第29話 国内1位の絶対的美少女にゃ☆

 #9


「~~~♪」


 メアの足取りが軽い。


 それは彼女が小柄だから、というのもあるだろうが、より直接的な理由はキラキラの長髪の上からぽふっと被せられた〝ベレー帽〟の方だ。とっとっと踊るような足取りで前を行くメアは、時折こちらを振り向いては両手で帽子を引き下げて言う。


「あの! これ、似合ってますか、カルムさん? ついさっきも聞きましたけど!」


「似合っている。先ほども、おそらく次にかれた時も答えは同じだ」


「そんなにですか! えへへ、えへへへへへへ……」


 嬉しそうに身体をよじらせるメア。


 現在地は中央国家ミリュー王都の中枢、王城と冒険者ギルドを結ぶ大通りの一角だ。精霊の知識がなくとも一目で〝現実離れしている〟と分かるメアは、本来なら堂々とこんなところを歩くわけにもいかないのだが……。


「……秘宝を私物化するとは、なかなか贅沢なものだな」


 秘宝〈疑惑を逸らす被り物フィッティンハット〉。


 メアが被っているベレー帽は、単なる装飾品ではなく〈天雷てんらい小路こみち〉から持ち帰った秘宝である。管理精霊ティフォンとの契約、その副産物として手に入れた宝。相手から違和感を持たれることなく周囲に溶け込む効果を持っている。


 秘宝にしては物足りないような気もするが、考えてみればそうでもない――何せ、全く未知の文化を持つ宇宙人や異世界人とでも交流ができるということだ。秘宝の発見は世界を変えるため、今後十数年で新たな技術革新が起こるかもしれない。


『でもまぁ、ちょっと借りるくらいなら大丈夫じゃないかな? ……べ、別に〈天雷の小路〉を隠してたから報告しづらいな~とか、そういうことじゃないんだよぅ!』


 スクレもそう言っていたことだし、有り難く使わせてもらおう。


 と、そこで。


「んむぅ? ……わ! カルムさん、何だかとっても大きな建物が見えてきました!」


 かたららのメアが目を丸くする。


 彼女が驚くのも無理はない――何しろそれは、王都の中でも最大級の建築物。世界の発展を牽引する、冒険者ギルド中央国家王都支部ミリュー第1に他ならない。


「ふむ……では覚悟しておけ、メア。中の広さを見たらさらに驚くぞ」


「! これ以上驚いたら、わたくしの喉が枯れてしまうかもしれません……! 一大事ですが、楽しみです! わくわく!」


 片手を帽子に乗せてくるりとターンを決めるメア。


 カルムにしても、まともにギルドへ入るのは久方ぶりだ。冒険者の資格を維持する手続きがあるため一切使っていないわけではないが、それを除けば七年ぶり。〈遍在へんざいする悪夢〉に出遭であって幼馴染みフィーユを失って以来、と言い換えることもできる。


(もう戻ってくることはないと思っていたが……)


 不思議な気持ちで足を進める。


 冒険者チーム、命を預ける掛け替えのない仲間。……それは、かつてのカルムにとってフィーユだけを指す言葉だった。そして今は、当のフィーユを救い出すために少しでも強い仲間が欲しい。しかし戦えない《謎解き担当》役職では贅沢も言えないだろう。


 ただ、もし選ぶ権利があるのなら……と。


 そんなことを考えながら、いよいよギルド内部へ足を踏み入れる。


「わぁ……っ!」


 途端、メアの歓声がすぐ近くから聞こえた――オルリエール王城とはまた違う、機能的で広々とした空間。スクレが、否、リシェス姫が効率的に予算をぎ込んでいるだけのことはある。


 そして室内を埋め尽くすのは人、人、人。もちろん、誰も彼も志を同じくする冒険者たちだ。心地良い喧騒がカルムとメアを迎える。


「凄いです、広いです、人間さんがいっっっぱいです!」


 興奮してはしゃいだ声を上げるメア。規格外の大きさを全身で表現するかのように、彼女は両手をいっぱいに広げてみせる。


「これなら、カルムさんのお仲間も絶対に見つか――わわっ!」


 と、その時だった。


 別に、誰かと接触したわけではない。周りから押されたわけでも攻撃されたわけでもなく、単なる重力の悪戯いたずらで――あるいはメアの身振り手振りが大袈裟おおげさになっていたのも一つの要因かもしれないが――ベレー帽が落ちそうになる。


「む……」


 カルムの反応が遅れたのは、ひとえにカルムだからだ。


 視界には入っていたが、運動神経の方が決定的に足りていなかった。冒険者ギルドには大勢の人がいる。ここでメアが注目を浴びるのは良いことではないだろう。


(マズい、これは――……)


 一歩遅れてカルムが打開策を練り始めた、だった。



「わぉ――ほいよ、っと☆」



 ……最初は、何が起こったのか分からなかった。


 たとえるならばただただ熟練。ダフネのように【風魔法】系統の技能で高速移動したわけではなく、誰の意識にも入らないほど滑らかな身のこなしでメアに近付いて帽子の落下をふわりと止めてみせたのは、群衆の中から現れた一人の少女だった。


 仄かに鼻腔びこうをくすぐる甘い香り――。


 騒ぎを未然に防いでくれた彼女は、片手を腰に当ててカルムへと向き直る。


「こぉら、カルムくん? ちゃんと見てあげなきゃダメじゃんか。その帽子がなかったら王都中が大騒ぎになっちゃうんだから」


「……君は」


「? ……なになに、もしかして絶対的美少女☆アンにゃの可愛さに今さら見惚みとれちゃったか~? ま、無理もないけどにゃ☆」


 にぱ、っと裏表のない笑みと、人差し指を頬に添える可憐な仕草。


「「「うぉおおおおおおおお!!?!?!??!?」」」


 ギルド全体が振動するかのような雄叫びが方々から上がる。


 が、無理もない――彼女は、ここ中央国家ミリューで最も知名度の高い冒険者だ。薄鮮やかなパステルピンクの髪。肩よりもわずかに長く、艶やかな髪質でふわりと広がっている。


 童話のようなファンシーで可愛らしい衣装は、冒険者向けの服飾ブランドが丹精込めて設計した最新作だ。得物のハンマーでさえ戦闘時のみ仲間の【鍛魔法】で巨大化させるという徹底ぶりで、普段はとことん〝可愛さ〟に振っている。


 胸元に輝くカラフルな星の隊章シンボルは、紛れもなく全国民の憧れの象徴。


 少女の名は、アン・ソレイユ――国内ミリュー1位・アン隊のリーダーに他ならない。


「アンにゃ! こっち見てくれアンにゃあああっ!!」「昨日秘宝を手に入れたばっかりだってのにもうギルド復帰!? 凄すぎるだろ1桁連中!」「いやでも、なんで国内ミリュー1位の大物が〝無能ブランク〟なんかに絡んでんだよ?」「い、意味が分からねぇ!」


(僕だって訳が分からない……


 ――スクレの話を思い出す。


 冒険者に被害を広げることなく少数精鋭で魔王を討たんとする極秘組織、精霊秘匿裏機関・ユナイト。そこには国内ミリュートップ3の冒険者チームが全て所属しているのだという。であれば、彼女もまた事情を知る〝関係者〟なのだろう。


「っとと……」


 そんなカルムの思考が当たっていたのか。


 周囲の声援(?)に笑顔で手を振っていたアンは、やがてカルムの方へ身体を向け直した。一挙手一投足から感じ取れる確かな自信とカリスマ性。ふわりと花のような香りを漂わせた彼女は、カルムの前で敬礼のようなポーズを取ってみせる。


 そうして一言。


「初めましてカルムくん、メアちゃん! 私は唯一ユニーク役職《星光槌せいこうつい》の――じゃなくて、自称〝手の届く一番星〟ことアン・ソレイユ! 気軽にアンにゃって呼んでね☆」


「ふむ。了解した、アンにゃ」


「わぉ! クールっぽいのにちゃんと乗ってくれるんだ。気遣い◎、ノリ◎……カルムくん、さては結構モテちゃうでしょ~? 隅に置けないにゃぁ」


 人懐っこい口調と笑顔で一気に距離を詰めてくるアン。……カルムの気遣いが◎だというのは見当違いも甚だしい(と自覚している)が、とはいえあえておだてているという風でもない。この嫌味の無さも、彼女が圧倒的な支持を集める理由の一端だろう。


 とにもかくにも。


「それで、僕に何か用か?」


「ご明察! 実はカルムくんのこと、ダフネちゃんから色々と聞いてきたんだけど……単刀直入に言っちゃおっかな。ねえ、良かったら私と組まない?」


「……組む? それは、つまり……」


「そ! な~って! どうかにゃ、絶対的美少女☆アンにゃからの真剣なお誘いだぞ~?」


「「「はぁ!?!?!?!?!?」」」


 それは――端的に言って、天変地異のような事態だった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/30(月)20時】更新予定です!

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