第7話 《謎解き担当》の専門分野

 #4


 ――ギロチンで両断され、無理やりじ開けられた扉。


 経緯を考えれば当然のことだが、その先はミリュー王立図書館へと繋がっていた。


 ただし、異様な雰囲気はまだ変わらない。空間全体が青白い光に包まれていて、扉も窓も相変わらずふさがれていて、そして今度はまた別の本がまばゆい光を放っている。


「なるほど……順番に謎解きギミックを攻略しろ、と言いたいわけか」


 やれやれ、と肩を竦めるカルム。


 つい先ほど、カルムは一冊の本に触れ、その中の一場面に放り込まれた。言い方を変えれば〝本の中に吸い込まれた〟わけだ。この図書館を一つのダンジョンとして見るなら、今切り抜けた即死トラップは出会いがしらの挨拶に過ぎない。


 次々に冒険小説の中を渡り歩き、適切な方法で危機を乗り越えるのがミッション……なのだろう。


 なかなかに殺意は高いようだが。


「……魔物と対峙させられるより、幾分かマシだな」


 この手のギミックならば。あるいは罠ならば、謎解きならば。


 カルム・リーヴルがおくする理由は一つもなかった。



 そこからのダンジョン攻略は、快進撃RTAと呼んで差し支えない速度だった。


 ――たとえば二冊目。


 渓谷けいこくに掛かった吊り橋を渡って向こう岸まで辿り着け、というのがカルムに課された指令だ。吊り橋には〝屋根はないが極めて頑丈〟なものと〝ボロ布が被せられているが非常にもろい〟ものがあり、空にも川にも強力な魔物が待ち構えている。


 頑丈な橋は絶対に落ちないが、ひたすら空の魔物に襲われる。逆に脆い橋は空の魔物からは狙われない代わり、高確率で川の魔物の餌になる。


「……【知識】系統技能・第一次解放【解析アナライズ】」


 しかしカルムは【知識】系統の基礎技能により一瞬で両者の性質を看破。


 それぞれが持つ縄張り意識を刺激するため、近場に転がっていた石を使って脆い橋を即座に川へ落とした。これにより激怒した川の魔物が空の魔物を攻撃し、蒼空のゆうが激流へ引き摺り込まれる形で激闘が勃発ぼっぱつすることとなる。


(頼むから、僕に気付いてくれるなよ……?)


 それを見下ろす形で悠々と――否、恐る恐る頑丈な橋を渡ったり。


 

 ――たとえば五冊目。


 本の舞台は遺跡の中の巨大迷路だった。スタート地点には一つだけ扉があり、それを開くと次の小部屋へ進むことができる。その部屋には三つの扉があり、以降は縦横無尽に経路が構築されている……という複雑な造りだ。


 この迷路を伝ってゴールへ辿り着け、というのが攻略までの〝第一〟ステップ。


 実は各小部屋の床に意味深な文字が刻まれており、スタートからゴールまで順番に辿ると一つの指示が完成する。それをこなせば今度こそ攻略完了、なのだが、最短ルートで辿らない限り文章にならないし、記法は失われた古代文字である。


「【知識】系統技能・第五次解放【追憶リマインド】――」


 ただしカルムにとっては造作もない。


 自身の記憶を正確に辿る技能――ちなみに〝第五次解放到達レベル5〟とは冒険者ギルドが定める各系統の上限値リミットだ――で迷路内の文字を全て復元し、一連の指示文を生成。肝心要かんじんかなめの古代文字に関しては、そもそも完璧に把握していた。何故なら、これを覚えていないと大昔の資料や図録が読めないからだ。


 そんなこんなで〝解〟を意味する文字に触れ、あっさり迷路を脱出したり。



 ――たとえば七冊目。


 その塔の最上階には、破滅級の魔物がむという言い伝えがある。


 最上階の一つ前のフロアには見渡す限り無数の武器があり、案内人より〝どれか一つだけ持っていけ〟と指示される。武器はいずれも超が付くほどの業物わざもので、言ってしまえば現実世界には存在しないようなモノばかり。


 相手の存在を一瞬にして消滅させる杖、永遠の束縛を与える檻、自身を巨大化させる靴……など、選択肢はいくらでもあった。


 が、これはいわゆるトラップだ。


 ここに棲む魔物は通称〝鏡映し〟と呼ばれ、挑んでくる冒険者の実力を読み取った上でそれに相応ふさわしい姿に変わる。……要するに、強い武器を持っていくほど手が付けられなくなる初見殺しの存在ボス、なのだ。物語上では〝のちにうっかり者の青年があっさり倒した〟とだけえがかれていて、その詳細は深掘りされていない。


 しかし。


「【知識】系統技能・――【先見デジャヴュ】」


 カルムは〝予行演習シミュレーション〟を可能とする未観測技能でこれも読み切り、数多の武器の中から自らへの足枷を選択したうえで最上階へと臨んだ。結果、カルムの前に現れたのは魔物ですらなく、庇護欲を駆り立てる可愛らしい小動物のたぐいである。


「…………」


 まあ、確かに意図したものではあるのだが。


「これほど弱いと思われているのか、僕は……?」

 

 複雑な気持ちを抱えながら、戦うまでもなく勝利判定をもぎ取ったりもして。

 


 そんな風にギミックの攻略を続けること十冊あまり。


「……む?」


 とある書架の前で、カルムはぴたりと足を止めた。


 相変わらず神秘的な雰囲気の図書館内。これまでと同様に光り輝く本を探していたのだが、今回は少しばかり様相が異なるようだ。


 まず、書架が随分と端の方にある。収められている本はどれも古めかしく、なかなか仰々しい装丁そうていだ。


 中でも光っているのは、


「『ノンブル興国こうこく物語』の原典、か……?」


 触れる前に自らの記憶を辿っておく。


『ノンブル興国物語』は、複数人の作家によって書き継がれている大作シリーズだ。作家だけでなく登場人物も世代交代を繰り返しながら一つの国の栄華を描く。とはいえ人類の発展に秘宝は欠かせないため、やはり主な舞台はダンジョンだ。


「…………」


 現代語訳された最新版なら読んだことがあるものの、原典となると装丁が古く、文字も欠けていてまともに読める状態ではない。つまり、カルムですら正確には内容を知らないのだ。吸い込まれた先で何が起こるか予想も付かない。


 けれど今さら引き返せないし、そもそもそんな方法はない。


「ん……」


 ――光に、触れる。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/8(日)20時】更新予定です!

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