第2話 〝無能〟のカルム

 #2


(良い……実に良い。血沸ちわ肉躍にくおどる、とはまさにこのことだろうな)


 ――パタン、と閉じた本から微かな埃が舞った。


 心地良い疲労感と全身を包み込む充足感。一冊の冒険小説を読み終えたカルムは、仏頂面ぶっちょうづらのまま右手で眼鏡を押し上げる。


 仏頂面なのは、決して本がつまらなかったからではない。


 むしろ逆だ。『槍使いノエルの武勇録』第七巻――鮮やかな筆致でつづられた冒険譚に魅入られて、カルムは気付けば三時間以上、脇目も振らずページをめくり続けていた。仏頂面なのは久しく使っていない表情筋がろくに働いていないから、である。


(主人公ノエルが災厄級の魔物に襲われ、仲間と分断された際にはさすがに彼の冒険もここまでかと天運を呪ったものだが……そこで、いつかのダンジョンで救った弱気な少年が割り込んでくるとは。いやはや、見事な伏線回収だ)


 深々と感嘆の息を吐くカルム。


 ちなみに現在地は王都外れに位置する図書館の二階、窓際の特等席だ。


 秘宝〈創造する炎ディアライト〉の発見に端を発する特殊燃料の開発から、この世界の照明は飛躍的に進化した。触れるだけで点灯、消灯を完璧に制御でき、風防のガラスのおかげで燃え広がることもない。室内灯の明かりは本を読むのに充分だ。


 ……が、さすがに陽光には勝てないというのがカルムの持論だった。


「ふぅ……」


 長時間の読書で凝った筋肉をほぐすべく、息を吐きながら伸びをする――と、同時、図書館の窓から〝外〟の光景が目に入った。


(……ほう。今日もやっているのか、精が出るな)


 この図書館の裏手には、冒険者ギルドが運営する訓練施設の一つがある。


 王都の外れゆえに利用者はさほど多くないが、そんな場所を毎日のように使っている人物がいることをカルムは知っていた。実は名前も知っている。……ただ、一方的に見られるのは気分のいいものではないだろう。すぐに窓から視線を切る。


 その時だった。



「あれ、あいつ……〝無能ブランク〟のカルムじゃないか?」



 静謐せいひつな図書館だからこそ響いたその声は、階段の方から聞こえたものだった。


 声の主は二人。一人は腰に武骨な剣を、もう一人はローブの背に杖を差した冒険者である。ダンジョン攻略の帰りか、あるいは対策会だろう。何せ図書館ここには、冒険者ギルドが発行する情報誌のバックナンバーも大量に保管されている。


「カルムぅ? ……おいおい、マジかよ」


 二階の奥に座るカルムの姿をはっきりと捉えて、剣を携えた方の青年がわざとらしく肩を竦めてみせた。


「こんなめでたい日まで図書館に籠ってるなんて、さっすが《謎解き担当》クンは勉強熱心だよなぁ? ま、何に役立つのかは知らねぇけど」


「お、おいバカ、聞こえるだろ!」


「聞こえたから何なんだよ。言っただろ? あいつの役職は《剣士》でも《魔法使い》でもなく最弱無能の《謎解き担当》だ。喧嘩にだってなりゃしねぇよ」


「……確かに、そりゃそうか。【知識】系統にしか適性がないんだもんな」


 嘲りと、微かな憐れみすら含んだ言葉が口々に紡がれる。


 それは――言ってしまえば、過酷なダンジョンへ挑む者の間での〝常識〟だ。


 全てのダンジョンにはたった一つ、世界を書き換える秘宝が眠る。それ以外にも不思議な力を持つ旧世代の遺物は大量に転がっている。


 後者はモノによって、前者は確実に莫大な価値を有する……が、ダンジョンには凶悪な魔物がんでいて、彼らを打ち倒さなければ秘宝も遺物も得られない。つまり、冒険者の本分は何をいてもなのだ。


「…………」


 現代の冒険者は〝技能〟と呼ばれる特殊な戦闘技術を確立している。


【剣】や【槍】、あるいは【砲】といった全七種の武器系統。


【炎魔法】や【風魔法】、さらには【光魔法】などが属する全七種の魔法系統。


 冒険者の操る技能は全十五系統とされ、残る一種は〝補助系統〟こと【知識】である。



【知識】系統の技能は魔物の生態を看破する――が、冒険者たちの持つ情報は長年を掛けて積み上げられてきた叡智えいちの塊だ。自ら看破する必要はない。


【知識】系統の技能はダンジョンの構造を読み解く――が、冒険者には地図がある。


【知識】系統の技能はダンジョン内の罠やギミックを発見し、対処する――が、ダンジョンにおける主な敵は魔物であり、複雑なギミックは滅多にない。



 ――つまり、


「【知識】ってのはなんだよ」


 どか、っと椅子に座った剣士がそんな言葉で議論をまとめた。その襟元には所属チームを示す隊章シンボルが丁寧に縫い付けられている。


「俺たち冒険者が組むチームは最大五人って決まってる。その中の一人がメイン系統と別に【知識】を持ってるくらいならまだ分かるけど、【知識】専願オンリー――《謎解き担当》役職ってのには一体どういう価値があるんだ? 冒険者はチームの仲間に命を預けるんだ、自力で魔物を倒せない役立たずなんか必要ねぇだろ」


「いやいや、そんなこと言うなって」


「あン? あるのかよ、無能ブランクに価値が」


「価値とかじゃないけどさ。……それが《謎解き担当》の条件だろ? だからほら、よく言うじゃんか。どんな英雄でもみんな、生まれたときは無力な《謎解き担当》だったって!」


「確かに! 撤回するぜ、赤ん坊たちを敵に回すわけにはいかねぇもんな」


 冒険者の間で使われるスラングを交わして悦に入る二人。


 それを聞くとはなしに聞いていたカルムは、ひどく落ち込んで――


(やはり『槍使いノエルの武勇録』は素晴らしいシリーズだな。これは、称賛と応援の手紙を出さないことには気が済まない。うぅむ、しかし明日には超大作『楽天家シャンスは眠らない』の最新刊が……)


 ――は、いなかった。


 カルムの頭を占めていたのは本のことだけだ。この感動をぜひ作者に伝えたいが、しかして読みたい本もある。有体に言うなら忙しかった。


(……保留だ。ひとまず、この本の続きを――)



「はい、どーぞ。……相変わらず早いね? もう読み終わったんだ、そんな分厚いの」



 と――。


 微かに腰を浮かせたカルムの動きを遮る正確無比なタイミングで、机の上に一冊の本が置かれた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/3(火)20時】更新予定です!

毎日定時更新になりますので、楽しみにお待ちいただければ幸いです……!

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【知識】オンリーで謎解き無双 ~無能と呼ばれた謎解き役職、実は世界最強の勇者でした~ 久追遥希@MF文庫J『ライアー・ライアー @haruha

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