第6話 出会い頭の即死トラップ

「――――、な」


 刹那、頭上から巨大な刃が降ってきた。


 一撃で命を刈り取る即死トラップ。ガリガリガリッ、と派手に壁を引っ掻きながら、凶悪な刃は超高速で落ちてくる。分かったのはそれだけだ。何が起こってどうなって、今がどういう状況なのか。整理する余裕などどこにもない。


 ただひたすらに迫りくる死。


 そんなものをレンズ越しに捉えたカルムは、静かに目をつむってから口を開いた。


――【明滅スイッチ】」


 ――ぴた、っと。


 重力以上の加速度をって落下していたはずの刃が、カルムの頭上で音もなく止まる。


「ふぅ……」


 深く息を吐いてから、カルムはゆっくりと足を動かすことにした。不自然な位置で停止した刃の真下から抜け出して、念のためある程度の距離を取っておく。


 そうして一言、


「もう動いていいぞ――【明滅スイッチ】」


 カルムが指揮者の如く腕を振り下ろした瞬間、即死トラップもといギロチンは再び落下を開始した。凄まじい勢いで風を切り、やがてズドンッと腹に響く破砕音と共に地面を深くえぐり取る刃。砕けた瓦礫は、カルムの足元にまで転がった。


(……さて)


 改めて、状況を整理してみよう。


 カルムはミリュー王立図書館の書架にあった〝光る本〟に触れ、その直後、頭の上から降ってきたギロチンに襲われた。


 かわせたのは〝罠〟を制御する技能のおかげだ。――【知識】系統技能、第二次解放【明滅スイッチ】。ギミックの操作は《謎解き担当》役職の数少ない専門分野である。ダンジョンに罠はほとんどない、と聞いていたが……やはり、この場所が特殊なのだろうか?


「…………」


 辺りの様子は先ほどまでとは全く違う。


 四方を壁で囲まれた小部屋。一辺には扉があるが、大きな錠前が掛けられている。地面には出来たばかりの大穴。それを作ったギロチンの方はと言えば、動きを止めた瞬間に煙の如く消滅している。頭上は、暗くて何も見えない。


 だが、死の刃があれで打ち止めということはないだろう。


(例のギロチンは僕が現れた瞬間に降ってきた。それでいて、今はまるで起動する様子がない……ということは、がトリガーなのか)


 そんな風に結論付ける。……正確には、一定以上の音だ。今だって完全な無音ではないはずだが、転移の瞬間に関して言えば、カルムは確かに言葉を発していた。


 つまり――この部屋では、一定以上の音を立てると頭上から刃が降ってくる。


 そして、気になることがもう一つ。


(僕は……この場面シーンを、本で読んだことがある)


 ――『マルシュの遺構探索記』第三章。


 類まれなる嗅覚と直感を持ちながら軽率な性格でもある主人公マルシュは、勇み足で仲間とはぐれ、罠だらけの神殿に迷い込む。その中で辿り着いたのが〝刃の降り注ぐ部屋〟だ。辺りの様子も含め、カルムの現状とほぼ一致する。


 違うのはマルシュが【槌】系統に強大な適性を持ち、力業で脱出経路を作れたこと。


 ただ、それでも。


(同じことだ。……


【知識】系統技能・第四次解放――【鋭敏ハイセンス】。


 音を発せない状況故にカルムが無言で放ったそれは、自身の五感を極限まで跳ね上げる技能だ。一般的に、各系統技能の〝第四次解放到達レベル4〟はいわゆる必殺技クラス。チームの主戦力となり、ダンジョン攻略に大きく貢献できる到達レベルに他ならない。


 ……もちろん【知識】に魔物を倒す性能などありはしないが。


(見つけた)


 第四次技能によって底上げされたカルムの視界は、瞬く間にこの密室を解くための鍵を見付け出す――それは、壁に刻まれた豪快な引っ掻き傷だ。例のギロチンは、落下の際にガリガリと不協和音を奏でていた。要するに、のだ。部屋のサイズに見合っていない。どうしても〝余り〟が発生する。


(……つまり)


 不意に、足元に転がっていた瓦礫を手に取って。


 カルムはそれを、部屋唯一の扉に向かって放り投げた。コントロールこそイマイチだったものの、瓦礫はどうにか扉に当たってゴンっと鈍い音を立てる。


 それに反応して、天井から降ってきたのはギロチンだ。


 ガリガリガリッと激しい音を立てる刃は、先ほどと全く同じように……ではなく、それから再び地面を抉り取った。その隙に【明滅スイッチ】で刃の起動を止めたカルムは、悠々と扉へ向かって歩き出す。


 そして、当然ながら。


「……ギミック攻略、完了だな」


 錠前を失った扉は――何の抵抗もなく、容易に開いたのだった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/7(土)20時】更新予定です!

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