第31話 〝元貴族〟のクロシェット

 #10


「いい加減諦めたらどうだ? 疫病神のクロシェットさんよォ」


 ――彼らの悪口を止めようとする人間は、少なくともその場にはいなかった。


 何故なら、それは極めて日常的な光景だったからだ。


「…………」


 冒険者ギルドの一角、新たな仲間の募集や勧誘にも使われる待合室。ソファに座っているのは一人の少女・クロシェットである。毛先だけくるんと外に跳ねた夕陽オレンジ色の髪。技能制御に用いる木製の杖が傍らに立て掛けられている。


 彼女に暴言を浴びせているのは三人の冒険者だ。


 そこに含まれる単語は〝疫病神〟に〝役立たず〟、次いで〝雑魚ざこ〟に〝未熟者〟……けれど、クロシェットは何も言い返さない。ぎゅっと下唇を噛んでただ耐える。それが事実であることも、反論する意味がないことも分かっていたから。


 だが、しかし、それでも。


「ハッ……それにしたって、モンだよなァ? 元貴族だってのに父親は〝王子殺し〟で娘は〝仲間殺し〟とか、終わって――」


「ッ……!」


 大切な家の名前を口汚く罵られた瞬間、クロシェットの怒りは限界に達した。夕陽オレンジ色の髪を大きく揺らして立ち上がり、両手で男に掴み掛かる。


 そうして、激情を秘めた声音で一言。


。……あたしのことを悪く言うのはいいけど、お父様を――エタンセル家を侮辱するのは許さない」


「な、なんだよ、急に強がりやがって。……ハッ」


 襟首えりくびを掴まれた男が見下すように表情を歪める。


「許さないってのは、アレか? まさか、またダンジョンで背中から撃とうって?」


「っ……それ、は」


「なに被害者面してんだ、疫病神! お前に仲間を減らされて迷惑してるのはこっちの方なんだよ! どうせ拾ってもらえねえんだから、さっさと帰って――」



「――待て」



 あまりに短い一言でカルムが彼らの暴言を遮ったのは、その瞬間のことだった。


 つかつかと待合室へ足を踏み入れたカルムは、颯爽さっそうと少女に救いの手を伸べる――わけではなく、正確には男たちの方には一瞥いちべつすらくれることなく、事実上の最短距離でお目当ての少女・クロシェットと向かい合った。横合いから文句が聞こえてきたような気もしたが、やはり聞くにえないので耳を傾ける義理などない。


「取り込み中すまない」


「へ? ……って! あ、あなた、今朝の……な、なに? あたしに、何か用?」


「その通りだ」


 動揺と共に繰り出された質問にカルムは小さく頷く。


 目の前に立つ少女。数時間前に遭遇した時は全身にすすを被っていたが、こうして見るとやはりその容姿は群を抜いていると言っていい。胸元でぎゅっと握られた手。太陽を思わせる紅炎色の瞳は、警戒もあらわにカルムとメアを見つめている。


「先ほどの話が聞こえてしまったのだが――」


 夕陽オレンジ色の髪が今朝は〝紅蓮〟に染まっていたことを思い返しながら、カルムはさっそく本題を切り出すことにした。


「チームを何度もクビにされ、拾う者がどこにもいないと。つまり、君は今〝無所属〟なのか?」


「……? そう、だけど……それが、どうしたの? 馬鹿にしたいなら、勝手に――」


「そのような趣味はない。……僕はいま、共にダンジョンへ挑むチームメイトを探している。クロシェット、といったな。?」


「へ――」


 クロシェットの反応を一言で表すなら、それは〝呆然〟だった。


「な……にゃ、え、っと……ちょ、っと待って」


 唐突な勧誘に対する当然の困惑。目を白黒とさせたクロシェットが、混乱と共に途切れ途切れの言葉を繰り出す。


「チームメイトって……冒険者の? あたしと、あなたが……?」


「正確にはこちらのメアも一緒だが。……もしや、別の誘いを受けてしまっているか?」


「う、ううん、そういうわけじゃないけど――」


「ならば、頼む」


「ひぁっ!?」


 可愛らしい悲鳴を零すクロシェット。


 それは、おそらくカルムの行動に対する反応だったのだろう――冒険者ギルドの待合室で突如として片膝を突き、そっと彼女の片手を取ったカルム。英雄譚の騎士を彷彿ほうふつとさせる格好だが、意図としては単に〝威圧感をなくす〟ためのものだ。


(怖がられてしまっては元も子もないからな)


 何せ、カルムの上背はクロシェットのそれよりも頭一つか二つ分高い。


 とはいえ正座も土下座も半腰も最敬礼もどこか違うと感じたため、結果として気取ったスタイルを選択することになったのだった。


 そして――対する少女はと言えば、



「――へ、ぁ…………待って、あの、えっと……、~~~っ!」



 照れていた。


 それはもう、思いきり照れに照れていた。


 ぼふっと音が聞こえたのは錯覚かもしれないが、少し前まで悔しさと怒りで唇を噛んでいたはずのクロシェットが別の意味で頬を朱に染めているのは疑いようもない事実だ。心拍数が異常なほど上がり、同時に体温も急速に高くなっている。


 ……もしや、これは僕が手を握っているせいか?


「すまない」


 乱暴にならないよう手を解き、次いで静かに立ち上がるカルム。真っ赤な顔で右手の甲を口元へ遣っているクロシェットに対し、深々と頭を下げて謝罪する。


「いきなり女性の身体に触れるのはデリカシーがないと教わったばかりだった。悪気はなかったが、今になって反省している」


「…………」


「……ちなみに、返事の方は――」


「~~~! きゅ、急に言われて頷けるわけないじゃない、ばかあほまぬけーっ!!」


 一喝。


 ぎゅっと目を瞑ってそんな言葉を口にすると、クロシェットはソファに立て掛けていた杖を手に取り、夕陽オレンジ色のツーサイドアップをひるがえしてギルドの待合室を後にした。次いで彼女に罵声を浴びせていた冒険者たちもまた、つまらなそうに解散していく。


「……ふむ」


 残されたカルムは、かちゃりと眼鏡を押し上げた。


「フラれたな」


「元気出してください、カルムさん。わたくしはカルムさんのことが大好きですっ!」


 傍らのメアに慰められる。長い髪をキラキラと輝かせながらカルムの頭を撫でようとしてくる彼女だが、背伸びどころか飛び跳ねても肩の辺りが限界のようだ。


「んむぅ、高く険しい壁です……それにしても、カルムさん」


 瑠璃色の瞳がカルムを見上げた。


「わたくし不思議です! どうして、アンさんの勧誘を断ってまであの方に声を掛けたんですか? ……はっ! もしかしてカルムさん、今日の朝に一目惚れを!?」


「いや……それは、前提が違うな」


 小さく首を振るカルム。


 メアの疑問はある意味で当然だ。片や国内ミリュー1位の冒険者チーム、片や疫病神と揶揄やゆされる元貴族の少女。客観的に見れば優劣は明らかだと言わざるを得ない。


(だが……)


 カルムは、以前から彼女を知っていた。


 それも、単に〝認知していた〟だけではない。スクレから新たな冒険者チームを作る話を出された際、のだ。彼女が無所属フリーならば、ぜひ組みたいと思った。国内ミリュー1位の誘いを断ってでも。


 ……クロシェット・エタンセル。夕陽オレンジ色の髪を持つ元貴族の少女。


 カルムの愛読書に『英雄クラテールの伝説』という冒険小説がある――これまで無数の書籍に触れてきたカルムだが、人生に影響を与えたという意味で最も印象に残っている物語の一つだ。借りるだけに飽き足らず、家に保管して何度も読み返している。


 クラテールとは、かつてミリューに実在した英雄だ。


 驚異的な【炎魔法】への適性を持ち、数々の苦難に直面しながらも無数のダンジョンを攻略した。クラテールの功績は計り知れず、たとえばミリューだけでなく大陸中の照明事情を一変させた秘宝〈創造する炎ディアライト〉もクラテールが持ち帰ったものである。


 華々しい活躍と等身大の苦悩が描かれた『英雄クラテールの伝説』。


 その主人公・クラテールは女性だ。


 夕陽オレンジ色、と描写される美しい髪。たぐいまれなる技能適性から、その髪は魔法を使うと毛先から〝紅蓮〟に燃え上がる。意志の強い紅炎色の瞳。強さと気高さと諦めない心を信条とする彼女の家名は、


 そう、つまり。



「クロシェットは――僕が最も憧れた、英雄クラテールの血を引く人間だ」





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次話は【1/1(水)20時】更新予定です!2025年!

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