第11話 ちっちゃくなってるんですけど?

 #1


「ん……」


 窓から差し込む柔らかな陽光で、カルムは目を覚ました。


 人生における睡眠の優先度が読書よりも遥かに低いカルムにとって、ベッドで目覚めるというのは久々の経験だ。大抵は本を読んでいる間に寝落ちしており、そのため腰に多大なるダメージをっている場合が多い。


(昨日は……そうか、ひどく疲れていたんだ)


 もやが掛かったような思考で昨夜のことを振り返る。


 カルムが把握している限り、昨日はとてつもなく不思議な事態が無数に起きた。


 いつの間にかダンジョンの中に迷い込み、数々のギミックで殺されかけ、辿り着いた最奥さいおうで神秘的なオーラを放つ〝精霊〟と出会い、大切な幼馴染みフィーユが〝魔王〟の素体にされていたことを知り、彼女を取り戻すために〝契約〟を交わした。


「…………」


 何もかもカルムの妄想が生み出した夢だった、と言われた方が納得はできるが。


(この筋肉痛。……ダンジョン内を歩き回っていたからこそ、だろう)


 カルムのたぐいまれなる貧弱さが、昨日の一部始終が現実にあったことを証明していた。


 さらに――いや、常人ならばこちらが気付きのトリガーになったはずだが、普段と違うところがもう一つあった。


 ミリュー王都、大通りから少し離れた平民区。現在のカルムは一人暮らしをしているのだが、数年前までは家族が一緒に住んでいた。中でもこの部屋は寝室であり、家族分のベッドが並べられている。


 両親のベッドは主に物置きとして活用され、残る一つ――妹のそれは長らく使われていなかった。


「すぅ……くぅ……」


 そのベッドに一人の少女が眠っている。


 朴念仁ぼくねんじんのカルムをしても、さすがに緊張を禁じ得ない状況だ。……何せ、相手はただの少女ではない。この世に比類する存在がいない、まさしく絶世の美少女である。


 加えて、かつて勇者と共に魔王を打ち倒したという、伝説の大精霊。


 容姿も実力もエピソードも軒並のきなみ冒険小説に匹敵する……否、遥かに凌駕りょうがする。


(……結局、昨日は契約を交わしただけで詳しいことは聞けなかったからな)


 ベッドから降り、枕元に置いていた眼鏡を掛けたカルムが内心で零す。


 読書中に寝落ちしてからそのままダンジョンに迷い込んだため時間の経過はよく分からないが、最奥に辿り着いた頃にはとっくに夜も更けていたことだろう。図書館ダンジョンから脱出したカルムは、その後すぐに家へ戻って泥のように眠っていた。


 もちろんメアも一緒に、だ。


 彼女に訊きたいことならいくらでもあった。ダンジョンのこと、魔王のこと、カルムに与えられたという〝力〟のこと。知っておかなければならないことが多すぎる。おそらく今日は朝から質問大会になるだろう。


 そう思って部屋を出ようとした、刹那。


「……む?」


 視界の端に違和感があって、カルムはぴたりと足を止めた。


 廊下へ続く扉の隣、ベッドの上。そこにいるのは、熟睡中の大精霊・メイユール。


 それはいいのだが……何かがおかしい。


 このベッドは数年前にカルムの妹が使っていたもので、サイズとしては子供用だ。そしてカルムはもちろん、メアだって背丈せたけはそう低くない。おぼろげな記憶だが、昨日の夜は足の先が収まっていなかったような覚えがある。


 けれど現在、メアは快適にベッドを使っている。身体をくるんと丸めているせいもあるだろう。が、それにしてもベッドが大きい――違う、


 ……メアが小さい?


「ふむ……どうやら、まだ疲れが取れていないらしいな」


 もしかしたらこれこそが夢なのかもしれない、と。


 ひとまず顔を洗うべく、カルムはボサボサの髪を掻きつつ寝室を離れるのだった。




「さて――」


 メアが目覚めたのはそれから三十分ほど後のことだった。


 カルム宅のリビング。それなりに質の良いソファに一人の少女が座っている。


 髪色はキラキラとしていて透明感のある純白、もとい虹色プリズム。窓から差し込む陽光を反射して複雑な輝きを放っている――のはいいのだが、その髪からして既におかしい。


 カルムの記憶が確かなら、美しい長髪はせいぜい腰くらいまでの長さに留まっていたはずだ。だが今は、足首の辺りまでふわりと髪が広がっている。同様に、全身を覆っていた神秘的な白の羽衣ヴェールは今やぶかぶかになってしまっている。


 ただし、完全に別人なのかと言えばそうでもない。


 愛らしいと表現すべき顔立ちは確かに昨日の大精霊の面影を残しているし、荘厳なオーラこそなくなったものの〝この世のものとは思えない〟引力は健在だ。瑠璃るり色の瞳が放つ純粋無垢な輝きも変わらない。


 ただひたすらに、幼くなっている。


「…………」


 中央国家ミリューは大陸内でもひときわ冒険者の勢いがある方だが、それでも〝若返り〟の効果を持つ遺物など聞いたことがない。


 だからこそ、カルムは率直な疑問をぶつけてみることにした。


「一つ訊かせてくれ、メア。君は――……もう少し、綺麗ではなかったか?」


「がーん!!」


 ……カルム・リーヴルにはデリカシーがなかった。


 そもそもが極めて自己中心的な性格なのだが、加えて〝気を遣う〟や〝他人に嫌われたくない〟といった感情が欠如している。とはいえ、あえて傷付けようという意思があるわけでもない。言葉選びが下手なのは、単に人との交流を避けてきたツケである。


 ともかく――。


〝君の容姿が昨日と変わっている、正確には昨日よりも幼くなっている気がするのだがどういうことだろうか?〟という主旨で繰り出された質問に対し、ソファに座った少女は大袈裟なリアクションを口にした。


 感情をストレートに表現する第一声。昨日の繊細で上品な旋律ともまた違う、はっきりと子供らしさを残した声だ。


 ぷくぅと頬を膨らませて、メア(?)はカルムの言葉に異を唱え始めた。


「ひどいです、あまりにも! それって、それってわたくしがみにくいってことじゃないですか! 泣いちゃいますよ、泣いちゃいます! いいんですか、人間さんっ!?」


「いや、そうは言っていない。昨日の方が大人びていた、という意味だ」


「んむぅ? ……それっておかしいです、人間さん! わたくしが一晩で子供になったとでもいうんですか? 【祓魔ふつま】の大精霊である、このわたくしが!」


「子供とまでは言わないが……そうだな」


 ちょいちょい、と手招きでメアを呼ぶカルム。


「?」


 招かれたメアは素直にソファを飛び降りるとカルムの後を付いてきて、やがて部屋の片隅に置かれた姿見すがたみの前で立ち止まった。


 そこに映る自分自身の姿をまじまじと見て、何度か背伸びをして、ジャンプをして、それから瑠璃色の瞳を真ん丸に見開く。



「ち、ち……ちっちゃくなってるんですけど!?」



「……だから、そう言ったんだ」


 かちゃりと眼鏡に手を遣って、カルムは小さく首を横に振った。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/12(木)20時】更新予定です!

(新章に突入したので、#のカウントもリセットしています)

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