第19話 〈天雷の小路・表〉

 #5


 メアは大精霊たる力だけでなく、自身の記憶もほぼ全て失っている。


 故に家から図書館までの道中であらゆるものに興味を示していたのだが、その好奇心はダンジョンの中でも遺憾いかんなく発揮された。


「見てください、カルムさん!」


 くい、っと服のすそを引っ張ってくるメア。


 彼女が持っているのは一枚の紙だ。通常は畳んで持ち歩くものだが、広げるとそれなりにサイズがある。外見だけなら歴史的な資料といった風情ふぜいだが、残念ながら物語や詩歌が刻まれた書物というわけではない。


 代わりに描かれているのは図形、何なら線。


 それは、冒険者用探索補助秘宝加工品ダンジョンマップ――縮めて〝探索図マップ〟と呼ばれるモノだった。


「凄いんです、この地図! リシェスさんからお借りしたのですが、わたくしたちが歩く度に自動で辺りの様子が書き込まれていくみたいで……便利すぎます! こんな素敵なものを持っているリシェスさんは、とっても凄い人ですっ!」


「えっへん、やっぱりそう――」


「いいや。便利なのは同意するが、その地図は王女の権限などなくとも手に入る。秘宝〈足跡を記憶する筆オートライター〉を原料とし、冒険者の足取りを追い掛けて自動で地図を完成させる……さらには秘宝に近付くと薄く発光する機能も併せ持つ〝探索図マップ〟だ。脱出を保証する〝帰還粉ミスト〟と同様、ずっと前から冒険者の必需品と言っていい」


「――うぅ、ひどいじゃないかメガネくん。せっかく自慢してたのにぃ~」


「? すまない、悪気はなかった」


 むぅ、と頬を膨らませたスクレにジト目を向けられ、端的な謝罪を述べるカルム。その間もメアは自動で描かれる探索図マップに夢中だ。……1000年前のダンジョン攻略事情は知らないが、ここまで便利な地図はなかったのだろう。


(とはいえ……)


 この〈天雷の小路〉は、地図などらないくらい単純な構造をしているようだ。


 何しろ最初の部屋を出てから数十歩くらいの一定間隔で右、左、右、左、と交互に折れ曲がっているだけ。枝分かれはなく、どのかども綺麗に直角だ。オルリエール王城の地下を斜めに突き進んでいることが探索図マップを見ずとも感覚で分かる。


 そして、


「…………」


 先ほどからカルムが注目しているのは、天井に刻まれた謎の模様。


 そう――薄暗いダンジョン内だが、よく見ると(正確には【鋭敏ハイセンス】を使ってじっくり見ると)のだ。角を折れてから次に曲がるまでを一つのエリアと見るなら、模様があるエリアとないエリアに分けられる。


 単なる装飾の類かもしれないが……しかし、このダンジョンの入り口には〝頭上に気を付けろ〟なるただし書きもあった。意識しておいて損はないだろう。


 ちなみに、カルムがのんびり上を向いていられるのは、そこに危険が及ばないから。


「【風魔法】系統技能・第二次解放――【飛天のきらめき】」


 ……言い換えれば、ダンジョンの奥から飛来する雷光コウモリの群れが、先行するダフネによってザクザク殺されているからである。


(この二人は……スクレとダフネは、んだ?)


 改めてそんな疑問が頭をもたげる。


 魔物と対面してみてはっきりと実感したが、やはりダンジョンというのは戦士たちの主戦場だ。七種の武器系統、七種の魔法系統。いずれかで敵を殲滅せんめつできなければ生き延びることすらできない。


 つまり、戦えなければ意味がない。


「…………」


 カルムが何とも言えない感覚を抱いた頃だった。


「んむぅ? ……あれ、もしかして行き止まりでしょうか?」


 メアの声ではっと我に返るカルム。


 彼女の言う通りだった。最初の部屋を出てからここまでずっと単調な道が続いていたのだが、ここにきてようやく〝通路〟ではなく〝部屋〟に繋がった。


 出発地点と似たような正方形の小部屋。


 異なるのは上へと続く階段がないことと、通路側から見て対面の壁に一枚の扉が設置されていることだろう。複雑な紋様があしらわれ、中央には真円状のくぼみが二重に彫られた扉。それ以外に目立つものは特にない。


「――お疲れさま、二人とも」


 ふわり、と。


 そんな部屋の真ん中で小気味よくターンを決めたスクレの金糸が微かに揺れた。


「ここが〈天雷の小路〉の最奥さいおう……この扉を開くと、一体の魔物が襲ってくる。ダンジョンのぬしみたいなものかな」


「ダンジョンの主……それは、強いのか?」


「当たり前です、カルム様」


 嘆息交じりに断言するのは大活躍中のダフネだ。


 紺色の瞳を扉へ向けた彼女は、あくまで落ち着いた声音で詳細を告げる。


「この奥に棲むのは〝毒牙の大蛇カース・サーペント〟――最低推奨ランク3桁上位500位以内、熟練の冒険者チームでない限り『一目散に逃げろ』と教えられる強敵です。雷光コウモリのように群れるしか能のない雑魚ではありません。私でも、多少の気合いが必要です」


「……今までは気合いも入れずに戦っていたのか?」


「小物如きに消耗させられていたら我が姫を守り通せませんので」


 ショートヘアを揺らして平然と言うダフネ。


毒牙の大蛇カース・サーペントは難敵です。体液が全て毒であり、間接的にでも触れてしまうと猛毒に侵されます。さらに、このダンジョンは毒牙の大蛇カース・サーペントにとって理想的なみ家……何故なら、かのへびの太さはおおよそ通路の幅に一致しているからです」


「んむぅ……? 一致していると、どうなるんですか?」


「必然的に〝顔〟と向き合い続けることになります。……つまり、回り込むことができません。弱点である腹を隠し、侵入者へ牙を向け続けることができるのです」


「なるほど……それは、とんでもないな」


「……そうですか?」


 淡々と告げられる絶望的な情報に素直な感想を示したところ、当のダフネから意外そうな返答が飛んできた。


「確かに毒牙の大蛇カース・サーペントは手強いですが、とはいえ〈天雷の小路〉は――我が姫が隠していてもギリギリ許されるくらい――小規模なダンジョンです。本来ならこれと同じくらい強力な魔物が何体も立ちふさがるのが定番で、それをまとめて切り伏せるのが〝ダンジョンから秘宝を持ち帰る〟ためのでしょう」


「……そう、だったな」


 当然ながら、知識としては知っている。


 ダンジョンに棲む魔物たちは一定の知性を持っている。故に遺物を隠したり、あるいは守ったり、時には囮に使ったりして冒険者を〝排除〟しようと動くのだ。強力な遺物ほどそれに見合う魔物を集めてしまうため、入手は困難になる。


 そして秘宝ともなれば、およそダンジョン内に生息する全ての魔物をまとめて相手にする必要がある。何故なら秘宝の獲得と共にダンジョンは〝単なる場所〟に戻り、同時に魔物も消滅するからだ。


 秘宝の獲得とは、故にこそ非常に難しい――。


 この大陸に冒険者ギルドが設立されてから軽く数百年は経過しているが、その総力をってしても、のだ。


 世界の在り方すら書き換える秘宝がそう簡単に獲得できるはずはない。


「うんうん、ダフネの言う通り。……だけど!」


 と。


 そこで、目の前に立つスクレがわずかに雰囲気を変えた。リシェス姫(公的モード)のように清楚で穏やかな様相ともまた違う。この世の秘密を打ち明けるような、悪戯っぽくて愉しげで、隠し切れない期待をはらんだ笑み。


 とんっ、と一歩こちらへ近付いて、上目遣いの体勢でスクレが続ける。


「メガネくん、キミに攻略してもらいたいのは毒牙の大蛇カース・サーペントじゃない……それなら、ダフネの方が適任だもん。キミの役目はそんなモノじゃない」


「……どういうことだ? 毒牙の大蛇カース・サーペントがこのダンジョンの主なのだろう?」


「〝表〟の、ね」


 意味深な口調でそう言って。



「ここからが本番だよ? ――





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/20(金)20時】更新予定です!

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