第7話 背負うべきもの
[side: カイル・フォン・エリシア]
怒りを発散するようにトイレやご飯以外は執務を取り行い続けた。セリスがなぜあんなに
セリスに斬られた騎士、レナードが懲罰室でセリスにつけられる予定だったメイドを勝手に不要と判断し、セリスに届ける手紙も送っていなかったことが分かった。レナードはグレオ卿の次に信頼している騎士だった。
グレオ卿は私の筆頭護衛騎士であり、相談事も多かったため、側から外すことはできなかった。それに比べ、レナードは他の人への報告などで側から外すことのできる私が最も信頼していた騎士と言えるかもしれない。
そんなレナードに裏切られていた。その事実は私を思っていた以上に追い詰めた。
ただ、運が良かった。レナードには私の計画を話しているものだと私が思い込んでいたため、懲罰室に手紙を届けに行った際に、彼がその内容を見るまで、何も気づかれていなかった。
私はレナードを信用していたため、彼のスケジュールが密になって密告する時間がなかったことだろう。常に裏切り者を警戒して騎士には常に二人以上の行動をさせるようにしていた。
そして、レナードの報告がクレマチス公爵に届く前に私が不正の証拠を集めることができた。
クレマチス公爵家は没落し、貴族から消えた。全員が処刑され、その影響で増えた執務も、たった一日で片付いてしまった。
(私はどうすればいいのだろうか?)
私がセリスの心に消えないほどの傷をつけてしまった。セリスが傷つくことがないようにクレマチス公爵に謀殺されないようにするためのクレマチス嬢との婚約と偽装婚約破棄だった。
それなのに、一番彼女を深く傷つけたのが自分であると言うのが耐えられないほどに腹立たしい。
少し考えれば分かることだった。突然、「私はセリスのことが本当に愛おしい。それだけは今後も変わらないよ。」といってからだんだんと距離を置くようにしていた。できるだけ笑わないように、優しく接してしまわないように。
そして、婚約を破棄した。
セリスを傷つけるかもと思っていてもたった一言、「想いは今後も変わらない」と言って、セリスのことを気遣った気になって満足していた。
そんなこと言った程度で不安が消えるはずもないのに。
全てをレナードのせいに出来たら、どれほど楽になっただろう。実際にレナードに状況を利用されたせいでここまで悪化した。
だとしても、利用されるのような状況を作ってしまったのは自分だった。
レナードはセリスに斬られ、命を落とした。今となっては、もうどうすればいいのか分からない。手詰まりだ。
「セリスは今どうしている?」
「懲罰室に戻られてから、ホオズキ様はメイドのサマンサに気付かないほど憔悴しており、扉が閉まると同時に崩れ落ちたようです。その後、––––––––––––––––––昨日の夜も悪夢にうなされ、今日まで食事はスープしかとれていません。」
グレオ卿が私が執務室にこもって執務をし続けていた二日間のセリスの状況を報告してくれた。
報告の最中に何度も懲罰室の方に向かおうとして「最後まで聞くのがカイル殿下の負うべき責任です」と押し留められた。
我慢できなかった。どれだけセリスが傷ついているのを聞いて支えてあげたくても、聞いている最中に行くのはセリスが今陥っている現状から目を背けているだけと分かっていても––––––我慢できない。
今、俺がグレオ卿の報告を聞いている間も苦しんでいるセリスを思うと胸が張り裂けそうなほど痛んだ。
なぜ、なぜで自分はもっと早くセリスの元に向かわなかったのか?聞かなかったのか?執務なんて放り出してセリスの元に向かうべきだったのに。
分かっている。傷つけてしまった
本当に、本当に自分はバカだ。セリスに演技でも嫌われるのが怖くて、話すことを避けていた自分が、今度はセリスを傷つけた事実と向き合うのを怖がっている。
情けなくてどうしようもない俺だけれど、ただ今はセリスのそばにいて少しでも励ましてあげたい。できるだけ早く、この時ばかりは廊下を走ってはいけないというマナーを無視してでも。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
懲罰室には、リラックス効果があるとされるラベンダーの香りが濃く漂っていた。心を落ち着かせるために焚いているのだろうが、その強さは尋常ではない。サマンサがセリスのために、少しでも安らぎを与えようと過剰に焚いているのだろう。
香りがこれほど強いということは、セリスの苦しみがそれだけ深刻だという証なのかもしれない。そのことに気づき、胸が締めつけられるような思いだった。
セリスはベッドで寝ている最中だった。少し近づいてセリスの寝顔を見つめながら、カイルは少し胸が痛んだ。彼女の先日より痩せた体から苦しみが目に見えてわかる。だが、今は何もできない。だが、今は何もできない。ただ、彼女がこの瞬間だけでも穏やかに眠れるようにと、心の中で祈るしかなかった。
淑女の寝顔を見続けるのは良くないと部屋から出ようとした時、小さなセリスのつぶやきが耳に入る。『ごめんなさい』、それは繰り返し口から漏れる言葉だ。謝っているのは何に対してなのか、カイルにはすぐには分からない。
ただ、徐々に大きくなり、繰り返される謝罪の言葉に、胸の奥が締めつけられる。何に対して謝っているのかは分からない。だが、その声に込められた痛みは明らかで、放っておけるはずがなかった。
彼女の手を取り、「大丈夫だよ、許してくれるよ」と優しく繰り返した。寝ている令嬢の手を勝手に取るのは問題ではあるけれど、それを言ったら寝ている令嬢の部屋に入ってきている時点で今更だった。
少しでも悪夢が早く、終わるように、祈るように優しく声をかけ続けた。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。オネガイ、ユルシテ」
セリスが唐突に跳ね起きると、そのまま俺の胸に飛び込んできた。抱きついた相手が誰かも確認しないまま、彼女は震えるように息をつきながら眠りに落ちていく。こんな姿を見せられて、振り払うなどできるはずもない。
そっと優しく、セリスが悪夢にうなされないように背中を撫で続けた。だんだんと睡魔が襲ってきてついには彼女の手を取ったまま寝てしまった。
その日、始めてセリスと一緒に寝た。抱きついてきたセリスは見た目よりも痩せていて今にも消えてしまいそうなほど頼りなく思える。
この痩せた体が、今にも消えてしまいそうで、胸が締めつけられるようだった。好かれなくてもいい。ただ、もう二度と彼女にこれ以上の傷を負わせたくない。彼女が再び笑顔を取り戻せるのなら、俺はこの身の全てを捧げる覚悟だ。
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