打ってつけの題材である。


 ……だが、最初から受け入れられたわけではない。


 むしろ、どれもこれも嘘っぽく感じた。だからこそ苦しかった。フィーユを失ったのは物語ではなく現実で、現実には英雄なんかいなくて、だから救いなど有り得ない。そんな事実を突き付けられているようだった。


 けれど――それから約二年の月日が経過した、ある時。


(あれ、は……)


 十二歳のカルム・リーヴルは、図書館の窓から鮮烈な〝炎〟を目にしたのだ。




  #1


「む……?」


 カルムが目を覚ました直後、身体中に妙な重さがあるのに気が付いた。


 慣れないダンジョン攻略を二日連続でこなしたせいで、ろくに鍛えていない筋肉が悲鳴を上げている――とも思ったが、すぐに悟る。身体が重いと言っても四肢しし気怠けだるいわけではなく、自分の上に一人の少女が乗っているだけだ。


 ダイヤモンドのように複雑なきらめきを放つ白銀色の超長髪。


 この世のものとは思えない美しさを持つ【祓魔ふつま】の大精霊・メイユール。


「――――――」


 不意打ちじみた接触に思わず息を呑むカルム。


 というのも、だ。まず、体勢からして既におかしい。別々に寝ていたはずなのに同じベッド、どころか身体の上に覆い被さっていて、つややかな髪がカルムの頬や喉を容赦なくくすぐっている。ふに、と柔らかな頬はカルムのそれにぴったりと触れ合わされていて、ダイレクトに彼女の体温を感じる。


「メア……いや、メイユール……なのか?」


 呑み込まれそうなまでの魅力に〝成長後〟の姿を想起してしまうが――とはいえ、それは一瞬のことだった。何度か瞬きをしてみれば、カルムの布団に忍び込んでいるのは〝幼女〟の方のメアに他ならない。


(全く、驚かせてくれる……)


 起き抜けの鼓動を落ち着かせるべく、嘆息たんそくと共に首を振るカルム。


 しかしてメアは既に目を覚ましているようだった。まるで仲睦なかむつまじい恋人の如くカルムにすがり付いた彼女は、とろんとした瞳でこちらを見つめてそっと口を開く。


「カルムさん……」


 吐息交じりのその声は、恋焦がれる乙女のようで。


「……おなかが、すきました」


「ふむ。……すまない、気が利かなかった」


 カルムは己の失策を恥じるのだった。


 

 ――中央国家ミリューに限らず、この世界の国々は秘宝と共に発展してきた。


 大陸内の主要五大国はそれぞれ重視する分野が異なるが、中でも〝飲食〟に特化した方針を打ち出しているのは西方農耕国家ウェストだ。秘宝〈荒野を潤す雨降らしウォーターロッド〉が枯れた国土を蘇らせて以来、飲食産業の中心であり続けている。


 水も食材も料理人もレシピも、全てウェストにより革命的な進化を遂げてきた。


 もちろんそれは(関税という名の利益をウェストへもたらしながら)大陸全土へ伝わっており、中央国家ミリュー王都には大量の飲食店が並んでいる。出店も多く、目移りしてしまうほどに豊富なメニューが取り揃えられている。


 そんな中で。


「か、か、か……からいです~!!♡」


 真っ赤なソースがマグマの如く大量に掛かったチキンをはぐっと頬張ったメアが、悶絶の――ではなく、恍惚こうこつの表情でそう言った。


 食べ歩きをすること一時間弱。分かったこととして、メアはどうやら〝辛いモノ〟にエネルギーを感じるようだ。何でも美味しく食べてはいるが、唐辛子に出逢った瞬間の衝撃と興奮は他の追随ついづいを許さなかった。


「カルムさん、カルムさん! わたくし、これが大好物かもしれません! 今なら魔物さんみたいにぶわーっと火が吹けそうです!」


「ならば良かった。王都ここには激辛料理を専門とする店もいくらかある」


「わ! なんということでしょう、幸せすぎて怖いくらいです……! そういえば、カルムさんはどのような食べ物がお好きなんですか?」


「? 特にないが、強いて言うなら冒険者用固形食糧カロリーバーだろうか」


「んむぅ? それは、どういう……?」


「ダンジョン内に持ち込むための携帯食料だな。食感がパサ付いているため圧倒的に不人気だが、一つ明確な利点がある」


「なんでしょう? ……はっ! まさか、とっておきのアレンジが!?」


「それ以上だ。片手で食べられる上に手を汚さないため、読書を中断しなくて済む」


 今も片手に本を持っているカルムが得意げに断言する。あまり共感を得られたことはないが、カルムにとって食事とは〝楽〟であればあるだけ評価が高い。


 ちなみに読んでいる本の正体は、スクレから借りてきた資料の一つだ。1000年前の大戦に関する記述が随所にあり、ユナイトが図書館から引き上げていた書籍。わずかながら魔王の〝転生〟についても触れられている。


 曰く、転生の秘術は魔王の配下によって遥かなる未来で行使される――。


 転生の際は、魂を移す素体として人間の身体が必要。術式が実行された時点で素体の意識は上書きされ、自我や精神性はいずれも魔王に呑み込まれる。


(流水に弱い一面があり、一時的に効果が薄れる可能性もあるが詳細不明……やはり、魔王を祓うとなればメアの〝力〟を取り戻す必要がありそうだ)


「――それで! 今日はどうしましょうか、カルムさん?」


 と。


 食欲が満たされてすっかり笑顔を取り戻した精霊・メアが、いそいそとベレー帽を被り直しながら改めて瑠璃るり色の瞳をこちらへ向けた。


「ふむ……」


 ぱたん、と本を閉じてから、カルムは静かに首をひねる。


「どう、というのは?」


「もちろん、チームメイトさんのことです!」


 一段と気合いが入った様子のメアが、白ワンピースの胸元で両手をぎゅっと握った。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【1/2(木)20時】更新予定です!また新しい章に突入したので#の数字をリセットしました。

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