第13話 舞い上がった爆炎

 #2


 中央国家ミリューの王都は広い。


 何しろ数万人、いや、最近では十数万人の民を抱える巨大都市だ。移動するだけでも果てしなく時間がかかる。大通りは馬車が通れるよう整備されているが、普段使いに馬車を使うのは王族か貴族くらいのもの。徒歩で移動するとなると、王都の外れに建っている図書館はアクセスが良いとはとても言えない。


(やれやれ……)


 カルムの住む家からは、歩いておよそ40分。


 歩くたびに、汗をぬぐう度に強く思う――引っ越したい、と。


「とっっっても大きな街ですね、カルムさん!」


 ただし今日ばかりは、すぐ隣にリアクション豊かな同行人がいたため疲労はさほど感じなかった。


 1000年ぶりに目覚めたからか、あるいは記憶を失っているからか、目に付くもの全てに関心を示すメア。


 全身ではしゃぎまくる彼女に知り得る限りの答えを返しつつ、カルムは――早くも筋肉痛にさいなまれながら――歩を進める。


 ……そして、


「ここが、ミリュー王立図書館だ」


 遠路はるばる辿り着いた建物を静かに見上げた。


「蔵書数の約199万冊は大陸最大。ミリュー発行の書籍に限らず、他国の物語や歴史的資料も保管されている。僕の記憶だと、精霊の詳細に触れている書物はないのだが……お伽噺とぎばなしだという先入観があったからな。再読する価値はあるだろう」


「ふわぁ……」


 キラキラとした瞳で図書館を見上げるメア。


 その格好は既にぶかぶかの羽衣ヴェールではない。あれはもはや服としての機能を失っていたため、家に残っていた妹の服を着せている。フリル多めの清楚な白ワンピース。ところどころに青の装飾が入っていて、首にはチョーカーも付いている。


 メアという素材が一級品な上にダイヤモンドのような超長髪がキラキラに輝いているため非常に目立っているが、仕方あるまい。


 うずうずとした様子でメアがこちらを振り返る。


「図書館さん! つまり、ここがわたくしにとって第二の故郷なんですね! 早く行きましょうカルムさん、もうワクワクが止まらな――」


 ――瞬間。



 ドンッッ!! という爆音と共に、



「みぅっ!? ……な、ななな、なんですか今の!? 事故です、事件ですっ!」


 瑠璃色の瞳を真ん丸に見開いたメアが(カルムの身体を盾にしながら)大慌ての口調で騒ぎ立てる。対して、メアに腰をがくがくと揺らされたカルムはと言えば、冷静な態度で右手の指先をそっと眼鏡に添えていた。


「ふむ……」


「『ふむ……』じゃないんですけど!? ここにいたら危ないですよ、カルムさん! こんがり焼かれてしまいます!」


「ああ、すまないメア。危ないのは百も承知なのだが……」


 カルムの思考は、一瞬にして状況を整理していた。


 第一に、ミリュー王立図書館の裏手には冒険者向けの訓練施設が位置している。王都の外れという立地から人の出入りは少ないが、それでも〝技能の使用が許されている場所〟には変わりない。これが【炎魔法】系統の技能なら充分に説明は付く。


(……だが)


 第二に、往来にまで爆炎が見えるのは妙な話だ。


 冒険者ギルドが管理する訓練施設には結界系の遺物を使用した防壁が張られていて、施設外まで技能の影響が及ばないよう細心の注意が払われている。でなければ、街中で心置きなく技能を使うことなどできるはずがない。


 そして、第三に――カルムは、この【炎魔法】の遣い手にがある。


「……行こうか、メア」


「はい、今すぐ離れま――って、あれぇ!? カルムさんカルムさん、そっちは危ない方ですよ! 安全なのはこっちです、こっち! ……んむぅ、カルムさんのばか~!」


 ぷくぅと頬を膨らませ、天にかざした両手をぐるぐると回しながら。


 大精霊メイユールは、カルム・リーヴルの背中を小走りに追うことにしたのだった。




(やはり、そうか……)


 図書館の裏手をメアと並んで進軍する。


 爆炎を見た時点で予想できていたことではあるのだが、周囲は異様な熱気(興奮ではなく単に高温の意だ)に包まれていた。風に舞う白煙。さらに、訓練施設の防壁を構築していたはずの遺物が辺り一帯に散らばっている。


 一片を拾ってみれば、まるで黒炭の如くボロボロと手から崩れ落ちた。


「あ、あのぅ……カルムさん?」


 横合いから背伸びするような格好でカルムの手元を覗いたメアが、恐々と尋ねてくる。


「それ、何なんでしょうか? 真っ黒ですけど……」


「結界の一部だな」


 端的に答えるカルム。


「訓練施設の外壁だ。基本的には、到達レベル4程度の技能――多くの冒険者チームで最大火力となる攻撃を受けても壊れない程度の頑丈さはある」


「んむぅ? ……でも、壊れてます。バラバラに」


「壊れているな。結界が劣化したのでない限り、答えは一つしかないだろう」


 使――。


 カルムの回答を受け、傍らを歩くメアがごくりと神妙に唾を呑む。


 もちろんカルムの認識は推測であり、何ら証拠のあるものではなかったが……爆炎の中心地へ近付くにつれて、舞い上がる煙や灰は徐々に濃くなっていた。午前中だというのに視界が判然としないほどの煙が周囲を覆っている。


「わ、のわわっ……」


「……ふむ。気が利かなくてすまない、メア。これを使え」


 すぐ隣で煙に包まれるメアを見て、カルムはおもむろに懐から一枚のハンカチを取り出した。それをメアに押し付けて、自らは片手で口を覆っておく。……精霊の体組成など知らないが、一酸化炭素が身体に良いとは思えない。


「ぁ……ありがとうございます、カルムさん。これでわたくし、無敵です!」


 ふにゃ、と笑みを見せてから急いで口元を覆い隠すメア。


 そして――煙が濃くなってから一分ばかり歩を進めた頃だろうか。


(……いた)


 煙で狭められたカルムの視界に、一つの人影が映り込んだ。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/14(土)20時】更新予定です!

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