第8話 ダンジョンの奥地にて

 ――光に、触れる。


 既に何度も経験した本の中への転移。カルムが移動した先は、どうやら遺跡の中の通路のようだ。一直線の道の途中で、前方には部屋らしき空間が見えている。


「……一応、先に確認しておくか」


 くるり、ときびすを返す。


 そうしてカルムが向かったのは後方の〝闇〟だ――これは、離れた二つの部屋を使うギミックなのか、と疑っての行動である。そうでなくとも、攻略に必要な何かが別の場所に隠されているかもしれない。


 が、闇を抜けたカルムが辿り着いたのは……だった。


「ほう。……なるほど、戻れるのか」


 初めての事態に思考を巡らせるカルム。


 これまでは、本の中の謎解きギミックを突破するまで決して図書館には帰ってこられなかった。ならば〝闇を抜ける〟のが正解なのかと言えば、そういうわけでもないようだ。何せ『ノンブル興国こうこく物語』は未だに光り輝いている。


 やはり、これまでとは少し傾向が違うらしい。


(おそらくこれが最後の謎なのだろう――)


 そんな確信を得つつ、カルムは再び古い装丁そうていに手を伸ばした。今度は導かれるがままに通路を前進し、やがて行き止まりの空間に辿り着く。


 そこは、小さな部屋だった。


 雰囲気としては〝即死トラップ〟が仕掛けられていた最初の部屋にやや近い。通路を背にして正面と左手は壁であり、右手には扉が一つある。


 ……が、扉としての機能はないに等しい。


 何故ならからだ。そして今回は、これを断ち切ってくれる豪快なギロチンも見当たらない。


 そして、扉の脇には赤文字でこう記されていた。


「〝なんじ、振り返ってはならない〟……」


 失われた古代文字をまたもや平然と読み上げるカルム。


 振り返ってはならない。……文字通りの意味だとしたら、カルムは既に通路を逆走して本を出るという禁忌をおかしている。何なら今も、つい気になってちらりと後ろを向いてしまった。二度目の違反だ。


 が、悩んでいても仕方がないだろう。


「ひとまず情報が欲しいな――【知識】系統技能・第一次解放」


 ――【解析アナライズ】。


 魔物やギミックの特性を明らかにし、攻略の基礎を作り出す技能だ。これによって扉に施された封印の詳細があらわになる。


 曰く――これは、由来不明の力による厳重な封印術式だそうだ。全ての魔法系技能、および武器系技能を無効化する性質を持ち、外力による破壊は一切不可能。効果時間も非常に長く、最低でも100年は朽ちることがない。


「ふむ……それは、困ったものだな」


 素直な感想が口をく。


 カルムは【知識】以外の技能を持たないが、仮にギルド内最強クラスの武力をたずさえていてもこの封印は解けないわけだ。室内を見渡してみても、念のため【鋭敏ハイセンス】を使って調査してみても、扉を抜けるための方法はありそうにない。


 唯一の手掛かりは――やはり〝振り返ってはならない〟という文言だろう。


「もしこれが禁止事項で、僕が既にそれを犯しているというなら〝クリア不能〟となっている可能性もあるが……おそらく、違う」


 当然の懸念を否定する。


 カルムがこの部屋に入った時点で扉は雁字搦がんじがらめになっていた。だとしたら最初のUターンが違反だったことになるが、ならば注意書きは通路の壁にあるべきだ。……いわゆる直感の類だが、とはいえ確信ではあった。このダンジョンに仕掛けられたギミックは、容赦がない代わりに不公平でもない。


 たん、っと手近な壁に指を触れさせるカルム。


 考える時の癖だ。ペンはないが、書く真似だけでもした方が思考はまとまる。


「振り返るな……つまり、後ろを向くなということだ。後ろ、背後、背中、後方……いいや、どれも意味は大差ない。であれば、もしやが違うのか?」


 きゅっ、と縦横無尽に動いていた指が不意に止まる。


「なるほど。……僕は、一つ思い込みをしていたようだ」


 答えに辿り着いたカルムは得心と共にかちゃりと眼鏡を押し上げた。


「〝振り返るな〟はすなわち〝後ろを向くな〟の意。そして後ろは空間的な意味だけではなく、でも捉えることができる――後ろとは、すなわち過去。振り返るなというのは、換言かんげんすれば〝時を進めろ〟ということだ」


 一見すれば突拍子もない発言……だが、実はそうでもない。


 カルムが散々体験してきた通り、このダンジョンは〝本の中に入って登場人物キャラクターの置かれた状況を追体験ついたいけんする〟というのが主な構造だ。つまりこの部屋は、このギミックは『ノンブル興国物語』に登場する。


 そして『ノンブル興国物語』は登場人物が世代交代を繰り返すほどの大長編シリーズであり、これはその一冊目、しかも原典だ。発行年数も作中時期も非常に古い。最新作までの間に200年、300年といった時間が経過している。


 その時間経過こそが、謎を解く鍵だ。


「絶対の封印は、100朽ちることがない……だったな」


 扉に背を向けながら静かに呟くカルム。


 やはり、通路の端から図書館へ戻れる仕様には意味があったのだ。扉の封印は決して解けない。だが『ノンブル興国物語』には世界観を同じくする後継作品が数百年に渡って存在するため、その中にはきっと、全く同じダンジョンを扱った場面シーンも登場する。つまりは本を変えることで疑似的に〝時を進める〟ことができる。


 ――果たして。


 図書館へ戻ったカルムが改めて館内を巡ってみると、原典とは別にもう一冊、光り輝く本があるのを発見した。それは『ノンブル興国物語』の最新刊。触れてみると先ほどと同じ通路に転移し、その先には一つの小部屋が存在する。


 そして、


「……おお」


 扉の封印は――


 その有様を見てカルムの胸には微かな緊張が去来きょらいする。……別に、このギミックが最後だと示されていたわけではない。ないが、この仕掛けはやはり最後に相応しい。おそらくはこれで〝ギミック攻略完了〟となるはずだ。


(そうなると……どうなるんだ?)


 このダンジョンの様相は、カルムの知る〝ダンジョン〟とはかけ離れている。


 故に、扉を開けた瞬間に何が起こるのか分からない。秘宝が手に入る? ダンジョンの外へ出ることができる? あるいは爆発四散する? どれも捨て切れない。


 けれど、


「……迷っていても仕方ない、か」


 そっと、カルムは扉に手を触れた。


 力などほとんど加えていない――が、それでも封印の解けた扉は抵抗なく開いた。微かな擦過音さっかおんと共にゆっくりと視界が広くなっていく。


「こ、れは……」


 扉の先に広がっていたのは、ひたすらに幻想的で神秘的な光景だった。


 周囲の光を乱反射する煌びやかな輝き。ここは建物の中で、どころかダンジョンの奥地で、太陽光など届いていないはずなのに優しくて綺麗な輝きがそこにる。



 光の中心に埋もれていたのは、一人の乙女だ。



 この世に存在する色ではたとえようがない、あえて言うならダイヤモンドの如く複雑なきらめきを放つ透明な髪。長髪という言葉では足りないくらいのボリューム感だが、まるで重力の影響を受けていないかの如くふわふわと漂っている。


 眠るように目を閉じていて、その顔立ちは思わず息を呑んでしまうほどに美しい。


 単に整っている、というだけではない。


 オーラがある。強烈な引力がある。いっそ威厳すら感じる、抗いようのない魅力。


(……天使……女神……いや、?)


 美しさの比喩として使われる語彙ごいを一通りカルムが頭の中に並べ立てた頃。


 ぱちり、と。


 極上の宝石が――否、彼女の持つ瑠璃るり色の瞳が、まぶたの裏からこの世界に現れた。


「『…………』」


 時が止まったかのように、しばし見つめ合う少女とカルム。


 口火を切ったのは少女の方だった。



『一つ、問います――あなたが、わたしを起こしてくれたのですか?』





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/9(月)20時】更新予定です!

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