第24話 精霊を虜にする方法

 ――このダンジョンの管理精霊は、どうやら対等フェアな勝負を望んでいるらしい。


 薄暗い通路を進む中でカルムが下した結論はそんなものだ。例の屋根は【鋭敏ハイセンス】を使って見つけたが、そうでなくとも虱潰しらみつぶしに探索していればいつかは解ける。雷が降り注ぐ罠についても、一応は〝表〟の段階から宣告されていた。


 ただし雷地帯のギミックは、屋根だけで完封できるほど甘いものではなかった。


「……んむぅ? カルムさん、なにか……どこかで、言っていませんか?」


 メアが〝異変〟に気付いたのは三つめの雷地帯を通過している最中さなかのこと。


 絶え間ない落雷を生じさせながら急いで通路の端まで移動し、安全地帯から天井の付近を見上げる。……変化は如実にょじつだった。これまで頭上を守ってくれていた透明な屋根、それが大きく〝削れて〟いる。


「ふむ……思ったよりも早かったな」


 天井を睨み付けながらカルムは告げた。


「裏ダンジョンの天井に描かれた二重円の模様。ずっと同じサイズに見えるが、――これが〝雷〟の威力に影響するならば、いつかは屋根が耐え切れなくなると思っていた。が、まさかもう壊れかけているとは」


「うわぁ……最後まで屋根で攻略できるわけじゃないんだね。さっすが裏ダンジョン、稽古の時のダフネより手強いよぅ……」


 スクレが唇を尖らせる。


 そんな言葉を交わしながら辿り着いたのは通算四つめの雷地帯だ。やはり、頭上の二重円はさらに大きくなっている。先ほどの有様を思い返せば、この辺りで屋根の強度が限界を迎える可能性は極めて高いと言えるだろう。


 だからこそ、


「なるほど。……な」


 かちゃりと眼鏡を押し上げたカルムは、いつも通りの冷静な口調でそう呟いた。


「はぁ。……ええと、カルム様」


 傍らのダフネが困惑に眉を顰める。


「死んだ、というのは? 独特な比喩ひゆ表現か何かでしょうか」


「いや、そのままの意味だ。【先見デジャビュ】でシミュレーションを行ったところ、勢いを増した落雷が容易に屋根を貫いた。おかげで、下にいた僕たちは丸焦げだ」


「丸焦げ……ちなみに、カルム様。既に予想はできていますが【先見デジャビュ】というのは?」


「【知識】系統の第六次技能だ。行動の結果を正確に予測することができる」


「……やはり、未観測の到達レベルですね。どうなっているのですか、このメガネ……」


 物言いたげなジト目と共に露骨な溜め息を吐くダフネ。


 が、ともかく――【先見デジャビュ】の結果は絶対だ。これまでカルムたちの頭上を守ってくれていた屋根は増し続ける落雷の威力に耐え切れず、ここで無残に砕け散る。ならば、以降の雷地帯についても、同じく屋根は使えないのだろう。


「じゃあどうするんですか~! ……はっ! まさか、ここでわたくしの覚醒が!?」


 ぱぁ、っと顔を明るくするメアだが――


「残念ながら、違う」


 屋根亡き後の雷地帯の抜け方なら、既に見当がついていた。


「先ほどまでと同様に屋根を出してくれ、ダフネ。魔法陣はあの辺りだ」


「屋根を……? ですが、盾が壊れてしまったら取り返しがつかなくなるのでは」


「問題ない。僕が説明するより、実際に見た方が早いだろう」


「……かしこまりました。あとから文句を付けないでくださいね、カルム様」


 渋々という態度で頷き、それから華麗に天井の覆いを貫くダフネ。


 魔法陣の出現と共に通路の両脇からせり出してきた屋根を確認してから、カルムは一歩足を進める……のではなく、手近な瓦礫がれきを雷地帯へ放り投げた。


「ひゃぁっ!?」


 その瞬間、眼前で起こったのは〝ズガァンッ!〟という爆音を伴う激しい


 予想していた通り、ついに透明な盾が壊れたのだ。凄まじい落雷に貫かれ、バラバラになったガラスの破片がそこら中に散らばる。頭上の屋根はもう跡形もない。唯一の防御手段が紙くずになった瞬間である。


 ――だが。


「この状態なら、


 ガラスが飛び散った床を見つめながら、カルムはあっさりと断言した。


「初めて雷地帯に出会った際、僕は瓦礫を一つ投げ、その上から新たな瓦礫を投じた。この際、二度目の落雷が発生したのは〝瓦礫が瓦礫にぶつかった瞬間〟ではなく〝瓦礫が床にぶつかった瞬間〟だった。つまり落雷の判定は、衝撃ではなく接触だ」


「! で、では、まさか……、と!?」


「そういうことになる」


 唯一の防御手段が失われたのは確かだが、無駄になったわけではない。


 薄っぺらい破片でも、床を覆い尽くしてくれるなら――雷を封じる〝橋〟になる。


「スクレにはメアを、ダフネには僕を抱えてもらおう。各々で歩くのはリスクが高い」


「……格好よく謎解きギミックの攻略方法を見つけたかと思いきや、さっそく前言を撤回したくなるほど格好悪い提案ですね。私はともかく、我が姫を文字通りお姫様抱っこしてヒーローになろう、という気概はないのですか?」


「僕がふらついたら全滅だが? ちなみに僕は、メアすら持てない」


「完璧な采配です。早く乗ってください、カルム様」


 不貞腐ふてくされたような表情で腕を広げるダフネ。


 そんな彼女に抱きかかえられながら――隠れ巨乳と噂されるスクレよりも遥かに立派な胸元に視界の全てを遮られつつ――カルムは、思考を巡らせる。


(裏ダンジョンを構成する各種のギミック……それは、精霊の力によって実現される)


 ――そこまではいい。


 おそらく〈天雷の小路ここ〉の管理精霊は〝雷〟属性の力を持っているのだろう。メアの方はよく分からないが、属性が【祓魔】なのだとしたら、様々な冒険小説を飛び回るあの図書館は〝勇者選抜〟を意図したものだと理解できないこともない。


 だが、そうなると一つ疑問がある。


「スクレ。先ほどの話だが……精霊がダンジョンにいるというのは、何故だ?」


「えぇ~? メガネくん、それ今聞くの? わたし、力仕事の真っ最中なんだけど……まぁ、メアちゃん軽いから大丈夫だけどさ」


 よっ、とガラスを踏んだスクレが、軽く唇を尖らせつつも答えてくれる。


「お伽噺の内容ならメガネくんも知ってると思うけど。……昔は、精霊がすっごく身近にいたんだって。そして精霊は、人間と心を通わせることで特殊な〝力〟を使うことができた。だから、強大な魔王にも負けなかったみたい」


「はい、はい! それが【祓魔】の大精霊、わたくしの逸話ですっ!」


「そゆこと。でも魔王は、死ぬ間際の抵抗として人間と精霊の間にあった〝繋がりリンク〟を切っちゃったの。大問題なんだよ、これ。力の弱い精霊はあっという間に消えて、強い精霊たちですら人間からは感知できなくなっちゃった。このままじゃ、精霊は歴史の中に消える。……そこでこそがダンジョン、ってわけ!」


 翡翠ひすいの瞳でパチンとウインクをするスクレ。


 足場が不安定なためカルムが同じことをしていたらとっくに丸焦げだが、彼女はメアを抱えたまま危なげなく前へ進む。


「言ったでしょ? 裏ダンジョンのギミックは精霊の力を体現したもの。ならさ、ギミックを全部攻略するっていうのは、文字通り〝精霊の心を読み解く〟行為になるんだよ。魔王に断ち切られた繋がりリンクを取り戻す、唯一の方法……裏ダンジョンの謎解きギミックを解き明かせば、そこの精霊はメガネくんのとりこになっちゃうの」


「……ほう」


 なるほど、と思った。


 道理で難易度が高いわけだ。裏ダンジョンの攻略というのは、一人の精霊と深く心を通わせる行為。全ての謎解きギミックを突破して完全攻略を果たしたとき、初めて繋がりリンクが成立する。精霊との契約が完了し、力を借りる準備が整う……ということだ。


 だとしたら、メアの力が戻っていないのはやや不可解だが。


「つまり……メア、君は僕の虜だったのか」


 冗談で尋ねてみたところ、


「……? はい! もちろん、カルムさんのことは大大大好きですっ!」


「む。……そ、そうか」


 非の打ち所がない満面の笑みが返ってきて、珍しく返答に窮するカルムだった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/25(水)20時】更新予定です!

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