第27話 新しいご主人様っぽい?

 ♭♭ ――《side:幕間》――


確認きゅきゅ。……合格っぽい、ぽい?』


 カルムが〝黒き流体の四本腕ナイトメア・ナイト〟を爆散させたのとほぼ同時――。


 まるで空間からにじみ出るように、不思議な生き物が現れた。


 白と薄紫の二色で構成された、たとえるなら〝うさぎ〟に似た何か。モコモコの白い毛とパチパチ瞬く稲妻に全身が覆われており、ぺたりと垂れる長い耳も特徴的だ。


 サイズ感としてはカルムの顔と同じか、少し大きいくらい。体長とほぼ同じ大きさの枕を両手で、というか全身で抱いており、宝石のような瞳はうとうとしているようにも見える。


(ほう……)


 ――精霊だ、というのは一目で分かった。


 メアとはまるで違うが、多少なりとも彼女(?)の存在を説明できる言葉をカルムは他に知らない。半透明で幻想的で、この世のものとは思えない引力。言われてみれば、メアのような〝人型〟は非常に珍しいのだったか。


「か、か……可愛いですっ!!」


 扉の近くでは、当のメアが眩い長髪と同じくらいに目をキラキラさせている。


「ふわふわモコモコでお人形さんみたいです……! 抱っこさせてください、なんとわたくし大精霊の――……って、あれ?」


困惑きゅう。多分、ティフォンには触れない……精霊、だから?』


「そ、そうでした……わたくし、今は人間さんの身体なのでした。みぅ……」


 勢いよく駆け寄ってきたメアだがその手はスカッと空を切り、瑠璃るり色の瞳が残念そうに細められる。やはり、精霊とは本来〝実体〟を持たない生き物らしい。


 ともかく――メアの抱擁ハグを躱した、もとい躱さざるを得なかった二頭身の白いモコモコ生命体は、てとてとと可愛らしい歩き方でカルムのもとまで近付いてきた。次いで、地面にぺたりと触れた長い耳でバランスを取りつつ首を傾げる。


質問。あなたが、ティフォンの新しいご主人様マスター?』


「……ティフォン?」


肯定きゅきゅ。ティフォンの名前は、ティフォン……【落雷】の属性を司る精霊かも、かも?』


 声と音の中間に属する、不思議な旋律で紡がれる自己紹介。


天雷てんらい小路こみち〉の管理精霊・【落雷】のティフォン――なるほど、確かに身体を覆う稲妻は落雷の名に相応しい。ダンジョンの性質にもよく合っている。


 ティフォンは続ける。


ご主人様マスターたちが〈天雷の小路〉を攻略するところ、ずっと見てた……結論、大合格きゅーきゅーきゅ


「なるほど。……しかし、ご主人様マスターは僕だけなのか? 協力体制だったと思うが」


説明きゅう。それは、ティフォンが決めること……心の、おもむくままに?』


 じっとカルムを見上げてささやくティフォン。宝石のような薄紫の瞳はカルムしか見ていない。……そういうルール、なのだろう。裏ダンジョンが〝人間と精霊の繋がりリンクを取り戻すための仕掛け〟なら、主導権を持っているのは精霊だ。


 そして、端的な説明を終えたと同時――。


『……きゅきゅ』


 物理法則を無視してふわっとその場で浮かび上がったティフォンは、大きな枕を両手で抱えたまま、少し前かがみになってカルムへ頭を差し出してきた。


要望。ティフォンの頭……でて、撫でて?』


「む? 撫でるというのは、言葉通りの意味でいいのか?」


同意きゅう。精霊の力は、同化の力……ティフォンがご主人様マスターに溶け込んで、一心同体になって力を使う。そのための、第一歩……接触の、儀式きゅきゅ


「ふむ、きゅきゅか」


 思い出してみると少しばかり照れ臭いが――確かに、昨日の〈祓魔ふつまの大図書館〉では最後にメアとキスをした。裏ダンジョンの攻略が〝契約〟に伴う試練なら、それらを締め括る最終工程が精霊との〝接触〟というわけだ。


「が……ティフォン、君は実体を持たないのだろう?」


正解きゅう。だから、真似フリだけで大丈夫。どうせ全部のギミックが攻略されちゃったから、ティフォンとご主人様マスターはとっくに仲良し……でしょ、でしょ?』


「…………」


 ティフォンが言わんとしていることはよく分かる。


 勇者が作った仕組みとは大したもので、裏ダンジョンの攻略には確かに精霊と心を通じ合わせる作用があるようだ。既にティフォンと深いところで繋がっているような感覚がある。……ただ、だからこそカルムには、実体を持たない彼女の発した『撫でて?』が心からの望みだったことも手に取るように分かってしまう。


 故に、カルムは。


「【知識】系統技能・第一次解放――【解析アナライズ】、および第二次解放【明滅スイッチ】」


疑問きゅー。――……きゅ、あ?』


。……良ければ、あとでメアにも撫でられてやってくれ」


 もふ、とティフォンの頭に手を遣りながら端的に告げる。


 実体を持たない精霊には触ることができない――それは事実だが、しかしティフォンは地面に立っている。重力の影響を受けている。ならば精霊の体組成として、半ば無意識的に〝物理的な干渉を受け入れるか否か〟を選択しているということだ。


 ならばその性質を【知識】技能で分析し、一時的に書き換えてやればいい。


(本来は魔物の特性を遮断するために使うべきなのだろうが、少しでも抵抗されたら無効化されてしまうからな……心を預けてくれる相手にしかできない、荒業あらわざだ)


 指先に残った心地良さを思い返しながら内心で呟くカルム。


 対するティフォンはと言えば――さっそくメアに揉みくちゃにされながら――ぱちくりと、宝石のような薄紫の瞳を何度か大きく瞬かせて。


驚愕きゅうう。……ティフォンのご主人様マスター、ちょっと凄すぎるかも、かも?』


 わずかな歓喜を声色に乗せつつ、そんな言葉を零すのだった。



◆〈天雷の小路・裏〉――攻略完了◆





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次話は【12/28(土)20時】更新予定です!

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