夜七時に私は『みぞれ鍋』を作った
隅田 天美
夜七時に私は『みぞれ鍋』を作った
以前から、精神がおかしかった。
自覚していたし、周りからも言われた。
しかし、ついに心が決壊しそうになった。
普段は抑えの効く『理性』とか『過去と今は違う』というダムに亀裂が走り、「私をいじめていた奴を全員精神崩壊させる」「障害は癖だ! 癖は直せる! 直さないのはただの怠惰!」という言葉が漏れ出した。
後は分からない。
言われた相手は泣き出し、周りは
「隅田さん、今日は帰りなさい」
年末進行で残業があるのに、上司の言葉に私も「はい」とだけ言ってタイムカードを切った。
--寝ればどうにかなる
普段はそれでダムの補修は出来た。
が、起きたのは午前三時である。
確かに休日はなぜか早起きだが、三時は異常だ。
とりあえず、厚着をして町内を散策。
裏手にある自販機で缶コーヒーを飲み、自分の異常事態に気が付く。
自分の中の怒りが抑えきれない。
眠剤を飲んでも三時起きは異常だし、寝気のないのも異常。
帰宅して手洗いうがいをしてブルゾンを脱いでやったことは、昨日買った挽肉にみじん切りにしたネギや擦った生姜、卵、片栗粉で肉団子の元を作り冷蔵庫に入れた。
そこから記憶が途切れる。
気が付くと私は両親のいる隠宅で号泣していた。
母が傍にいて私の頭に手を置いていた。
「本当にお前は一人で頑張ってきた」
また、涙が出た。
不思議な話だが、幽体離脱したみたいに第三者的に見ている自分に気が付く。
--これって高野聖に出てくるアレな親父(少年)の手術シーンみたいだなぁ
と茫然と思っていた。
車で帰宅してまた、泣いた。
だが、不安とは違う。
「ここは安心していい場所なんだ」という思いが強かった。
さて、泣くだけ泣けば腹が減る。
胃の中にはコーヒーしか入れていない。
冷蔵庫から白菜と大根、しめじなどを出す。
まず、顆粒の鶏だしと大根をすり下ろした大根汁(しる?)、水を入れて酒、みりん、塩で味付け。
肉だねを出してスプーンで成形、沸騰した鍋に入れる。
その間に野菜などを切り、肉団子を取り出して出汁の中に入れる。
火が通れば肉団子と大根おろしを入れて完成。
格安バラ肉(=脂肪分多め)を使ったせいか、やや脂っぽい。
それを上手にカバーするが大量投下された大根おろしだ。
以前作ったハンチョーの長ネギと生姜のつみれ鍋が「風邪を引く前提」として作られているのなら、この鍋は「風邪を引く前に食べて栄養をつける」鍋だろう。
実際、原作『衛宮さんちの今日のごはん』にて主人公たちが佐々木小次郎(フェイトシリーズに詳しい後輩君曰く「彼、佐々木小次郎の姿をした名無しの強い人ですよ」とのこと)の制約で山の山頂にある寺の門前で鍋を囲むという、不思議なお話であった……
「泣くだけ泣いて、思いのたけをぶちまけて、一杯飯食って、温かい風呂に入って寝ろ。お前は、丈夫な子なんだ」
あの先生なら、そんなことを言うような気がした。
夜七時に私は『みぞれ鍋』を作った 隅田 天美 @sumida-amami
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