第16話 王城への招待

 #3


「では、改めて――初めまして、カルム様。そして【祓魔ふつま】の属性を司る大精霊様」


 オルリエール城内。


 王位継承権第三位・リシェス姫の私室に清純な声が響き渡る。


 護衛や侍従じじゅうの類は一人もいない。個人的な用件であることに間違いはなさそうだ。


「……ふむ」


 態度に迷ったカルムは、生返事の後にひとまず片膝を突くことにした。状況はあまり呑み込めていないが、マナーの何たるかは知っている。……先ほどのタメ口が不敬罪として扱われるなら、それはもう仕方がないだろう。


「あのぅ、カルムさん?」


 所在なさげに立ち尽くしたメアが、キラキラと輝く髪を揺らしてすがるような視線を向けてくる。確かに、ずっと寝ていた彼女が人間の礼儀を知っている道理はない。


「僕の真似をしておけ、メア。……このたびは、お招きいただき恐悦きょうえつの至りです」


「このたびは、おまねきいただききょうえつの……したりがお? です」


「リシェス王女殿下におかれましては、ますますご健康のこととおよろこび申し上げます」


「りしぇすおうじょでんかにおかれましてはますますますま」


「ぷっ……くくっ、あははははっ!」


 ――おごそかな空気(?)が保たれていたのはそこまでだった。


 突如、ゆったりと椅子に腰掛けたまま笑い転げるリシェス姫。その笑い方は国民の前で見せる上品かつ清廉せいれんなそれではなく、フランクで気兼ねないモノだ。豹変ひょうへん、といっても差し支えない姫の様子に、片膝を突いたメアが目を丸くする。


「んむぅ? あの、あのぅ……カルムさん? これは……」


「こういうことだよ、お嬢ちゃん」


 言って。


 口端くちはに笑みを浮かべた王女は、気取った仕草でパチンと指を打ち鳴らした。


 同時、彼女の容姿に変化が起こる――最も分かりやすいのは、髪だ。背中まで伸びていた金糸が肩まで届かないくらいのボブカットに変わり、煌びやかな光沢がやや収まる。上品なオーラが霧散して、とっつきやすい雰囲気が醸成じょうせいされる。


 王家に伝わる髪飾りを外せば、姫たる所以ゆえんはもはやない。


 目の前に座っているのは、ミリュー王立図書館の司書ことスクレに他ならなかった。


「じゃじゃーん!」


 華やかな効果音を奏で、片手で作ったVサインを目元に添える不敵な少女。


「メガネくんとも仲良しな美人司書さんは、なんとこの国のお姫様だったのだ!」


「…………」


「……って、メガネくん? ちょっとくらい驚いてくれたっていいじゃないかぁ。そりゃあ、メガネくんは最初から気付いてたのかもしれないけど……」


「なるほど。……心臓が飛び出るかと思ったぞ、スクレ」


「うわぁ、お情けに満ちた感想! わたしミリューのお姫様なのに、メガネくんが全力で馬鹿にしてくるよぅ~!」


 じたばたとドレスの裾を蹴り飛ばすリシェス姫――もとい、スクレ。


「……馬鹿にしているつもりはなかったが」


 図書館にいる時よりもさらに〝自由〟な司書を前に、カルムは一つ嘆息を零す。


 ――リシェス姫とスクレが同一人物であることは、以前から知っていた。


 仕掛けトリックは姫の持つ【鍛魔法】系統技能・第一次解放【付強和音エンハンス】だ。自身、あるいは仲間のステータスを引き上げる技能であり、到達レベルが上昇するごとに〝ステータス〟の対象範囲が広くなる。要は〝髪の長さ〟や〝人を惹き付ける魅力〟すらステータスの一環なのだ。王女として人前に出る際、リシェス姫は常にこの技能を使っている。


 せいぜい髪型や雰囲気が変わるくらいのものだが、服まで変えればまずバレない。


 ……という魂胆まで含めて、他人の容姿に頓着とんちゃくがないカルムは初対面で見抜いていた。


「ただ、理由は知らない。……スクレ。君は、僕が図書館に通い始めた頃から既に司書をやっていた。それは、例のダンジョンが関係しているのか?」


「ご明察だよ、メガネくん」


 ボブカットの金糸を微かに揺らして頷くスクレ。


「〈祓魔の大図書館〉――さっきも言ったけど、あそこは特別なダンジョンなんだ。侵入方法も攻略手段も分からない特級ダンジョン。だから、ずっと見張ってた。何も起きないように……ううん、ちょっと違うかな」


 足を組んだスクレが悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「『ダンジョンには魔王を討ち払う鍵が眠り、次なる勇者がその鍵を手に入れる』……わたしは、って本気で思ってたから。今日この日を、前からずっと待ちびてたんだぞぅ?」


「……いや。話が見えないぞ、スクレ」


 全体的に意味不明だ。


 百歩譲って〝見張っていた〟だけなら理解できるが、それを姫自らが行う理由は分からない。そして誰からも侮られる《謎解き担当ブランク》役職のカルムに何年も前から期待を掛けていた、という点については、もはや正気を疑ってしまう。


「もう少し、詳しく説明を――」



「――失礼します、我が姫」



 瞬間。

 

 スクレの、もといリシェス姫の私室に外から投げ込まれたのは、涼しげな声だった。


 続けて、上品な彫刻の施された扉が外側に開かれる――そこでカルムの視界に映ったのは、片膝を突いて頭を垂れる一人のだ。……いや。どちらかと言えば、これまでの方が異常だったのだろう。オルリエール王家の姫ともあろう高貴な人間が単独で客を招き入れるなど、常識では考えられない。


(どうやら僕ははかられていたわけではないようだ)


 一人で城下へ出ている時点で相当なものだが、とカルム。


 隣のメアが「わ!」と目を丸くする中、カルム自身も当の従者へ視線を向けた。落ち着いた紺色のショートヘア、ふわりと長いスカートを伴う白黒モノトーンのメイド服。一糸乱れぬ姿勢を維持するその様は、まさしく王宮侍女の振る舞いだ。


 一点の曇りもない床に視線を落としたまま、つまりは未だに顔を上げないまま、頭にホワイトプリムを被った彼女は淡々とした口調で切り出す。


「今朝、枕元に残されていた書置きを拝見しましたが……〈祓魔の大図書館〉を攻略した冒険者に接触するという方針、私は反対です」


「えぇ~? そうだったの、ダフネ?」


「当たり前でしょう、我が姫」


 嘆息と共に、ダフネと呼ばれた従者の顔がゆっくりと持ち上げられる。


「我が姫は高く買っているようですが、私からすればどこの馬の骨とも知れぬ謎の男に過ぎません。せめて、騎士団に話を通してからでも――……」


 パチリ、と。


 深い紺色の瞳がカルムとメアを真正面にとらえたのは、その瞬間のことである。


「……我が姫?」


 従者の行動はスムーズだった。


 流れるような仕草でスカートの内側から左右各二本の短剣クナイを取り出し、それらを顔の近くで構えながら自らの主へ半眼を向ける。


「神聖なるオルリエール王女殿下の私室に不審なやからが入り込んでいるのですが、成敗しても構いませんね?」


「待った。話の流れで分かるじゃないか、この二人はわたしが呼んだお客さんだよ?」


「存じております。故に、私が成敗するのは『怒られそうだからダフネには内緒にしておこうっと』と単独行動に走った、我が姫の腐った魂胆です」


「ひどいね!? まぁ、別に間違ってはいないんだけどさぁ……むぅ」


 エッジのいた従者――ダフネの返答に、ねたように唇を尖らせるスクレ。彼女が一国の姫であることを考えるとなかなかの言い草だが、きっと主従以上の関係性が築かれているのだろう。


 ともかく。


「……ふぅ」


 主の説明で納得したのか、あるいは諦めたのか、ダフネは顔の近くで構えていた短剣クナイを静かに下ろした。一瞬後には、四本の武器が全てまとめてスカートの中に消えている。


「改めて……お初にお目に掛かります、お二方」


 そうして、ダフネの両手がスカートの裾を瀟洒しょうしゃつまんだ。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/17(火)20時】更新予定です!

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