第17話 従者の疑念

「改めて……お初にお目に掛かります、お二方」


 ダフネの両手がスカートの裾を瀟洒しょうしゃつまんだ。


「私はリシェス・オルリエール王女殿下の付き人をしております、ダフネ・エトランジェと申します。ここへお越しになった経緯は存じ上げませんが――おそらく、大方、十中八九、我が姫がご迷惑をお掛けいたしました」


「ねぇダフネ? ひどくない?」


「言葉は選びました。我が姫の横暴に巻き込まれた二人に対する私なりの気遣いです」


 澄まし顔で首を振るダフネ。整った顔立ちはスクレよりもやや大人びていて、主従というより姉妹の方が表現として近いようにも思える。


「うぅ、ダフネが意地悪だよぅ……」


 いつの間にか反転させていた椅子の背もたれに顎を乗せてぶーぶーと不貞腐ふてくされるスクレを横目に、カルムも遅れて自己紹介を返すことにした。


「カルム・リーヴルだ。こっちが、自称・大精霊のメイユール」


「自称じゃなくて本物の大精霊です、カルムさんっ!」


 言い終えた途端、隣のメアがぷくぅっと頬を膨らませる。


「1000年前に勇者様と力を合わせて魔王を打ち倒した【祓魔】の大精霊・メイユールです! メアと呼んでください、リシェスさん! ダフネさん!」


 花が咲くような、とでも形容すべき満開の笑顔で言い放ったメアは、キラキラと輝く髪を持ち上げてふわりとお辞儀をしてみせた。足元まで届く幻想的な超長髪。いかにもボリューミーだが、やはり重さは一切感じさせない。


「特級精霊……本当に、解放されていたのですね」


 ――そして。


 メアと対峙した従者・ダフネの反応はと言えば、たとえるなら夢でも見ているかのようだった。信じがたい存在を前にして、自らの目を疑っているような。


「……失礼ですが、触っても?」


「? ぇと……はい、もちろんです! 好きなだけ揉みくちゃにしてくださいっ!」


 恐る恐るといった声音で尋ねたダフネに対し、気前よく頷いたメアはととっと軽やかな効果音が付きそうな歩調で彼女の下へ歩み寄った。そうして〝さあさあ!〟とでも言わんばかりの無防備さで大きく両手を広げる。


「…………」


 ごくり、と唾を呑み込んで、静かに両膝を折るダフネ。


 紺色のショートヘアを揺らした彼女は、目の前のメアに向かって手を伸ばし――


「え。……みぅっ! んむぅ? ふにゃぁ!?」


 ――ぺたぺた、ぷにぷに、むにむに、さわさわ、と。


 純白の手袋を付けた両手で、否、途中から我慢できなくなったのか手袋を捨て去った素手でメアの頬を、髪を、身体をくまなく触る。まるで官能小説の一場面でも見せられているかのような気分だが、ダフネの表情は真剣そのものだ。


「凄い……本当、なのですね。疑いようもなく、本物の特級精霊……貴女あなたこそが……」


「は、はい!」


 文字通り揉みくちゃにされたメアが嬉しそうに頷く。


「見ましたか、聞きましたかカルムさん! これが正しい反応です。わたくし、とっても偉い大精霊なんですか――みぅっ!?」


「まるで人形のようですね……我が姫への忠誠が危うく揺らぎかねないほど、あまりにも可愛すぎます。何ですか、この生き物は? 一緒にお風呂へ行きませんか??」


「か、カルムさん~! 助けてください、わたくしピンチです!」


 ダフネの追撃(?)により鼻を高くし損ねるメア。


「ふむ……」


 そんな尊い犠牲の傍らで、カルムは静かに思考を巡らせる。


 まず、確かなこととしてスクレたちは〝精霊〟の実在を知っていた。特級精霊、という言葉に覚えはないが、メアを指すものと見て間違いないだろう。加えて、図書館のダンジョン――〈祓魔の大図書館〉についても何かしらの情報を持っている。それは紛れもなくフィーユを助けるために必要な〝知識〟だ。


 と。


「――我が姫」


 そこで声を上げたのは、ようやくメアを解放してくれた従者・ダフネだった。紺色のショートヘアをさらりと揺らした彼女は、真っ直ぐな視線を主へ向ける。


「特級精霊が解放された、という事実については確認できました。……ですが、本当に明かしてしまうのですか? ダンジョンに隠された〝秘密〟を」


「そのつもりだよ。ダフネは、まだ反対?」


「反対、とまでは言いませんが……正直なところ」


 紺色の眼光がカルムを射抜いぬく。


「私はまだ、カルム様の実力を測りかねています。ですから、疑っているのです。そこらの街娘よりも遥かにちょろい我が姫を、この男が巧妙な手練手管てれんてくだってたぶらかしているだけなのではないか――と」


「えぇ~? そんなにちょろくないよぅ……多分」


 ちょろい自覚があるのか、スクレの反論は弱々しい。


「…………」


 ダフネの瞳に宿るのは、言葉通り疑念、あるいは警戒というニュアンスの感情だ。根拠なく敵視されているわけではないようだが、とはいえその疑いをぬぐう術などカルムにはない。何故なら、状況が呑み込めていないのはこちらの方なのだから。


 ――が、しかし。


「ふっふーん! そんなダフネに朗報だよ」


 椅子の上によじ登ったスクレが悪戯っぽく口角を吊り上げたのは、そんな折だった。


「わたしはメガネくんに〝裏〟の世界を説明したい。で、ダフネはメガネくんの実力を確かめたい。……こんなこともあろうかと、オルリエール城の地下にはギルドに報告してないがあるんだよ。メガネくんがその〝裏〟を攻略できれば、実力的には文句ないでしょ? ついでに秘宝も手に入るし!」


「な――……正気ですか、我が姫?」


 それを聞いたダフネの声が一瞬にして固くなる。


「地下ダンジョン〈天雷てんらい小路こみち〉の存在は私も把握しております。ただ〝表〟ならばともかく〝裏〟に立ち入るなど……あまりにも、危険すぎます」


「でも、ダフネは〝試験〟がしたいんでしょ? それなら実戦形式が一番手っ取り早いって。それに……」


「それに?」


「今まで誰も入れなかった〈祓魔の大図書館〉を初見で捻じ伏せた《謎解き担当》が、その辺のダンジョンで手詰まりになんてなると思う?」


「……そうですか。どうやら、退いてくれるつもりはないようですね」


 はぁ、とわざとらしく溜め息を吐くダフネ。


「カルム様」


 次いで彼女は、静かにカルムの方へと向き直って言葉を紡ぐ。


「不明な点も多々あるかと思いますが、この先のお話はで行います――無論、命の危険も伴うでしょう。それでも首を突っ込みますか?」


「? ……ああ」


 少しばかり突き放すような問い掛けだが、カルムの返事は決まっていた。


「悪いが、僕にとって重要なものが懸かっている。何も聞かずに帰る選択肢はない」


「そうですか」


 端的な相槌あいづち


 ダフネは静かに目を瞑って、やがて観念したように頷いた。


「分かりました。では――ダンジョン内で不測の事態があった場合、全て我が姫の責任とさせていただきますので。一生、お小遣いなしと心得てください」


「うん! ……って、そんなぁ!? き、キミも何とか言ってくれよぅ、メガネくん!」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/18(水)20時】更新予定です!

よろしければ☆レビューや応援、コメントなどいただけますとめちゃくちゃ嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る