第3話 不穏な影と新たな危機

「やっときたな。フェーン」

 カタコトの言葉で話しかけて来たのは、東の島国カーガプルトンの使者のオークの隊長のラドーだ。戦闘では機動性を重視しているのか、白銀の軽装の鎧をつけていて、腰にショートサーベル、背中に片手斧を装備している。彼の横にいるのは、通訳のホビットのジェーンジャックズ。ホビットは俺たち人間よりも半分くらいの身長で童顔が多い。なので彼女は成人女性なのだが、俺には子供用のボーガンを装備した10歳のボーイッシュな少女にしか見えない。彼らの周りには、エルフ、ドワーフ、ノーム、コボルト、ケットシー、オーガ、サムライ、ニンジャ、妖精と多種多様の種族の使者が混在している。規模的に一個小隊くらいだが、前に取引した時よりも人数が多い気がする。全員同じ王家の腕章をつけていて、ただの使者では無いことを示している。

「話は聞いた。酷いやられようだ」

「い、いえ!こちらの事情で貴方がたの王様に献上するモーモンを失ってしまってしまいました。言い訳する余地はありません。大変申し訳ありません!」

 ラドーは俺に同情する表情をするが、俺はすかさず必死に謝罪して頭を下げる。

「頭を上げてくれませんか。我々は三日前に貴族の襲撃を受けた事を承知しています」

 ジェーンの言葉で俺は頭をゆっくりと上げる。彼女の表情はにっこりと笑っているが、目は真剣だ。

「え?お、おいこれって⋯⋯」

 俺の横にいるダンケルクは、このやりとりをみて動揺して目が泳いでいる。

 ラドーは、向こうの言語で話しかけて俺の肩に手をポンポンと軽く叩いた。

「ラドー隊長は、『今回の件は、君に何の比もないから謝る必要はない。我らの王は  激怒していたが、フェーンの事を大変気に入っている。貴族の子供のイタズラの件はそちらの王様に抗議するだけに留めておくから』と言っています」

 ジェーンは、ラドー隊長の発言を分かりやすく翻訳する。

「また、今回の損害の件でライアン王の側近と話しましたが返金対応は必要ありません。その代わり、購入出来る低ランクのモーモン三頭と貴方がまとめた魔物の研究書の写しで手を打ちたいのですがいかがですか?」

「は、はい。喜んで準備させて頂きます!」

 俺は笑みを浮かべて返事をする。

「お、おい。それで良いのか? フェーン。お前にとっては⋯⋯」

「シー⋯⋯」

 ダンケルク。お前の言いたいことはわかっている。低ランクのモーモン三頭と魔物の研究書の写しは俺にとってかなりの痛手だ。特に魔物の研究書は、使い方次第で外交に優位になるかもしれない代物。だが、異国の王様との関係の亀裂の元になるくらいなら安い賠償なんだ。

「ただ、ライアン王には扱いを慎重になさってくれとお伝えしてくれませんか? 使い方次第で自国を滅ぼしかねないので」

「我がオー、魔物。熟知してる。アンシン、シュロー」

 ラドーの発言を聞いて、通訳のジェーンがプッと吹き出す。ラドーは恐らく「我が王様は魔物に対して熟知しているから安心しろ」と言いたいのだろう。ジェーンが笑う度に赤毛のショートヘアが小刻みに震えていて、可愛い。

 俺は必死に笑いを堪えながら、ラドーが持ってきた書類にサインし、準備をする。

「土地と金をよこせ!」

 突然、叫び声と共に火の矢と魔法による光線が俺たちの方へ飛んでくる。

 俺は咄嗟に、腰に差している剣を取り出し対処しようとした。しかし、俺よりも先に使者のノームとエルフがそれぞれ違う防御魔法を唱え伏せぐ。

 ラドーは突然の襲撃に対して取り乱すことなく冷静に対処していた。ラドーは攻撃があったところへ素早く振り向き叫ぶ。ラドーの指示により、他の使者が戦闘態勢に出た。

 目の前にいる敵は、オークの群と人間の盗賊襲撃で、一個小隊規模だ。

 サムライが背負っている弓矢を取り出して敵の火矢を撃ち落とし、ニンジャがクナイを投げて弓矢兵のオークを撃退。剣で向かってくる敵をサムライが切り捨てる。オーガとドワーフは、モーモン二匹に乗って突っ込んで来たオーク2人をそれぞれ正面で受け止めてぶん投げる。ぶん投げられて落ちてきたオークはモーモンの下敷きになる。

 ノームは木と水の精霊を呼び出して人間の攻撃を受け流して拘束。コボルトとケットシーは残りの雑兵を剣で峰打ちし始める。

「この野郎おおお! 同じオークでありながら!」

 盗賊のリーダーらしき男のオークが、叫びながらラドーへ向けて突っ込む。しかし、ラドーの元へたどり着く前にジェーンが横からボーガンを発射した。ボーガンの矢はオークのリーダーの右肩に当たった。その拍子に持っていた斧はオークのリーダーから放り投げられ、逃げている味方の人間の背中の鎧に突き刺さる刺された男はよろめき倒れていく。

 この一瞬で起きた彼らの連携の取れた攻撃に、俺とダンケルクは思わず見惚れていた。

「なんて奴らなんだ⋯⋯。三分も経たずに盗賊連中を全滅したなんて」

ダンケルクは、持っていたハンマーを地面に落として唖然としていた。

「このメスガキぃ!」

 右肩を撃たれたオークのリーダーはよろけるも、左手で落ちていた味方の剣をつかむ。オークのリーダーがジェーンに斬りかかるが、ジェーンは高くジャンプし、避けられる。二メートルあるオークのリーダーの顔面に、ジェーンは膝蹴りを食らわして倒した。

「うがぁ⋯⋯」

 まともに食らった盗賊のリーダーは顔面を押さえて倒れ込んだ。

「は! オークにしては弱すぎる。ラドーが鍛えたオークの戦士の足元にも及ばないね」

 いやぁ、ホビットって二メートル以上もジャンプ出来るんだ。俺は知らなかったよ。

「これ、どういう事?」

 戦闘を終えたラドーは、俺の方へ向かって話しかける。

「いや、全然知らないです! 例の貴族の息子の差し金ですよ!」

 俺は疑われていると察し、必死に弁明する。

「ラドー隊長! マユリが黒幕捕まえたみたい」

 ジェーンが指を指す方向へ目線を向けると、なんとニンジャのマユリが犯人らしき人物の足をを荒縄で引きずってこちらへ向かっているのが見える。

「離せ! 引きずるな! 貴族の息子になんて無礼な事をするのか! 全員打ち首にしてやる!」

 よく見ると、腕に包帯をしたジョンショーン二世だ。奴は荒縄で両腕と両足を縛られて身動きが取れない状態で、芋虫の様にクネクネと動いて抵抗している。

「アレガ、フェーンノノウジョーコワシタハンニン?」

「そうです、間違いありません。ジョンショーン二世です」

「そうか。疑って悪かった。ゴメン」

 ラドーの質問に答えると、ラドーは俺の方をみて頭をさげて謝る。これで襲撃の犯人の疑いが晴れて、俺はホッっと胸を撫でおろす。

ラドーは、ジョンショーン二世と盗賊のリーダーのオークをここへ連れて行く様に隊員に命令した。隊員は彼らを引きずって俺たちの方へ集めた後、残りの盗賊らを縄で拘束して一箇所へ集め始める。

「おい!今回の裁判で負けたが、今度は王立裁判にかけて裁判官毎訴えてやるからな!」

 ジョンショーン二世は涙目になりながら俺を睨みつける。やっぱり、こいつ全然反省してねぇじゃん。

「ダマレ」

 ラドーはジョンショーン二世の顔面をビンタする。

「き、貴族の顔にビンタしただと!オークの癖に!フェーン!貴様もオークのゴミを雇って僕を虐めたな」

「今、俺たちの事をゴミだと言いやがったな!クソガキ!」

 ジョンショーン二世が俺に罵声とラドーに対する差別発言をすると、盗賊のオークのリーダーがジョンショーン二世に激昂する。

「おい!話が違うぞ。貴族のガキ!この農場にオークと他の用心棒いるなんて聞いてねぇ!」

「へん!ゴミが貴族に利用されるだけでも有難いと思え。オーク風情が」

「なんだと!じゃあ、農場と金貨をやる話はウソだってのか?」

「オーク如きにそんな約束した覚えはない」

 貴族のクソガキがオークの盗賊リーダーを煽りちらかす。その徹底的に見下した顔をみると、俺がこのオークの代わりにぶん殴りたくなってきた。だが、まだ十歳の子供かつ、腐っても貴族の子供だから面倒な事になる。

彼らのやり取りをラドーがジェーンに翻訳させていたが、ラドーはオークの盗賊だけでなく自分たちオークに対する貴族の子供の差別発言に静かに怒って聞いている。

「なんだと!俺たちオークを利用するだけ利用して使えなくなったら利用するだけってか?残念だったな、土地を持たねぇデュークが俺よりも優秀なオークを雇って返り討ちに合うなんてな!」

オマエラ、ダマレ」

 ラドーが合図すると、オークの盗賊リーダーとジョンショーン二世はノームの魔法で眠らされた。ラドーはジェーンに何かを伝える。

「ラドー隊長の判断で彼らを連行してあなた方の王に警告をしに行きます。それが終わるまで、荷物を預かって欲しいです」

 ジェーンは、巨大な荷台の一つを置いて王の元へ行く準備をする。どうやら、本来こちらの王へ送る献上品の荷物を置いて、この事件を告訴しに行くんだろう。それが終わったら、俺の農園で宴をして一泊して帰るそうだ。

 貴族の子供と盗賊が連行されるのを見送りながら、俺は改めて異国の使者たちの実力を実感した。

「なぁ、これ不味いな」

「ダンケルク。⋯⋯最悪、農場手放して逃げた方が良いかもな」

「俺たち国民ならともかく、お前さんは異国の王に気に入られているはずだ。そこまでは⋯⋯」

 俺の言葉を聞いたダンケルクは冷や汗を流す。

「俺はライアン王に一度も会ったことはない。そんな相手が俺の事を気に入るか?」

「え⋯⋯そうなのか?」

 ダンケルクは、目と口をあんぐりと開けて驚く。

「気に入っているのは、ドラゴン使いとしての実力、そして魔物に詳しい所じゃないかな」

 魔王が君臨する前から、勇者試験の制度と特権があった。勇者試験に合格した者の他に上位十名の勇者候補生は、政治に参加できないのを除けば「王族に近い権限」が与えられる。 本来は魔王討伐の為の制度だが、今は平民が成り上がる為の制度へと成り果てた。

 魔王のいない今は、それを良く思わない連中から「土地を持たない公爵」と揶揄される。

 貴族の階級は上から公爵、侯爵、伯爵、男爵となるので、貴族からするといきなり自分たちの地位を脅かす存在だ。

「あと、俺たちは王族や貴族しか入れない施設に自由に出入りが出来る。恐らくライアン王は俺を通じて国の情勢を知りたいのかもな」

「自分たちの国が有利に進める為か」

「それもあるけど、本当にフェーンの事を気に入っているよ。本当は一目逢いたがっているけど、城から離れられないんだよ」

 突然入ってきた女性の声に、俺とダンケルクは思わず腰を抜かす。よく見るとラドーと共に王の城へ行ったはずのジェーンがその場にいた。

「な、なんでここに?」

「いやぁ、ラドー隊長に二人の手伝いをしにいけってさ。ほら、さっきの戦闘で更に農場壊れちゃったしさ」

 ジェーンは笑いながら、農場に転がっている盗賊の武器や荷物を拾い上げて片付ける。ラドーの翻訳をしている時とはだいぶ印象がガラリと変わっていて呆気にとられる。

「通訳の仕事どうするんだ?」

「んー、私の他に通訳出来る人がいるから大丈夫だよ。それよりも、ラドーも貴方の人柄を気に入ってるの。手伝わせて」

 ダンケルクが恐る恐る聞くと、ジェーンは笑みを浮かべて答える。

「そうかそうか!それなら安心だな、フェーン。お前さんは良い人に恵まれてるな」

 ダンケルクは俺の肩を叩いて豪快に笑う。その笑顔は本心なのだろう。

「分かったよ。いずれにしてもこの農場の片付けをしないといけないから助かる。ありがとう」

「ふふ、後で隊長たちが帰ったら宴をしよう」

 俺とジェーンは農場の片付けを、ダンケルクは柵の修理をすることになった。リデルには、また盗賊が来ないか警戒する為の空の見張りのパトロールをお願いする。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放されたフェアリードラゴン使いの農家が勇者として拾われる件 @gi-ru777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画