第23話 雷地帯を超えていけ!

 ――ドゴォオオオオン!! と。


 耳をつんざくような爆音と共に辺り一帯を染め上げたのは鮮烈な〝白〟だった。……、と理解できたのは、事前の心構えがあったからに他ならない。角を曲がってから次に曲がるまでのエリア全体に、無数の落雷が発生した。


「わー! きゃー! ひゃー!! だ、だだだいさんじですっ!!」


「……、な」


 両手で耳をふさぎながら大騒ぎするメアと、反対に呆然とした表情でその場にすとんと尻餅しりもちをつくダフネ。荒れ狂うような落雷の余波は数秒間に渡って空間を揺らし続けていたものの、やがて幻の如く雲散霧消うんさんむしょうした。


「うひゃぁ……こ、殺す気満々のトラップじゃないかぁ」


 目を丸くしたスクレが素直な感想を口にする。


「メガネくん、なんで罠があるって分かったの?」


「〝頭上に気を付けろ〟だ。……このダンジョンの入り口にそんな注意書きがあった」


 かちゃり、と眼鏡を押し上げるカルム。


「見ての通り、裏ダンジョンの天井には無数の二重円が描かれている。階段を出現させたギミックを思わせる紋様だが、しかしこれでは不完全だ」


「うんうん。出現させたいモノの図形マークを重ねなきゃいけないんだもんね、これ」


「ああ。逆に言えば、それさえあれば魔法陣は完成する。……覚えているか? 〈天雷の小路・表〉の天井には、雷を模したジグザグの模様マークが描かれている箇所があった。そして僕たちは今、表ダンジョンの真下を逆順に辿っている」


「あ……なんか、分かっちゃったかも!」


 ボブカットの金糸を揺らしたスクレがびしっと通路の天井を指差した。


「つまり裏ダンジョンの天井には〝二重円〟があって、その真上に当たる表ダンジョンの天井には〝雷マーク〟があったりなかったりするんだ? それが重なった瞬間、要は!」


「おそらく間違いないだろう。雷地帯、とでも呼ぶのが分かりやすいか」


 そう言って、カルムは再び手近な瓦礫がれきを放り投げる。


 放物線を描いた瓦礫は先ほど投げた破片――雷の影響で黒焦げになっている――にぶつかり、その後ころんと転がって床に触れた。同時、またもや凄まじい爆音と共に真っ白な雷撃が辺り一帯に降り注ぐ。


(瓦礫が領空を侵犯しんぱんしても〝雷〟は発生しない……つまり、床に触れるのが罠の発動条件か。そして、雷の範囲は数十歩分の通路全体。回数制限もどうやらない……)


 その後も何度か実験を重ねてから、状況を整理するべく静かに呟く。


「なるほど……これが、裏ダンジョンか」


 ――雷地帯。


 それこそが〈天雷の小路・裏〉を構成する重大な謎解きギミックだ。


 上の階で雷光コウモリに襲われていた頃とは、確かに毛色も難易度も全く違う。雷光コウモリは――カルムなら即死だが――多くの冒険者が対処できる。


 だがこれは、戦闘能力さえ高ければ切り抜けられるという代物しろものではないだろう。まさに精霊との知恵比べ。足を踏み入れたら即死の雷地帯をどうやって抜けるか、その方法をひねり出さない限りここから一歩も進めない。


(たとえば……)


 ダフネは【風魔法】系統の技能を使える。


 故に、彼女単体ならば第二次解放【飛天のきらめき】で地面に触れることなく向こう岸まで浮遊できるだろう。だが、三人を連れてとなるとそうはいかない。


 たとえば、カルムが得意とする【知識】系統には〝罠〟を強制起動、あるいは停止させる【明滅スイッチ】という技能がある。が、床を踏むたびに雷が降り注ぐのだから、いちいち止めていたらキリがない。


 他にも、たとえば《盾使い》役職の冒険者がいれば、に壁を――


「……ふむ。その筋は、悪くない」


【知識】系統技能・第四次解放――【鋭敏ハイセンス】。


 思考の過程でとある仮定に行き着いたカルムは、技能をって自身の五感を一時的に強化した。すがるのは、主に視力だ。屋外なら王都の果てまで見通せるほどの眼力で、裏ダンジョンの天井をくまなく検分していく。


 そして、


(……見つけた)


 カルムの視界が捉えたのは不自然な〝おおい〟だった。


 薄暗いため一見しただけでは分からないが、ちょうど雷地帯へ差し掛かる辺り――つまりは二つのエリアの境目さかいめに、薄い紙か布らしきものが貼られている。


「ダフネ」


 未だに腰を抜かしたままのメイド少女に声を掛けた。


「どの技能でもいい。今から僕が指を差す場所に向かって攻撃を飛ばしてくれないか」


「……構いませんが」


 手品のように短剣クナイを取り出すダフネ。


 そうして彼女は、カルムが示した場所へと正確に得物を投げ込んだ――ひゅんっ、と金属が風を切る音。同時に天井に貼られていた何かがダフネの短剣クナイに貫かれ、切り刻まれて粉々になり、はらはらと床へと落ちてくる。


「わ……っ!」


 メアが歓声を上げたのは、他でもない。


 ダフネによって切り刻まれた覆いの下には、とあるが隠されていたからだ。二重円の内側に〝屋根〟を示した図形マーク。となれば結果は必然だ。〈天雷の小路〉に存在する共通ルールに従って、ガガガガ……と透明な屋根が通路の両側からせり出してくる。


「……ほう、なるほどな」


 落雷を防ぐ大きな屋根――。


 それは、雷地帯を抜けるには充分すぎる〝盾〟だった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/24(火)20時】更新予定です!

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