第22話 非常識な常識

 #6


◆〈天雷てんらい小路こみち・裏〉――攻略開始◆


 ギミックにより出現した階段を下り、秘められた裏ダンジョンへと突入する。


(……ほう)


 最初に覚えた感覚は、昨日のそれに似たようなものだった。〈祓魔ふつまの大図書館〉の中で感じた神秘的な空気。何らかの〝力〟が充満しているような気配だ。


「わぁ……!」


 最後の一段をぴょんっと両足で飛び降りたメアが、着地するなり歓声を上げる。


「何だか懐かしい感じがします! これはまさに、そう! ……ぜんぜん良いたとえが浮かばないですが、とにかく懐かしいですっ!」


「あ、やっぱり? 実は、メアちゃんならそう言うかもって思ってたんだよね」


「んむぅ? どういうことですか、リシェスさん?」


「懐かしくて当然ってこと。だって、んだから!」


 ……スクレ曰く。


 全てのダンジョンには〝管理精霊〟と呼ばれる存在がいるらしい。


 ミリュー王立図書館、もとい〈祓魔の大図書館〉にメアがいたように、この〈天雷の小路〉にも一体の精霊が宿っている。それも、ただ〝存在する〟だけではない。精霊の持つ力は、裏ダンジョン全体に及んでいる。


「だからね、裏ダンジョンの攻略は管理精霊との知恵比べ、もしくは力比べなんだよ」


 両手を広げたスクレが歌うように言う。


「〈祓魔の大図書館〉には、魔物だけじゃなくてたくさんの謎解きギミックがあったでしょ? それは、ダンジョンを管理する精霊――メアちゃんの力によって実現されてたの。……今は、なんでか力も記憶も消えちゃってるみたいだけど」


「ふむ……なるほど、つまり精霊の力が〝ギミック〟として表出ひょうしゅつするわけか」


 表ダンジョンとは随分と仕様が違うようだ、と腕を組むカルム。


 その辺りで、ふと気が付いた――スクレの近くに控えているダフネが妙にピリピリしている、あるいはように見える。しばし視線を向け続けていると、彼女はこれ見よがしに嘆息し、やがて不承不承ふしょうぶしょうといった様子で口を開いた。


「元は我が姫の横暴が原因ですので、カルム様を責めるつもりはありませんが……」


 言って、手袋越しの指先で〝無の空間〟を指差すダフネ。


 示された先には何もない。つまり、上へ繋がる階段が跡形あとかたもなく消えている。


。ここの真上は確かにオルリエール王城ですが、城に地下二階などないのです」


「どういう意味だ、それは?」


「言葉通りの意味です。……昨夜、図書館は自由に出入りできましたか?」


「……? いいや、結界のようなものに阻まれて出られなかった」


「はい。それが裏ダンジョンにおける最重要の共通事項です――ここには〝入り口〟があっても〝出口〟はありません。より正確に言えば、のです。私たちの退路は、今まさに断たれました」


 複雑な感情をはらんだ声が地下の通路に反響する。


「……それは」


 非常に大きな問題だ。


 冒険者がダンジョンに挑む際、それが〝絶対に負けられない戦い〟であることはあまりない。秘宝〈誰にも見えない花ゴーストフラワー〉から作られる補助アイテムこと帰還粉ミストがあれば確実に生還できるため、命の危険を感じたら逃げの一手が最安定だ。


 また、ダンジョンには〝自己修復〟という性質がある。これはダンジョン内の環境を維持するための機能であり、残念ながら魔物も復活させてしまう――が、重要なのは周期ラグがあることだ。短い期間なら与えたダメージは蓄積する。


 故にこそ、冒険者の作戦は〝積み重ね〟が肝要なのだ。一時的に魔物の数を減らし、立ち回りを工夫し、好機を窺い続けることで相当量の危険を削減できる。


 ――ただし〝裏〟はそれができない。


 退路を断たれた一発勝負。そのうえ、即死級のギミックが無数にある。


「つまり、怖いということか」


「……何ですか? 私が失禁しているところでも想像されたのですか、カルム様」


「していないが」


「変態ですね」


「していないと言っている」


 ジト目に晒されながら首を振るカルム。……が、意外だったのは事実だ。少なくともカルムの視点では、ダフネは〈天雷の小路・表〉を余裕で踏破していた。あれだけの強さをってしても裏ダンジョンは御し切れない、ということか。


「ふむ……」


 手元の探索図マップを覗き込む。


 秘宝〈足跡を記憶する筆オートライター〉産の地図はカルムの認識よりずっと便利だったようだ。あまり期待していなかったのだが、羊皮紙の裏面に新たな地図が描き始められている。表ダンジョンの最奥が裏ダンジョンの入り口に対応していて、ここから地下二階を逆走……つまり、最初の倉庫方面へと戻っていく形だろう。


(その道中に、精霊の力をもとにしたギミックがあるとのことだが……)


 辺りを見渡してみる限り、何かが起こっている様子はない。


 進んでみないと分からないか。


「……では、参りましょう」


 再びダフネに先導される形で〝裏〟の探索を開始する。


 全体的な様相は〈天雷の小路・表〉にそっくりだ。数十歩おきに曲がり角と遭遇する一本道の通路。材質の関係か演出の都合か〝表〟よりも少し古びていて、床には煉瓦れんがの破片が点在している。


 天井を彩るのは二重の円形が連なるお洒落な紋様だ。二重円、というのがいかにも意味深だが、外枠それだけでは何も起こらない。


 そして、一番の違いは雷光コウモリたちが一切飛んでこないという点だろう。


「…………」


 スカートの内側から短剣クナイを取り出したダフネが常に警戒を張り巡らせているが、くだんの魔物が放つ不快な雷鳴はどこからも聞こえない。


 そうして、ある曲がり角へ差し掛かろうとした時だった。


「待て」


 不意にダフネの手を取るカルム。


「……なんですか?」


 足を止めたダフネが怪訝な表情と共に振り返る。彼女が首を傾げると同時、紺色のショートヘアがさらりと揺れた。


「いきなり女性の身体に触れるのはデリカシーがないと思いますが」


「すまない。だが、声を掛けるだけでは危険だと思ってな」


「危険……?」


 ダフネの眉がいよいよもってひそめられる。同じく、左側からとんっと肩をぶつけてきたスクレからも『説明してして!』という無言の圧が飛んでくる。


(……仕方ない)


 故に、ダフネから手を離したカルムは、おもむろに腰を屈めると床に転がっていた煉瓦の破片を手に取った。見据えるのは、角を曲がった先のエリア一帯。そこへ、特に狙いを定めることもなく、小さな破片を放り投げる。


 瞬間。


 ――ドゴォオオオオン!! と。


 耳をつんざくような爆音と共に辺り一帯を染め上げたのは、極めて鮮烈な〝白〟だった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/23(月)20時】更新予定です!

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