08. マキ・コーズウェイ

 経過報告の日の午後、ジーンはコディと共に広場近くの人通りがない路地にいた。

 コディの目的を詳しく話してもらうためだ。


 木箱の散乱する路地で、小声で会話する。


 一通りの状況を聞いたあと、ジーンはいくつかの人形を大きめの木箱の上に取り出した。近所の子どもに貸してもらったミニチュアセットだ。


「それじゃあ整理するぞ」


 ジーンはミニチュアの山から小物の林檎を目立つように置く。


海燐火薬かいりんかやくっていうのが、危ないんだな?」

「はい。存在するだけで周囲を汚染する危険な兵器です」


 海燐火薬をセリファス政府が認知したのは八年前のことである。


 その時点では、少量で莫大な効果を得られる新型の火薬で、結晶として流通していることだけが知られていた。

 しかし、継続調査の結果、海燐火薬の結晶は毒性を持ち、非常に脆いために簡単に周囲へ撒き散らされることが分かった。


 貝殻の横に鼠の人形が置かれ、ジーンはさらにその背後に猫の人形を置く。


「その、海燐火薬のディーラー『探鉱者プロスペクター』を捕まえにきたのがお前、コディ」

「端的に言うとそうなります。正確には、その『探鉱者』が製造もしているはずですが」


 ジーンの動かす猫が鼠に飛びついた。

 コディは山から犬や鳥の人形を取り出し、猫の周りに並べていく。


「僕たち『亡霊退治人ゴーストザッパー』は、国内の治安向上を目的とした機関です。主に、大戦に関係した危険人物や違法な物品を取り締まることが使命ですね」


 それから、林檎を指差して言う。


「今回の『海燐火薬』は戦後に発見されたものですが、大戦で使用された可能性も踏まえて我々が捜査しています」


 海燐火薬は存在そのものがあまり知られておらず、毒性についても違法な兵器取引を捜査する中で発覚した。

 今はまだ僅かな数の反社会的勢力が利用しているに過ぎないが、一度広まれば取り返しがつかなくなる。

 セリファス政府としては、自分たちが危険な兵器を生産し、輸出していると他国に思われたくはない。


 早く製造元を見つけ出し、広まる前に排除したいというのが政府の考えだ。

 故に、コディが自分の目的をジーンに話したのは異例中の異例。

 そのリスクを払ってでも、協力を得たいという彼の心からだった。


 ジーンは自分の選択が彼の信頼を裏切らなかったことに、ようやく安堵した。


「そういや……お前のこと、大佐には伝えないでおいたから」


 自分の選択を知っていてもらったほうがいいと思い、正直に告げた。

 するとコディは少し面食らったように目を丸くした。


「内密にしていただけるのは助かりますが……いいんですか?」

「まあ、別に。元から大佐の言うこと何でも聞く忠犬って訳じゃないし」


 それから、ジーンは急に恥ずかしくなってきて、誤魔化すようにまくしたてた。


「言っておくけどな、お前のことも全部信じた訳じゃないぞ! 政府の秘密機関なんてオカルトだ!」


 突然ジーンが声を張り上げるので、コディは咄嗟に彼の口を手で塞ぐ。

 そして、彼が必死に抑えるあまり、ジーンはそのまま顔が紫色になるまで解放されなかった。

 白目を剥く直前に慌てて手を離され、落ち着いたジーンは声を落として呟く。


「でもなんだろな……。信じてみるのは嫌じゃないんだよ。変なこと言うけどさ、オレ、親父が十年も帰ってこなくてさ」

「それは……」

「親父は嵐の夜に海に落ちた。だから、生きてるか死んでるか誰にも分からない。みんなは生きてるって言うけど、大佐は死んだって言う。どっちを信じたらいいのか、本当のことを知らないオレには分かんねえ」


 だから、とジーンは顔を上げた。


「今度は自分で考えたいんだ。本当のことを、自分の目で見て、自分の頭で判断したい」

「今は、それで構いません」


 コディは嬉しそうに笑って応えた。猫の人形の横に、馬の人形を添える。


「僕だけでは情報が足りません。全面協力を、とまでは言えませんが、僕はあなたの力を借りたい」


***


 小さな拳が背中を叩く。


「ジーン兄ちゃん! コディ兄ちゃんも! 大変なんだよ!」


 帰り道、昨日遊んだ子どもたちがわらわらと集まってきた。

 また揉め事かと、ジーンは呆れて首を押さえた。


「お前ら毎日大変じゃねえか」

「何かあったんですか?」


 コディが尋ねる。すると、子どもたちは少し静まり返ってから、それぞれが思うままに好き勝手に話し始めた。


「あのね、島に悪いやつがいるかもだって!」

「マキちゃんが大変で、すごく泣いちゃってて、みんなで励ましてるんだけど」

「マキっていうのは靴屋さんのとこの女の子で、犬を飼ってるんだよ」

「昨日までは大丈夫だったんだよ、でもね」


 そこでジーンがわーっと大声を出し、一度遮った。それから、再び静かになった子どもたちを一人ひとり順番に指差す。


「もー! お前ら一人ずつ喋れよ!」

「ゆっくり息をして落ち着いて。一番伝えたいことを教えてください」


 コディの提案に子どもたちは何度か譲り合い、最終的に一番年上の少年が口を開いた。


「マキの宝箱が盗まれちゃったんだって!」


 周りの子たちが頷き合う。コディはジーンに向かって首を傾げた。


「宝箱、ですか。それは……比喩的な?」

「あー、なんか見せられたことあるかも……。貝殻とか石ころとかが入ってた紙箱だろ」


 ジーンの記憶では、彼女は小さなお菓子の紙箱を宝箱と呼び、中身を周囲の大人にときどき自慢していた。

 しかし、それにはビーズの細工や海岸の漂着物など可愛らしい年相応のお宝を入れてあったはずである。盗まれたとはどういうことだろうか。


「とにかく来てよ! マキがずっと泣いてる!」


 なんか昨日もこんな感じだったな、と思いながら、ジーンはコディと彼女たちがいるという広場に向かった。

 行ってみると、ベンチの辺りに小さな人だかりができている。


 一人の幼い少女がベンチで泣いていて、周りに集まった子どもたちが心配そうに背を撫でていた。

 ジーンたちに気がつくと、マキは嗚咽交じりに事の経緯を話し始めた。


「ちょっと前にね、きれいな石を見つけたの。宝石みたいだった。だから宝箱に入れて大切にしてたのに……」


 そう言ってマキは宝物のことを思い出してしまったのか、一層大声で泣き出す。

 代わりに、隣の少女が継いで答え始めた。


「あたしが見たいって言ったから、今日、広場に持ってきてくれたんだけど」


 それからジーンを呼びに来た少年が、本題だとばかりに叫ぶ。


「そのあと、みんなで見てるときに知らない大人がやってきて、石を見たら箱ごと持って行っちゃった!」


 事の顛末はそういうことらしい。そうして、子どもたちは一番頼れる大人に助けを求めにきたという訳だ。

 ジーンは困惑交じりに言う。


「大人……? マジで盗まれたのか」

「強盗……なんですかね?」


 いつの間にか無くなっていたなら、紛失や、子どもたちの誰かが些細な嫉妬で大切なものを盗んだとも取れる。マキは珍しい石を見せびらかしていたのだから。


 しかし、こうもはっきりと大人が、それも子どもたちの誰も知らない人物が奪ったというのは奇妙だった。マキの石を、家から持ち出した貴石だとでも思ったのだろうか。


 考え込むジーンとコディに、少年たちが飛びつく。


「ジーン兄ちゃん、そいつを探してよ! 島に泥棒がいるんだよ!」

「そういうのはオレじゃなくてお巡りさんの仕事だっつの」


 ジーンは彼らを持ち上げて窘める。

 すると、少年たちは口を尖らせ、ジーンの足を蹴り出す。


「ケチ! 税金泥棒!」

「やめなさい! どこで覚えてくるんだそんなこと!」


 少年たちが騒いでいる横で、マキが鼻を啜っていた。

 ずっと泣いていたからか、こほこほと咳が目立つ。顔も赤く、熱に浮かされたように彼女は呟いた。


「箱にね、お母さんにもらったレースが入ってるの! 誕生日にみんながくれたビーズのブレスレットも……。見つからなかったらどうしよう……!」


 それを聞いて、マキの友人たちはひどく悲しげな顔をした。

 そこへ、ふわりとしゃがんだコディは、マキの手を取る。


「大丈夫です。僕たちが協力しますよ!」

「しちゃうの?」


 ジーンが声を上げる。コディの耳に口を寄せ、こっそりと囁いた。


「……『亡霊退治人ゴーストザッパー』の仕事は?」


 時間もないだろうに、こんなことに関わっていていいのか。そう訊くと、コディは自信ありげな顔で答えた。


「経験上、こういった些細な出来事が本来の目的のヒントになるんです。『知らない人』がどこに繋がるか分かりませんから」

「なるほどね」


 まったくの無軌道という訳ではないようだ。

 ジーンとコディは現場にいた子どもたちを集め、その犯人について情報を集めることにした。


「まずは、その箱を持って行った人のことをみんなで教えてください」

「そうだな。服は覚えてるか? 髪とか体型でもいい」


 顔を見合わせた子どもたちは、先ほどの反省を生かして順番に話を始めた。

 少年が口を開く。


「見た目は普通の男の人だった。最初は追いかけたんだけど、足が速くて見失っちゃった」

「次から危ない人は追いかけないでくださいね」


 それから、マキの友人が言う。


「長い金髪だった! 白いシャツで、黒いバンダナを巻いてたよ」

「重要な手がかりだな」


 しばらくの間、子どもたちはうんうん唸って思い出そうとしていた。


「なんだっけ、何か言ってたよね」


 一人がそう言うと、続いて何人も肯定した。


「そうそう、石を見てからぶつぶつ言ってた」

「誰かに知らせなきゃ、だっけ」

「うーんと、そうだ! 『大佐に見せないと』だよ!」

「ああ、それそれ!」


 コディは眉をひそめる。


「大佐? モーガン・マイルズ大佐ですかね」


 まさかと思いジーンの方を窺うが、彼は真剣な面持ちになって頭を巡らせていた。


「いや、違うな」


 思考の末、ジーンはそう断言した。

 マイルズの部下であれば、すなわち島に住んでいる人間ということだ。それでは、たくさんいた子どもたちの誰も犯人の顔に覚えがないのはあり得ない。


 犯人は必ず、外から来た人間だ。

 それこそが最も重要なヒントだった。


 この島の子どもたちにとって、大人の口から聞こえるその音は、大抵がマイルズを指す。だから彼らはそれが「大佐」を意味する言葉だと思った。


 しかし、この島にはそう呼ばれる役職の人物がほかにも存在し得る。


「『大佐キャプテン』じゃなくて、『船長キャプテン』だと思う」


 一つひとつの出来事が、パズルのように繋がって全体像を見せてくれる。


「東の港に行こう」


 そう言うと、ジーンは身を翻した。

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