第28話 冒険者チームを作れ

 #8


 オルリエール王城、リシェス王女殿下の私室――。


 数刻ぶりに地下からその部屋へと舞い戻ったのはカルム、メア、スクレ、ダフネ、それから帽子のような形状の〝秘宝〟であった。


 裏ダンジョンにいわゆる出口はないが、完全攻略を果たせば精霊と共にダンジョン外へ出ることができ、同時に〝表〟の秘宝も手に入る。そして、秘宝の獲得と同時にダンジョンは全ての機能を停止する――故に、今ごろは地下の魔物も消えていることだろう。


 ちなみに【落雷】の精霊ことティフォンも、今は姿を消している。


 カルム・リーヴルを宿主とし、自由に現れたり消えたりできる状態だ。……ティフォンによれば、こちらが精霊にとっての普通ノーマルなのだという。実体を持つ【祓魔ふつま】の大精霊ことメアは、やはり特別な存在らしい。


 ――そして、


「我が姫……私は、夢でも見ているのでしょうか?」


 紺色のショートヘアを揺らしたダフネが、ぽつりとそんな言葉を口にした。


「ユナイトにより秘匿ひとくされていますが、裏ダンジョンの完全攻略は19です。それをカルム様は二日連続で成し遂げたというのですか……? それも、一つは特級ダンジョンを?」


「うん! これで、メガネくんが一流の《謎解き担当》だって認めてくれた?」


「はい。……このに及んで頷かなければ、単なる我がままですので」


 溜め息と共に首を縦に振るダフネ。


「やったぁ! ダフネも認めてくれたことだし、これでメガネくんもユナイトのお仲間だね。お小遣いを賭けた甲斐かいがあったよ」


 ふかふかの椅子に座ったスクレが嬉しそうに言う。……王女として上品なドレスをまとっているならともかく、肩出しのトップスに超ミニのホットパンツ姿だとやけに浮いているように見える。が、本人がいいならいいのだろう。


 とにもかくにも。


「それじゃあ、改めて話をまとめておこっか」


 ボブカットの金糸をさらりと揺らして、スクレが人差し指をピンと立てた。


「ダンジョンには〝表〟と〝裏〟がある。裏ダンジョンは侵入するのも攻略するのもとっても難しいけど、代わりに最後までギミックを突破することで、つまりは謎を解くことで精霊の力が手に入る。それは、魔王にも届きうる力だ」


「ああ。きっと、そうなのだろうな」


「きっとじゃなくて、絶対そうなのだよメガネくん! ……でね? 中でも重要なのは特級精霊の解放、つまりはなんだけど、これはもうとんでもなく難しいの。いくらメガネくんが史上最強の《謎解き担当》でもね」


 ――特級ダンジョン。


 スクレ曰く、1000年前の勇者一行に加わっていた七体の特級精霊が宿る特別なダンジョンをそう称するようだ。冒険者の間では攻略難度〝不明アンノウン〟の魔境、というのが共通認識であり、噂程度であればカルムもいくつか知っている。


 西方農耕国家ウェストが誇る6000m規模の山脈を登った先にある、到達不可能な雲の上のダンジョン――〈遥かなる天空のいただき〉。


 南方小国連邦シュッドの沖に沈む、水中に建設されたきらびやかなダンジョン――〈海底神殿〉。


 大陸のあらゆる場所で発見例があり、無差別に冒険者をみ込む穴を入り口とする死神のダンジョン――〈遍在へんざいする悪夢〉。


「…………」


「実は、特級ダンジョンには〝表〟の部分がないんだよ。最初っから裏ダンジョンだからこそ、侵入ギミックを解かないとそもそも挑ませてもらえない」


 苦い過去を思い出していたカルムの前で、スクレが軽やかな口調で言う。


「しかも宿ってるのが伝説の勇者一行、超強力な特級精霊たちだからね。〈天雷てんらい小路こみち〉の謎解きギミックが生易なまやさしいものに見えるくらい、侵入方法も攻略手段も難しいはず。だから、さすがに段階を踏んだ方がいいかなぁとは思ってるよ?」


「段階を……つまり、先に他の裏ダンジョンを攻略して精霊の力を集めるということか」


「その通りぃ!」


 びしっ、とカルムを指差しながら気取ったウインクをするスクレ。


「精霊と契約できれば新しい力が使えるようになって、それは次の謎解きギミックを攻略するかてになるからね。……でも、それを一人でやるのは無謀だよ。今日だって、ダフネがいなければ〝表〟の時点で死んでるでしょ?」


「言うまでもないな」


「むぅ。そんなことで胸を張らないでくれよぅ、メガネくん」


 そうは言われても、見栄を張るよりいくらかマシだ。〈天雷の小路〉の表と裏を客観的に比べれば後者の方が難しかっただろうが、カルムにとっては〝雷光コウモリを倒す手段が全くない〟という意味で前者の方が鬼門だった。


「まぁ、いいけどさ……だから、やっぱり〝チーム〟が要ると思うんだよね」


 ――ともかく。


 翡翠ひすいの瞳でこちらを見つめたスクレが言い放ったのは、冒険者の一般常識だった。


「前提として、冒険者は一人から五人のチームを組んでダンジョンに挑む。各ダンジョンの難易度とか進入制限はチーム全体の稼ぎを反映した〝冒険者ランキング〟を基準にしてるから、一人でダンジョン攻略を続けるメリットはほとんどない……まぁ、一人の方が気楽でいいとか、のびのびできるって人は別かもだけど」


「あまり聞いたことはないな」


 それは、ひとえにダンジョンの厳しさに由来する。


 気楽でいいから一人で挑む、など、それこそ冒険小説に出てくるような圧倒的強者にしか許されない贅沢かつ無謀な選択なのだ。何しろ、対峙する魔物が行儀よく一対一を仕掛けてくれるとは限らない。ダンジョン攻略に〝仲間〟は必要だ。


(僕も、チームに所属していないわけではないが……)


 幼馴染みと二人で立ち上げた大切なチームは、もう何年も前に機能を失っている。


「うぅん、そうだなぁ……」


 思考に耽るカルムの前で、スクレは何やら書類をめくり始めた。おそらくはギルド関連の情報だろう。こうしていると忘れそうになるが、彼女は――もといリシェス姫は、ここミリューにおいて冒険者関連の政務を担う責任者である。


「本当は〝ユナイト〟の関連チームに入るのが一番いいんだけど、ほとんどメンバー上限の五人に達しちゃってるんだよねぇ。国内ミリュー1位のアン隊だけは四人組だけど、あそこはリーダーが直感で仲間を選んでるみたいだから……わたしの推薦とかはあんまり聞いてもらえないかも。ほら、メガネくんだけに、お眼鏡メガネに適うかどう――」


「我が姫、スベってます」


「えぇ!? まだ言い終わってないよぅ、ダフネ! 確かに手応えなかったけど!」


 久々に口を開いたかと思えば冷めた声音で主のギャグを一蹴するダフネと、羞恥に襲われつつも微かに頬を赤らめて反論するスクレ。


 そのやり取りは見ていて心地良いと感じられるものに違いないが、ともかく。


(まとめると……こうか)


 魔王に立ち向かうためには特級精霊の力が必要で、それには前段階として裏ダンジョンの攻略が必須。故に、カルムも冒険者チームに所属した方が良い。


 ただし、事情を知っているユナイトの関連チームは全て埋まってしまっている。


 ――つまり。


「新たにチームを作るしかない、というわけだ」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/29(日)20時】更新予定です!

よろしければ☆レビューや応援、コメントなどいただけますとめちゃくちゃ嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る