第25話 少数精鋭のスペシャリスト

 #7


 最後の雷地帯を慎重に――カルムは抱えられていただけだが――抜ける。


天雷てんらい小路こみち・裏〉。表ダンジョンと全く同じ形をなぞる地図はほとんど完成し、残すはゴール地点に相当する小部屋のみとなっている。


 上の階では部屋から直接通路へ繋がっていたはずだが、今回は部屋と通路を分断するように重厚な扉が置かれていた。


「……ここにも毒牙の大蛇カース・サーペントがいるのか?」


「おそらくですが、違うでしょう」


 つい先ほどまでカルムを抱えていたダフネが、ホワイトプリムを微かに揺らす。


「今のところはギミックの強烈さだけが目立っていますが……一般的に、裏ダンジョンの魔物は〝表〟とは比べ物にならないほど強いです。我が姫をお守りするためにも全力は尽くしますが、きっと私では相手になりません」


「ダフネでも……か」


 静かに唸る。……が、考えてみれば当たり前だ。かつて魔王に断ち切られた繋がりリンクを取り戻すための、人間と精霊が心を通わせるための最終ギミック。簡単に乗り越えられるような障害では理屈に合わない。


「情報が秘匿されているのも無理はない、といったところだな」


「やっと分かった? メガネくん」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて、スクレが翡翠ひすいの瞳をカルムに向ける。


「最終ギミックだけじゃないよ。キミ、ここへ来るまでに何度も超人技を使ってるんだから。【鋭敏4次】に【追憶5次】に【先見6次】? そんな技能を使える冒険者、メガネくん以外にいるわけないじゃないか。わたしとダフネだけならもう死んでるってば」


「それは、そうかもしれないが……では、なぜ〝裏〟に挑もうとする?」


「放置もできないんだよぅ。だって……んだから」


 スクレが零した言葉に「!」と瞠目する。


 同時、カルムの脳裏に思い出されるのはメアに見せられた幼馴染みの姿だ。……転生の秘術により魔王の魂を植え付けられたフィーユ。確かに、魔王は既に復活している。1000年の時を超え、この時代に蘇っている。


「魔王は、精霊の力を取り込んで全盛期の力を取り戻そうとしてるの。冒険者ギルドの上層部と協力して情報統制してるけど、実はもうんだよ。だから、裏ダンジョンは人間側こっちで攻略しなきゃいけない……特に勇者一行の仲間だった〝特級精霊〟が宿る七つの特級ダンジョンだけは、絶対に死守しなきゃってわけ!」


「……矛盾していないか、スクレ? 精霊の情報を隠していたら、裏ダンジョンはいつまで経っても魔王の独壇場どくだんじょうだ」


「うん。だから、間を取ることにしたの――それが精霊秘匿裏機関、通称ユナイト。他の冒険者にはバレないように、こっそり裏ダンジョンを攻略して精霊を解放していく少数精鋭のスペシャリストなのだ!」


「ほう……なるほど、少数精鋭の攻略チームか」


「うむ! 多分、メガネくんが思ってるよりずっと〝精鋭〟だよ? なんたってだもん」


「!」


 衝撃の事実を口にするスクレ。


 冒険者の実力を表す最も一般的な指標こと大陸共通冒険者チームランキング。中央国家ミリューのトップ3と言えば、つい昨日新たな秘宝を持ち帰ったアン隊を始めとする〝ランク1桁〟の面々に他ならない。冒険者ギルドに所属する10000チームの頂点、生ける伝説、世界中の憧れ、当代の英雄……である。


「それだけの力がなければ裏ダンジョンには挑めない、と?」


「う~ん……っていうか、実は〝表ダンジョンで秘宝を手に入れる〟っていうのが裏ダンジョンに立ち入るもう一つの方法なんだよね。別ルート、って感じかな? 表でたくさんの魔物を倒さなきゃいけない代わり、道中のギミックをすっ飛ばして最終ギミックに招待されるの。……ま、結局最後は【知識】がるんだけど」


「……なるほど。秘宝を狙えるチームは、いずれ〝裏〟の存在を知ってしまうのか」


「そ! で、そんな貴重な戦力が何も知らずに〝裏〟へ迷い込んじゃったら困るから、先に事情を明かして口止めしたり、ユナイトの仲間に誘ったりしてるってこと。だから自然とランク1桁の猛者ばっかりになっちゃうんだ」


「…………」


 精霊秘匿裏機関〝ユナイト〟――。


 どう控えめに見積もってもカルムには縁のなさそうな組織だ。武器も持てなければ、魔法も使えない。習熟している系統はただ一つ、最弱と称された【知識】のみ。


 だが、それでも。


。……キミの力を見せてよ、メガネくん?」


 悪戯いたずらっぽい声音でそう言って。


 流し目でウインクをしながらカルムに背を向けたスクレは、静かに最後の扉を押し開けた――扉の向こうに広がっていたのは、それなりに大きな正方形の部屋だ。ダンジョンの最奥ということで、肌を刺すような不気味な雰囲気が漂っている。


 ……そして。


『――――――』


 部屋の真ん中には、一体の魔物が立っていた。


 体格はおおよそ人型。ただし、体長はカルムの倍近くあるだろう。身体全体が黒色の流体で形作られており、足元にはドロドロとした水溜まりができている。少なくともこの距離で匂いは感じないが、形容するなら〝どす黒い〟という言葉になるだろう。


 流体ゆえに明確な輪郭りんかくは存在しない――が、その魔物は人間と違って〝四本の腕〟を持っていた。長さも太さも不定形の四本腕。そこに剣やら斧やら槍やら鞭やら、まるで統一感のないバラバラの武器を握っている。


「…………、な」


 真っ先に反応を零したのはダフネだった。


 主であるスクレを守るべく数本の短剣クナイを抜いていたメイド。紺色の瞳で状況を見て取った彼女は、畏怖いふの表情でショートヘアを揺らして告げる。



「無理です、我が姫……〝アレ〟は、です」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/26(木)20時】更新予定です!

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