第9.5話 愛を乞う花は眠りを望む

[side: セリス・ホオズキ]


 夢にしてははっきりとした、現実だとすれば都合のいい夢だった。


 夢の中の私は、弱り切っていて、普段なら口にできないような大胆な言葉を次々と殿下にぶつけていた。


「どうして……どうして愛してくれないの……!」


 声に怒りと悲しみを滲ませ、ワガママのように聞こえる言葉を繰り返していた。それでも殿下は決して嫌な顔をせず、ただ黙って受け止めてくれていた。


 どれだけ努力しても報われない。自由な時間のすべてを王妃教育に捧げても、ようやく追いつくだけ。私には、その程度が限界だったのだ。それが悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて――。


 それでも、夢の中の殿下は、そんな私を否定するどころか、優しい言葉で包み込んでくれた。


「絶対に幸せにするから……。」


 その言葉に、思い出している今でも涙が溢れた。嘘だったとしても嬉しかった。人を殺したこの手で、もう何も掴んではいけない、そう感じていたから。


 そんな私に未来を約束するなんて、どれだけ都合の良い夢だろうか。それだけで全てが許されたように感じられるのだから。


 それでも、夢だと分かっていても、胸の奥が少し温かくなるのを止められなかった。


 殿下の声や表情が、目を覚ました後も頭の中に残っている。現実であるはずがない。それでも、この夢はまるで神様からの最後のプレゼントのように思えた。


 初恋を忘れられない私。

 人を殺してしまった私。


 そんな私に差し伸べられた、たった一度の「しあわせ」だったのだろう。


 私は、ふと微笑んだ。思い出すだけでポカポカと心が温かくなる。


 ふと、手に冷たいネックレスが手に触れた。


 殿下に会いに向かう前に投げ渡されたネックレスそれが私の本当の価値を示しているようで――。


――神様、素敵なしあわせをありがとう






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