【知識】オンリーで謎解き無双 ~無能と呼ばれた謎解き役職、実は世界最強の勇者でした~

久追遥希@MF文庫J『ライアー・ライアー

第1話 プロローグ/英雄の凱旋

 ♭♭


 ――この世界は、尋常ならざる力を持つ〝秘宝〟によって進化してきた。


 三百年前に発見された秘宝〈山穿ちの槌トンネルメイカー〉は一振りで連峰に風穴を空け、円滑な国交の土台となった。傘の形状を取る秘宝〈荒野を潤す雨降らしウォーターロッド〉が世界中の人口問題を一瞬で解決し、食事を娯楽へ昇華させたのも記憶に新しい。


 文字通り、

 

 これらの秘宝を含む不思議な力を持つアイテムこと〝遺物〟は大陸全土に点在する旧世代の遺構――〝ダンジョン〟に眠り、人間よりもずっと強大な魔物たちを倒さなければ手に入れることができない。


 そんな死地に赴く猛者のことを、人々は敬意を込めて〝冒険者〟と呼んだ。



 冒険者は数々の〝技能〟をってダンジョンに挑む。


【剣】を武器とする戦士であれば反撃を恐れず魔物の喉元に食らいつき、【盾】を駆使する守護者は最後まで仲間を守り抜き、そして【風魔法】や【闇魔法】に才覚を示す魔導士ならば遠距離から魔物を殲滅する。



 だがしかし、【知識】は。


 現存する技能の中でただ一つ【知識】の系統だけは、秘宝を求めるダンジョン攻略において何の役にも立たない、と思われていた。



 けれど、それは誰もが知らなかっただけだ――。


 ダンジョンの奥地には、が広がっていることを。



 ――そして。


『まだ……ここには、誰も辿り着けそうにないですね』


 そんな場所で、少女がただひたすらに〝勇者〟を待っていることを。 




 #1


 ドォンッ、という号砲と共に、大輪の花が明るい空を埋め尽くす。


 大陸の中央に位置する王国ミリューにおいて、花火とは祭りの代名詞だ。起源は百年以上も昔に見つかった秘宝〈夜空を飾る光影ナイトブロッサム〉であり、類似品の量産化が叶った現在ではあらゆる祝い事に採用されている。


 しかし今日は、何かしらの式典が予定されていた日ではない。


 それなのに花火が打ち上げられている理由は、一つしかなかった。


「うぉおおおおおおお! 快挙だ、快挙! 凄すぎる!」「何十週ぶりの秘宝獲得チームが帰ってきたぞ!」「さっすがアン隊! 国内ミリュー1位のチームは伊達じゃねぇや!」「オレは信じてたぞアンにゃぁあああ!」「よっ、生ける大英雄!!」


 新たな秘宝を手に入れた冒険者たちの凱旋がいせん――。


 その一報が入ってから、ミリュー王都はお祭り騒ぎだった。英雄をたたえるべく至るところで宴会が行われ、骨付き肉やアルコールがタダ同然で振る舞われる。


 が、それもそのはず――何しろ秘宝とは、紛れもなくだ。


 花火だけではない。異国との交流を可能にした槌も、夜間の犯罪を激減させた街灯や室内照明に使われている燃料も、雨水や海水を飲料水に変える浄水設備も。この世界を支える主要な発明の九割超は秘宝をもとにしているとされる。


 不思議な力を持つ旧世代の遺物の中で、各ダンジョンに一つしかない最上級の逸品だけを〝秘宝〟と呼ぶのだ。


 故に、大騒ぎになるのも無理はない。


 王城へ続く大通りでは英雄を迎える即席の花道が整えられ、言葉を理解していない子供ですら浮かれて外へ飛び出すくらいの熱量である。


 そんな王都の片隅、一日限定で全てのメニューを〝無料タダ〟とした食事どころのテラス席。


 王都を包む熱気にてられ――


「これは……失敗したな」


 ――る、ことなど全くなく、苦い顔で呟いたのは一人の青年だった。


 年の頃は十七歳。年齢よりも少しだけ大人びた顔付きと、痩せ型で上背うわぜいのある体格。


 名をカルム・リーヴルという。


 カルムの前には山盛りの骨付き肉の残骸、つまりは大量の骨と、それから一冊の本が置かれている。前者が外出の理由、後者が溜め息の理由だ。タダ飯に便乗しようと出てきたのは良いものの、うるさくて読書が一向に捗らない。


「……移動するか」


 閉じた本を手に取って、カルムは仕方なく立ち上がった。


「ごちそうさま」


「はい、お粗末様! お代はらないからね! 英雄に乾杯!」


 気前よく告げる女店主の声を背に、王都の喧騒けんそうへ繰り出す。


(……さて)


 眼前に広がるのは楽しげなお祭り騒ぎだが、そんなものはまるで関係なく、カルムは自らの眼鏡をかちゃりと押し上げた。タダで飲み食いができるというのは悪くないが、今日の王都はどうやら騒がしい。騒がしいのは、読書にとってマイナスだ。


 ……美味い食事よりも、秘宝の盛り上がりよりも、何よりも。


 カルムにとっては〝静かに本を読める環境〟の方が何百倍も重要だった。


(やはり、図書館しかないか……)


 行き先を定めて首を振る。


 ミリュー王立図書館はカルムの行きつけであり、蔵書数が優れているのはもちろん、王都の外れに位置しているのが最大の特徴だ。普段ならば思わず顔をしかめてしまうほどの距離だが、今日に限っては喧騒から離れられるほど価値が高い。


 そうして王城前の大通りを横切ろうとした、その時だった。


「む……?」


 先ほどとは質の違う盛り上がりに足を止める。


 レンズ越しのカルムの視界に映ったのは、凄まじいまでの大観衆だ――が、それもそのはず。何しろそこには、まずもってくだんの冒険者チーム一行が揃っている。ミリュー国内で随一の力量を持ち、知名度でも圧倒的な〝アン隊〟の四人。もみくちゃにされるべき英雄たちがこの場にいるのだから、熱気の震源は間違いなくここにある。


 そして、もう一人。


「――よくぞ、戻ってきてくださいました」


 太陽の光を受けてキラキラと輝く色素の薄い金色の髪。


 王家の紋章をかたどった髪飾り。


 パステルカラーの上品なドレスに身を包む、ミリュー王国の若き姫。


「リシェス様だ……!」


 リシェス・オルリエール王女殿下――。


 優れた容姿だけでなく冒険者たちの活動を多方面から支援する手腕、一挙手一投足から溢れ出る人徳と教養、上品で洗練された立ち振る舞い。国内外から絶大な人気を集めるミリュー王国のはなが、秘宝を持ち帰った英雄たちに声を掛ける。


「貴女がたのおかげで、我らがミリューは――この世界は、より一層の発展を遂げることでしょう。国民を代表して、最大限の敬意と感謝を捧げます」


 極上の金糸をふわりと揺らして、誰をもとりこにする笑顔で頭を下げる王女殿下。


「「「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」


 その笑顔に撃ち抜かれた男どもの雄叫びが方々ほうぼうから上がる。……いや、男に限った話でもないようだ。黄色い声を上げて崩れ落ちる乙女も四方八方にいる。それくらい、リシェス姫の仕草は魅力に溢れるものだった。


(王女まで出てくるとは、さすがに大事おおごとだな……まあ、僕には関係ないが)


 遠巻きにそんな光景を眺めながら、カルムが抱いたのはなかなかに冷めた感想だ。


 リシェス姫に見惚みとれていた時間があるか否かと問われれば、きっと一瞬たりともないだろう。何故ならカルムは、人混みの中を移動するので精一杯だったからだ。言葉通りの悪戦苦闘、カルムの貧弱な身体では即座に押し潰されてしまいかねない。


 ……と。



 そんなことを思った刹那――王女の持つ翡翠ひすいの瞳が、真っ直ぐにカルムを見た。



(む……?)


 気のせいかもしれない。勘違いかもしれない。


 だがしかし、少なくともカルムの認識において、ミリュー王国の姫は群衆の中でも確かにカルム個人を見つめていた。表情はにっこりと柔らかな笑顔。何か言葉が発せられたわけではなく、身振り手振りが足されたわけでもない。


「…………」


 その視線の意味を考えること、一割。


 残りの九割では右手に持った本の続きを夢想しながら。


 紛れもなく〝冒険者〟であるにも関わらずもう何年もダンジョンに挑んでいないカルムは、今日もひとりで図書館へ向かうのだった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~

次話は【12/2(月)20時】更新予定です。

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