第2話 〝無能〟のカルム
#2
(良い……実に良い。
――パタン、と閉じた本から微かな埃が舞った。
心地良い疲労感と全身を包み込む充足感。一冊の冒険小説を読み終えたカルムは、
仏頂面なのは、決して本がつまらなかったからではない。
むしろ逆だ。『槍使いノエルの武勇録』第七巻――鮮やかな筆致で
(主人公ノエルが災厄級の魔物に襲われ、仲間と分断された際にはさすがに彼の冒険もここまでかと天運を呪ったものだが……そこで、いつかのダンジョンで救った弱気な少年が割り込んでくるとは。いやはや、見事な伏線回収だ)
深々と感嘆の息を吐くカルム。
ちなみに現在地は王都外れに位置する図書館の二階、窓際の特等席だ。
秘宝〈
……が、さすがに陽光には勝てないというのがカルムの持論だった。
「ふぅ……」
長時間の読書で凝った筋肉を
(……ほう。今日もやっているのか、精が出るな)
この図書館の裏手には、冒険者ギルドが運営する訓練施設の一つがある。
王都の外れゆえに利用者はさほど多くないが、そんな場所を毎日のように使っている人物がいることをカルムは知っていた。実は名前も知っている。……ただ、一方的に見られるのは気分のいいものではないだろう。すぐに窓から視線を切る。
その時だった。
「あれ、あいつ……〝
声の主は二人。一人は腰に武骨な剣を、もう一人はローブの背に杖を差した冒険者である。ダンジョン攻略の帰りか、あるいは対策会だろう。何せ
「カルムぅ? ……おいおい、マジかよ」
二階の奥に座るカルムの姿をはっきりと捉えて、剣を携えた方の青年がわざとらしく肩を竦めてみせた。
「こんなめでたい日まで図書館に籠ってるなんて、さっすが《謎解き担当》クンは勉強熱心だよなぁ? ま、何に役立つのかは知らねぇけど」
「お、おいバカ、聞こえるだろ!」
「聞こえたから何なんだよ。言っただろ? あいつの役職は《剣士》でも《魔法使い》でもなく最弱無能の《謎解き担当》だ。喧嘩にだってなりゃしねぇよ」
「……確かに、そりゃそうか。【知識】系統にしか適性がないんだもんな」
嘲りと、微かな憐れみすら含んだ言葉が口々に紡がれる。
それは――言ってしまえば、過酷なダンジョンへ挑む者の間での〝常識〟だ。
全てのダンジョンにはたった一つ、世界を書き換える秘宝が眠る。それ以外にも不思議な力を持つ旧世代の遺物は大量に転がっている。
後者はモノによって、前者は確実に莫大な価値を有する……が、ダンジョンには凶悪な魔物が
「…………」
現代の冒険者は〝技能〟と呼ばれる特殊な戦闘技術を確立している。
【剣】や【槍】、あるいは【砲】といった全七種の武器系統。
【炎魔法】や【風魔法】、さらには【光魔法】などが属する全七種の魔法系統。
冒険者の操る技能は全十五系統とされ、残る一種は〝補助系統〟こと【知識】である。
【知識】系統の技能は魔物の生態を看破する――が、冒険者たちの持つ情報は長年を掛けて積み上げられてきた
【知識】系統の技能はダンジョンの構造を読み解く――が、冒険者には地図がある。
【知識】系統の技能はダンジョン内の罠やギミックを発見し、対処する――が、ダンジョンにおける主な敵は魔物であり、複雑なギミックは滅多にない。
――つまり、
「【知識】ってのは雑魚系統なんだよ」
どか、っと椅子に座った剣士がそんな言葉で議論をまとめた。その襟元には所属チームを示す
「俺たち冒険者が組むチームは最大五人って決まってる。その中の一人がメイン系統と別に【知識】を持ってるくらいならまだ分かるけど、【知識】
「いやいや、そんなこと言うなって」
「あン? あるのかよ、
「価値とかじゃないけどさ。【知識】以外の十四系統で到達レベルが全て水準以下……それが《謎解き担当》の条件だろ? だからほら、よく言うじゃんか。どんな英雄でもみんな、生まれたときは無力な《謎解き担当》だったって!」
「確かに! 撤回するぜ、赤ん坊たちを敵に回すわけにはいかねぇもんな」
冒険者の間で使われるスラングを交わして悦に入る二人。
それを聞くとはなしに聞いていたカルムは、ひどく落ち込んで――
(やはり『槍使いノエルの武勇録』は素晴らしいシリーズだな。これは、称賛と応援の手紙を出さないことには気が済まない。うぅむ、しかし明日には超大作『楽天家シャンスは眠らない』の最新刊が……)
――は、いなかった。
カルムの頭を占めていたのは本のことだけだ。この感動をぜひ作者に伝えたいが、しかして読みたい本もある。有体に言うなら忙しかった。
(……保留だ。ひとまず、この本の続きを――)
「はい、どーぞ。……相変わらず早いね? もう読み終わったんだ、そんな分厚いの」
と――。
微かに腰を浮かせたカルムの動きを遮る正確無比なタイミングで、机の上に一冊の本が置かれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~
次話は【12/3(火)20時】更新予定です!
毎日定時更新になりますので、楽しみにお待ちいただければ幸いです……!
次の更新予定
【知識】オンリーで謎解き無双 ~無能と呼ばれた謎解き役職、実は世界最強の勇者でした~ 久追遥希@MF文庫J『ライアー・ライアー @haruha
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