第20話 秘密の入り口
「ここからが本番だよ? ――全てのダンジョンには〝表〟と〝裏〟がある」
……〈
至近距離でカルムの顔を覗き込んだスクレが、冒険者の常識を平然とぶち壊した。
「今わたしたちが通ってきたのは〈天雷の小路〉の〝表〟の部分。いつも
「仮の姿……?」
「そ! 本来のダンジョンはもっと危険なんだ。だから、普通は入れないように隠されてる。それが、ダンジョンの真の姿……裏ダンジョン。簡単に言えば、とんでもなく難易度の高い〝裏面〟みたいなこと、かなぁ。なんせ裏ダンジョンを完全攻略したら、表の秘宝も譲ってもらえるんだから」
「…………」
思わず返答に窮するカルム。
スクレが語ったことは全体的に突飛な話だ。無数の本を読んできたカルムだが、ダンジョンに裏面が隠されているなどという記述には出会ったことがない。
……が、疑う理由がないというのもまた事実だった。仮にも一国の姫ともあろう人間が、一市民を騙すためだけにここまで手の込んだ芝居を打つ必要がない。
(では……真実、なのか)
全てのダンジョンには〝表〟と〝裏〟があり、後者は巧妙に隠されている――。
得心するカルムに対し、説明を引き継いだのはダフネだった。
「我が姫の話にもあった通り裏ダンジョンは通常〝隠されて〟いますので、普通の方法では挑むことができません。ダンジョン固有の侵入ギミックを発見し、それを解く必要があります。……そこで、カルム様」
挑むような、あるいは試すような。
そんな意図を確かに乗せた紺色の瞳が、ショートヘアの下からカルムを見た。
「まずは〝裏〟への入り口を見つけてください。これ以降の手順は私も、というか誰も知りませんが、きっと我が姫ほどちょろくはないでしょう。カルム様が
「ふむ……」
ダフネの話を聞き終えるより早く、カルムは扉へ向かって足を進めていた。
元来、カルムは人の話が聞けない性格ではない。……話を聞くより本を読んでいた方が楽しいと感じることはあっても、あえて相手の機嫌を損ねようとするほど協調性がない部類ではない。
が、しかし。
(昨日もそうだったが……ワクワクしてしまうな、どうにも)
――カルム・リーヴルは、数ある本の中でも特に冒険小説が大好きだ。
大切な幼馴染みを失った時から離れていたものの、かつては憧れたダンジョン。数百年前からダンジョンと共にあるミリューにおいて、いや世界において、冒険と言えばダンジョンなのだ。戦えないながら、高揚せずにはいられなかった。
(ダンジョンとは恐ろしいものだと思っていたが……)
やはり、それだけではないのだろう。
「……メア」
「はい、カルムさん!」
カルムの端的な呼び掛けに、隣のメアが意気揚々と応えた。まだ用件を伝えていないにも関わらず、彼女は純真な笑顔で言い放つ。
「任せてください! わたくしは本物の大精霊ですから、きっと奇跡も起こせます!」
「? いや、ちが――」
「ダンジョンさ~ん! 真の姿を見せてください~! お願いします~っ!!」
「…………」
ランプの光でキラキラと輝く髪を揺らしながら懸命に呼び掛けるメアだが、残念ながら奇跡とやらは起こらない。……確かに、これで〝裏〟への入り口が現れていたらなかなか神秘的だったのだが。
「すまない、僕の言葉が足りなかった――探索図を貸してくれ、メア」
「……? はい、カルムさん。こちらをどうぞ!」
メアが大事そうに抱えていた地図を手渡してもらう。〈天雷の小路〉の
その地図を。
「ふむ……」
カルムは、片手で扉の窪みに押し付けた。
「んむぅ? ――……ひゃわぁっ!? な、な、何事ですか!?」
瞬間、生じたのはダンジョン全体を揺るがすような凄まじい音と振動だ。
ズガガガガガガッ、と絶え間ない衝撃。地鳴りと共に土埃が高く舞い上がり、瞬く間に視界が封じられる。……伏せておくべきだった、と後悔するカルムだが、近くにいたメアの盾になれただけマシかもしれない。けほ、こほ、と何度か咳をする。
煙が晴れたのは、それからしばし後のこと。
そして――部屋の真ん中には、さらに地下へと繋がる〝階段〟が現れていた。
「な……っ!?」
「やはりそうか。……さて、裏へ向かうとしよう」
「はぁ!? や、ちょ……お、お待ちください、カルム様!」
「む?」
「む、じゃありません」
階下へ向かおうとしたカルムの腕を後ろから取ってくるダフネ。振り返ると、
「私の話を
「……それは、確かに。すまない」
列挙されると悪魔の所業だ。
反省するカルムに「いえ……」と零してから、ダフネが改めて質問を口にする。
「今、何が起こったのですか?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~
次話は【12/21(土)20時】更新予定です!
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