11. 海燐火薬

 ザッカリーと手を組む。突然の提案に、ジーンはしかめ面で応えた。


「馬鹿言うんじゃねえ、お前なんか信用が────」


 しかし、ジーンが言い切る前に間を割ってコディが首を出す。


「いえ、話を聞かせてください」

「聞いちゃうの?」


 ジーンは眉をひそめたが、渋々腰を下ろした。自分がどう思おうと、この件について主導権を握っているのはコディだ。彼の判断に従うしかない。


 再び座り直した二人を見て、ザッカリーは彼らのカップに紅茶を継ぎ足した。


「理解が早くて助かるな、准将殿」

「コディです。こっちはジーンさん」

「名前なんか教えないの!」


 悪用されるぞ、と窘めるジーンに対し、コディは改めて自分の意図を話す。


「『探鉱者プロスペクター』の捕縛と海燐火薬の流通阻止は、僕の使命でもあります。目的が同じならば協力の余地はあるでしょう」


 交渉に対して好意的な反応が返ってきたことで、ザッカリーも僅かに態度を柔らかくし、微笑を浮かべた。


「どうやら……セリファス軍部も、やつを邪魔に思ってるという噂は本当らしいな」


 そう言うと、ザッカリーは手振りだけで部下たちを部屋から出した。残ったのは二人ほどだ。特に信頼している部下らしい。

 それから、彼は改めて口を開いた。


「実際にどうするかは、互いに出せるものを確かめてから決めてもらって構わない。たとえ破算になったとしても危害を加えることはしないと約束する」

「……分かりました」

「どうだかね。口先だけならどうとでも言える」


 素直に頷くコディの隣で、ジーンは口を尖らせた。

 二分した反応に、ザッカリーは深く息をついて苦言を呈する。


「そちらの白ゴリラはどうも疑り深いな」

「でも、すごく優しいゴリラなんですよ」

「ゴリラじゃねえわ。お前らの顔面でドラミングしてやろうか」


 それからジーンはザッカリーを指差した。


「……第一、軍人は嫌いだって言ってた」

「……個人の好悪で機会を損失するつもりはない」


 ザッカリーはそう答えると、ソファにもたれかかり、顔を背けて話し始めた。


「予想はしていたが、やはりこの島では少々動きにくい。モーガン・マイルズがいる以上、協力者なく目的を遂げるのは不可能だと感じていた」


 ジーンはそれもそうだと思った。

 ビクター島にいる人間は二種類だ。軍に守られる定住者か、睨まれる余所者か。


 それは牧場の家畜と観光客の違いのようなものだ。

 主人の財産に近づく以上、観光客はそれなりのマナーを要求される。そこから逸脱すればするほど、その人物は牧場主にとっての脅威と判断される訳だ。


「俺の感覚では、彼女はこの島のゲームマスターだ。秩序を乱せば盤外に追い出される。だが、軍に所属する人間であればある程度は縛りを避けられるだろう」


 ザッカリーはそう言うと静かに紅茶を呑んだ。

 コディは彼の意図を確認するように聞き返す。


「つまり、僕たちを自由に動ける駒として使いたい……という訳ですね」

「ああ。代わりに、こちらは持ちうるすべての情報を提供するし、状況次第で物資や人員も出そう」


 それから、とザッカリーは思い出したように付け足した。


「正直なところ俺は『探鉱者』の身柄自体には然程興味がない。排除さえ済めば、やつの行き先が地獄だろうが監獄だろうがどうでもいい。見つけたら好きにしろ」


 ジーンは内心で一息をついた。『生きたまま海に沈めるので身柄は寄越せ』とでも言われたら、流石に力づくで協力をやめさせるところだった。

 二人が静かにしていると、ザッカリーは首をもたげて尋ねた。


「何か質問は?」


 すかさずジーンが手を挙げる。ザッカリーは無言で促した。


「そっちにメリットがあると思えない。『探鉱者』を潰したい理由を言え」

「俺が気に入らないからだ」

「やっぱ好き嫌いなんじゃねーか!」


 非難に耳を傾けず、ザッカリーは改めてコディに判断を問う。


「それで……どうする?」


 コディは唾を呑み、それからジーンの顔を窺った。


「僕は……この取引は受けたほうがいいと思います」

「コディ!」


 ジーンは思わず声を張る。


「こんなの詐欺師の手口だぞ! お前を利用するつもりでしかない! 持ってる情報だって役に立つか……」


 ただでさえ、一度してやられた相手だ。無防備に信用して、いざとなって後ろから撃たれるのは勘弁願いたい。

 すると、ザッカリーは痺れを切らしたように遮って答えた。


「利用しているというのは否定しないが、商人として、正当な対価を払わないと思われるのは心外だ。債務不履行ほど信用を無くす行為はない」


 それから彼は再び小机の引き出しを漁り、紙の束やたくさんの標本を取り出し始めた。


「では、デモンストレーションだ」


 ザッカリーはいくつかの鉱物標本をジーンたちの前に置いた。

 その中には、先ほどの海燐火薬の欠片もある。


「そもそも、お前たちは海燐火薬が何なのか、どうやってできているのか知っているのか?」

「……いえ、事前の調査は危険性や効果が中心で、成分や製造法までは……」


 過去、既知の火薬や爆薬と比較した実験が行われたが、同定には至らなかった。

 そうコディが答えると、ザッカリーは頷いた。


「そうだろう。セリファスの科学省ですら、その正体を見破れていないはずだ。だが、俺はこれがただの『化石』だと知っている」


 その言葉に、ジーンとコディは顔を見合わせた。


「化石?」

「博物館に行くと大概飾ってある骨だ。見たことないのか?」


 そう言われると無性に腹が立つが、図鑑を読んだから知っているのであって、実際に見たことはないのも事実だ。そっと隣を見るが、コディも小さく首を振った。


 ザッカリーは僅かに黙り込んだが、すぐに気を取り直して話を続ける。


「海燐火薬は極めて限定的な環境下で古生物の遺骸が変性した……いわゆる化石だ」


 そう言いながら、ザッカリーは小瓶を何個かジーンに渡す。中身はサメの歯や、巻き貝の化石だという。

 コディと二人で覗き込んでいると、さらに新しい瓶を見せられた。


 こちらは海燐火薬そのもののようだ。浅瀬をそのまま固めたような石は、瓶の中で水に沈められて一層と色合いを柔らかくしていた。飴細工と言われたら信じてしまいそうだ。


「これが同じ化石なんですか」


 コディの問いに頷くと、ザッカリーは手書きの資料を指差しながら喋り始めた。


「化石にも色々あるんだ。一見すると海燐火薬は良質な貴石……オパールなどに見えるだろう。実際には古生物由来の不純物が多量に含まれていて色がついているのであって鉱物としてもかなり脆い。まあ、その不純物こそが特定の条件で爆轟を起こすから火薬としての利用価値がある訳だが……」

「……?」


 気が付くとコディの顔がしわくちゃになっていた。

 ザッカリーの解説は妙に堅苦しく、コディはまったく付いていけていないようだ。

 ジーンは資料を借り、ぱらぱらとめくって目を通す。


「あー……、天然モノのダイナマイトって言いたいんだな」

「……色々省くと、そうなる」


 ザッカリーは少し調子を落として呟いた。


「これは個人の研究で……政府も把握してない、と思うが」

「確かに……未知の情報ではあります」


 しかし、とジーンは首を傾げた。

 答えは単純だったのに、政府がそれに気がつけなかったのはどうしてだろうか。そう問うと、ザッカリーはすぐに答えた。


「俺も一人で辿り着いた訳ではないし、そもそも『探鉱者』が一枚上手だった」


 これまで『探鉱者』は、その異名以外、自らに繋がる証拠を決して残さなかった。商品である海燐火薬ですら、出処不明の新兵器だった訳である。


「やつは海燐火薬を原石のまま売ったことがない。外殻を落として変性した部分だけを流通させていたんだ。産地を辿られることを警戒したんだろう」


 美しい結晶を見ただけでは、化学を専門にしている者が自分の知識から辿り着くには、化石というゴールは些か遠い。


 加えて、危険性が分かり、規制に動き出した以上、海燐火薬が一体何からできていて、第三者に製造法を再現できるかどうか調べるのは後回しでよい。

 だから政府は海燐火薬の正体の特定に本腰を入れなかった。


 しかし、化学的に合成していると考えて工場を探すのと、産地を見つけて採掘場を探すのとではアプローチが変わる。


 与える情報を絞りつつ、選択肢は増やすことで『探鉱者』は地道に捜査を遅延させている訳だ。


 ザッカリーはもともと鉱物収集の趣味があり、それらに詳しい人物への伝手もあったからこそ、突き止めることができたのだ。


「俺も原石を実際に見て、ようやく仮定が合っていたことに安心した」


 ふと、ジーンはその言葉に引っかかりを覚え、制止した。


「待て、その原石をどうやって手に入れたんだ」


 ザッカリーは躊躇いながら答える。


「それが……その、お前らが取り返しに来た宝物、だったんだが」

「そういうことかよ……ッ!」


 どうやら、部下に町で海燐火薬の手がかりを探すよう命じたのはいいが、まさか子どもが拾ったものを奪ってくるとは思わなかったようだ。

 それを悪いと思っているらしいのが、妙に律儀で掴みどころのない男だ。


「俺の意見としては、持ち主がいるなら事情を聴いた方がいい。重要な手がかりだ」


 ザッカリーの提言に、ジーンも改めて子どもたちに話を聞く必要があると考えた。

 コディは再びジーンを見上げて言った。


「ジーンさん。この人の言うことが本当か、今は確かめようがないですけど、一応筋は通ってます。手を組んでも、致命的なミスではないかと」

「クソ……それはそうなんだが」


 まだ何か裏があるような感覚は拭えないが、反論する材料もない。これ以上は平行線の議論にしかならないだろう。

 ジーンは両手で自分の頬を叩くと、ザッカリーに詰め寄った。


「いいか、これで何か不義理を働いてみろ、その眼帯千切って煮込んで食うからな!」

「それは脅しなのか?」


 ザッカリーは自分の眼帯を触りながら首を傾げる。

 コディはそんな二人に向かって力強く語りかけた。


「とにかく────僕はあなたを信じます。一時的ではありますが共闘と行きましょう」

決まりだなイッツアディール。一応、内容を書面にする。改めて読んでみて、不満がなければ署名しろ」


 二人は握手を交わす。

 こうして、軍人、亡霊退治人、武器商人という、奇妙な三人組が出来上がった。

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