第18話 地下に隠されたダンジョン

 #4


◆〈天雷てんらい小路こみち・表〉――攻略開始◆


 ――しばしの後、カルムが案内されたのは王城の隅に位置する倉庫だった。


 中は薄暗く、雑多なものが置かれている。家具に衣服、小物に書籍。特定の用途に縛られない、いわゆる物置きなのだろう。


「こっちだよ。ちょっと暗いから気を付けてね、みんな?」


 特殊燃料で光るランプを片手に先導するのはスクレだ。


 つい先ほどまで淡い色合いのドレスを着ていたが、さすがに動きにくいからという理由で普段着――肩出しのトップスに超ミニのホットパンツという何ともラフな格好だ――に着替えている。


 色々な意味で、リシェス姫との落差が凄まじい。


 ともかく、そんなスクレが立ち止まったのは部屋の端に設置された戸棚の前だった。藁半紙わらばんしや巻物などカルムの興味をくすぐる書物が大量に保管されているようだが、それを抜きにすれば、何ら変哲へんてつのある戸棚ではない。


 ……が、


「よっ、と……」


 スクレが戸棚の脇に手を添えた瞬間、重量感のある棚が何の抵抗もなく静かに横へとスライドした。隠し扉の一種――どうやら、戸棚の四隅に小さな車輪キャスターが仕込まれていたらしい。


 退かされた棚の後ろに現れたのは、地下へと続くだ。


「わぁ……! 凄い、凄いですっ!」


 派手な仕掛けを目の当たりにして、メアのテンションが目に見えて上がる。


「カルムさん! わたくしの部屋もこれと同じ入り口にしたいです、格好いい!」


「……残念ながら、僕の家にはまず地下がない」


 あったとしても毎日やっていたら飽きそうだが。


 そんな答えを聞いてもワクワクが止まらない様子のメアと共に、スクレの背を追う形で足を進める。その最中さなか、カルムは傍らの壁に意識を向けた。


 気になるモノが二点ほど。


 一つは、戸棚の側面に描かれた紋章だ。二重円の背景に〝階段〟を図式化したようなマークが重ねられている。……入り口の在り処を示すヒント、だったのだろうか? だとしたら、戸棚の表面に描かれていても良さそうなものだが。


 そしてもう一つは、階段を下りる道中の壁に古代文字で刻まれたただし書き。


(〝頭上に気を付けろ〟……?)


 ダンジョンを進むうえでの道標みちしるべ、かもしれない。ひとまずは思考の隅に留めておく。


 とにもかくにも、重厚な造りの階段はやがて終わりを迎えて。


「――ここが〈天雷の小路〉だよ」


 オルリエール王城、地下。


 階段の出口に当たる小さな部屋で、くるりと振り返ったスクレが大きく両手を広げた。


「お城の地下を覆う形で広がってる分かりやすいダンジョン、って感じかな。秘宝以外の遺物はもう狩り尽くされちゃってるけど、変に枝分かれもしてないし、規模もそこまで大きくない。ギルドの基準で言えば〝初心者向け進入制限ナシ〟で、何より王城いえから徒歩0秒! お試しには打ってつけの体験版ダンジョンなのだよ、凄いでしょ?」


「ほう……」


 ――ダンジョン。


 昨日の図書館も特殊な〝ダンジョン〟だったということだが、こうして自覚的に足を踏み入れるのは久方ぶりだ。煉瓦れんが造りの王城地下。スクレの持つ携行ランプと等間隔に灯された蝋燭が行く先を仄かに照らしている。


 スタート地点の部屋に繋がっている通路はどうやら一つだけのようだ。まずは、あの先へ向かうのだろう。


(……だが)


 そもそもの疑問が残っている。


「スクレ。君は……僕に、このダンジョンを攻略しろというのか?」


「もちろんだよ、メガネくん。何せ、わたしのお小遣いが懸かってるんだから!」


「……今のうちに土下座の準備でもしておいたらどうだ? 悪いが、僕は全く戦えない」


「うぅ、メガネくんまでイジめてくるよぅ……」


 先ほどの話題を持ち出したカルムに翡翠のジト目を向けてくるスクレ。


 しばし唇を尖らせていた彼女だったが、やがて『でもね』とわずかに口元を緩める。


「心配しなくていいよ、メガネくん? だって――……」


 その刹那。


「ひぅっ!? わ、わ……わひゃぁああ~!?」


 悲鳴を上げたメアが思いきりカルムの腰に抱き着いてくる――が、無理もない。


 それは、端的に表すなら〝敵襲〟だった。


 初めに通路の奥から聞こえてきたのは不吉な音だ。バヂバヂ、ヂヂッと本能的な恐怖を掻き立てる音。もちろん音だけが飛んできたわけではない。薄暗い地下で鮮烈に輝く複数の光源、極めて高速で宙を舞う殺戮さつりく者。


 最低推奨ランク・4桁上位5000位以内――登録名称〝雷光らいこうコウモリ〟。


(魔物……ッ!?) 


 長らくダンジョンを避けていたカルムだが、彼らに対する知識は人一倍持っていた。


 蝙蝠こうもりに似た姿を持つ小型の魔物・雷光コウモリは、冒険者ギルドが規定する最低推奨ランクにおいて〝4桁上位〟に分類されている。これは総数10000弱の冒険者チームの中で4桁上位、つまり5000位以内のチームであれば対処可能であるという意味合いだが、それはあくまで〝単体で出遭であったなら〟という仮定の話。


(雷光コウモリの厄介な点は雷撃、移動速度……加えて、このだ)


 間近に感じた死の気配にごくりと唾を呑むカルム。


 目の前の光景を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだが、雷光コウモリという魔物は体内で〝電撃〟を生み出す特性を持つ。この電撃を爪や羽に纏わせた麻痺攻撃、加えて凄まじいエネルギー放出から実現される高速滑空。それらが〝群れ〟として襲ってくるため、ランク上位の冒険者チームからも常に疎ましがられる魔物の一種である。


「…………」


 当然、カルムに為す術などあるはずもない。


 刹那の思考でそう判断し、せめてメアを背中にかばおうとした……その時だった。


 

「【風魔法】系統技能・第三次解放【風神の領域】――」


 

 すぐ近くでこぼされたのは静かな声。


 それと同時、カルムたちを囲むようにゴウッと凄まじい風が渦巻き始めた。喩えるならば堅牢な盾。不純物など何も含まれていないはずなのに、空気のうねりだけで円状の結界が張られていることがはっきりと分かる。


 ――そして、


(! ほう……)


 分厚い風の向こうでメイドがひらりと宙を舞ったのは、その瞬間のことだった。


「【剣】系統技能・第二次解放――【ウェーブ・ブレード】」


 風に煽られて微かに揺れるショートヘア。


 両手に各三本、計六本の短剣クナイをスカートの内側から取り出したダフネが、身体を一捻りさせる間にそれらの凶器を投擲とうてきする。範囲攻撃を可能とする【剣】系統の第二次技能。密集地帯では扱いが難しいものの、味方が結界に守られているなら話は別だ。


 だからこそ――、


「――お怪我はありませんか、皆さま?」


 すた、とダフネが地面に降り立つ頃には、


「ふむ……」


 その強さは〝圧倒的〟の一言だ。……冒険者の常識に照らし合わせれば、複数の技能系統をカバーしているだけで充分に有能。どちらも実戦レベルとなると相当な手練れと言っていい。加えて彼女は、負傷どころか疲労さえしていないように見える。


「……カルム様? まさか、どこか怪我でも?」


「ああ、いや。……すまない、少し見惚みとれていた。あまりに華麗に戦うのだな、君は」


「主の前で口説かないでいただけますか。……まあ、ともかく」


 嘆息と共にそう言って、身体の前で両手を揃えるダフネ。


「カルム様の実力を見るのはです。露払つゆいは私が担当いたしますので、決して勇み足を踏むことなく後ろから付いてきてください」


「……もう少し、先?」


 僕にダンジョンを攻略させたいのではなかったのか、とカルムが首を捻る中――。


 いよいよ〈天雷の小路〉の探索が始まった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/19(木)20時】更新予定です!

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