第12話 大精霊のスランプ

「ち、ち……ちっちゃくなってるんですけど!?」


「だからそう言ったんだ」


 かちゃりと眼鏡に手をって嘆息を零すカルム。ようやく状況の共有ができた。


「……ちなみに、だが」


 不可解な状況を解き明かすべく、先に例外的な可能性を検討しておく。


「入れ替わっている、というわけではないのか?」


「んむぅ? それは……えっと、どういう?」


「昨夜の記憶は曖昧あいまいだ。図書館から帰って寝るまでの間に、もしくは睡眠中にメアが別人と入れ替わっていた、と言われた方がまだ納得できる」


「! ま、まさか、わたくしがニセモノだっていうんですか!?」


 ダイヤモンドみたいなキラキラの髪を揺らめかせ、下ろした両手の指先をぴーんと伸ばしながら、メアが瑠璃色の瞳を愕然がくぜんと見開く。


「信じてください、人間さん! わたくし、ほんとのほんとに大精霊ですから! 魔王を倒し、山を作り、海を割り、てんちかいびゃくにしくはっくした――」


「このタイミングでの嘘は逆効果だが?」


「――のは、ちょっとした脚色ですけど! でも、わたくしが【祓魔ふつま】の大精霊・メイユールだというのは嘘じゃないです。太鼓判です!」


「自分で太鼓判を押されてもな……」


「んむぅ、人間さんは強情です。こうなったら――……えいっ!」


「!」


 一瞬の出来事だった。


 両手でカルムの手を取り、それからぐいっと自らの方へ引き寄せるメア。カルムが気付いた時には、既に右手がメアの胸元に押し当てられていた。手触りの良い羽衣ヴェールの感触。ぺったんこに見えるものの、ふにっと指が沈み込む柔らかな膨らみ。


「ど、ど……どうですか!」


 謎の凶行に及んだメアはと言えば、顔を赤くしながらカルムを見ている。


「これで人間さんも分かったはずです。わたくしの凄さが、魅力が、偉大さが!」


「凄さ……というのは、なんだ。まさかとは思うが、胸のことを言っているのか? 確かに、見た目よりは育っているようだが……」


「な、何のレビューをしているんですかっ!? 人間さんのスケベ!」


 ばっと振り払うようにカルムの身体を押し退けるメア。


 微かに乱れた着衣を直しつつ、彼女は『ふーっ、ふーっ』と荒い息を吐いて続ける。


「ペタペタ触ってみればいい、って言っただけです。大精霊であるわたくしはとっても珍しい〝人型〟ですし、さらにさらに、この通りちゃーんと〝実体〟があるので!」


「なるほど。……だがな、そもそも僕は精霊を知らない。人型だから云々うんぬん、実体があるから云々、と言われたところで情報は全く増えないぞ?」


「…………」


「どうした」


「じゃあわたくし、胸触らせ損ってことじゃないですか! もうもう、もうっ!」


 ようやく自分の失態に気付いたらしく、メアがぶかぶかの羽衣ヴェールを突き上げるような形でぐるぐると両手を振り回す。


(……今だけは、姿が変わってくれていて助かったかもしれないな)


 それを見ながら内心で密かに呟くカルム。昨日のメアに同じことをされていたら、さすがに平然と構えているのは難しかっただろう。


 ともかく――カルムの提案で、そこからはメアの〝異変〟について可能な限り検証をしてみることにした。荘厳な雰囲気や神々しいオーラが全て消え失せているのだから、変わったのが見た目(年齢?)だけだとは到底思えない。


 そんなこんなで、検証開始から十数分が経った頃。


「――あの、人間さん」


 一通りの調査を終えたメアが、少しばかり疲れた様子で声を掛けてきた。


 そこで初めて引っ掛かる。……そういえば、まだメアに名前を伝えていなかったか。


「すまない、自己紹介が遅れた。僕はカルムという」


「わ、わわ! そうでしたか。カルムさん、カルムさん、カルムさん、カムルさん、ルカムさん、ルムカさん、ムカルさん……む、難しいです!」


「アナグラムはしなくていい」


「じゃあ、カルムさん。……今から、衝撃の事実を発表します」


 瑠璃色の瞳がじっと上目遣いにカルムを見る。


「わたくしは――【祓魔】の大精霊・メイユールは、見ての通り小さくなってしまいました。そして、なんと! !」


「ふむ、やはり記憶もか……ほとんど、というのは?」


「何もかも忘れたわけではないんです。わたくしが【祓魔】の大精霊で、とっても強い勇者様の仲間で、悪い魔王をこてんぱんにらしめたことは――……ぼんやりと、覚えているのですが。でも、それだけです。【祓魔】の力は一つも使えません」


 しゅん、と力なく肩を落とすメア。


 弱々しいその声は彼女の不安を示すと共に、カルムにすがっているようだ。……実は、それだけは昨日から何も変わらない。契約の関係か、あるいは他にも理由があるのかもしれないが、どちらのメアからも〝カルムに対する全幅の信頼〟が読み取れる。


「むぅ……なんで力が使えないんでしょう。これが、噂のスランプでしょうか?」


 カルムの目の前で、メア(幼女)がぶんぶんと腕を振る。


「…………」


 1000年ぶりに目覚めた自称・大精霊は、容姿が幼くなっただけでなく、記憶も力もほとんど失ってしまっているのだという。そうなると、彼女メアの発言は全て根拠のない自己主張だ。背伸びしているだけの幼女、と考えた方がしっくりくる。


(だが……さすがに、単なる夢で片付けるには鮮烈すぎる)


 図書館の中のダンジョン、精霊、魔王、謎解きギミック。


 加えてフィーユが絡んでいる可能性があるならば、無視などできるはずもなかった。


「……とりあえず、図書館で情報収集でもしてみるか」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/13(金)20時】更新予定です!

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