第7話 裏の犯行

 この事件は、一見単純に見えるが、どこかぎこちない犯罪のように見える。

 何といっても、兄の勇作が、

「風俗に行っていた」

 ということを警察に明かそうとはしなかったことである。

 確かに、頭のいい人だということだが、普通に考えれば、

「やはり、自分がわざと不利になるというような証言はおかしい」

 と思うだろう。

 そこに、

「バレてもバレなくても、どちらでもいい」

 という考えが含まれているということが計算されていたなどということは、誰にも分からないだろう。

 そういえば、昔の探偵小説での話の中に、一つ面白い話が乗っていた。

 というのが、

「ある村で、連続殺人事件が起こったが、その村の敵対、あるいは、相対する勢力の片方がいつも殺されるという事件であった」

 という前提のもとに、

「被害者は、事件の中で、いつも、誰が殺されるか分からない」

 という状況において、しっかりと、ターゲットを定めているようだった。

 しかし、実際に、殺された人間においては、

「必ず、相対、敵対する相手の片方だけを狙い撃ちで殺している」

 ということであったが、そこには、誰にも分からない仕掛を用いて、確実に相手を殺すというトリックを使って、犯行を行っていたのだが、その展開の途中で、

「殺人計画メモ」

 というものが見つかったという。

 そのメモは、手帳の切れ端であるが、

「そこには、村の勢力図が書かれていて、殺された人には、×印が描かれていて、確実に殺されているということが分かる」

 ということになっていた。

 その殺人計画メモを描いた人間が、事件とは関係のないところで、

「自分も、似たような計画を立てていた」

 ということで恐ろしくなって、村から逃げようとしたが、犯人の罠にかかって、

「結局、すぐに、死体となって発見されることになった」

 ということであった。

 これが、この時の殺人事件の側面をえぐるというもので、今回の殺人には、

「この時の、殺人計画メモ」

 というものが、

「事件の核心をついている」

 ということになるということを、誰が気づいたであろう。

 この事件において、

「犯人でなければ分からない」

 ということが、含まれているということを、まだこの時は誰も分かっていなかったのだ。

 ただ、そのヒントとして、今回の、

「ソープにいっていなかった」

 ということを刑事に捜査させるということが、犯人側の核心であるというのも当然のことであり、そのかわり、

「警察側にとっても、重要なことだ」

 ということであるのは、ある意味。

「皮肉なこと」

 であり、さらに、

「もろ刃の剣のようなものだ」

 ということになるのだということであった。

「事件というものが、どのように展開していくか?」

 ということは、

「犯人側にとっても、捜査陣にとっても、お互いに似たところを、しかも、核心をついているかのような時は、結局、すれ違うことになり、まるで、限りなくゼロに近い無限の存在というものを思い起こさせる」

 ということになるのであろう。

 ただ、どうして、八木刑事がその時、小説を思い出したのか分からない。それこそ、

「刑事の勘」

 というものであろうか。

 そういえば、昭和の刑事ドラマなどでは、よく、

「刑事の勘」

 などという言葉が出ていたのを思い出した。

 確かに、

「勘に頼ってはいけない」

 とよく言われてはいるが、それも、当時はあくまでも、

「足に寄って集めてきた証拠は証言によって得られた材料を元に組み立てた推理であれば、信憑性はあるというものである」

 それを考えると、事件を解決するのに、

「足で稼ぐ」

 ということと、

「刑事の勘」

 というものは、どちらも必要で、そして、

「切っても切り離せないものだ」

 ということになるのかも知れない。

 それを考えると、今回の事件において、八木刑事の閃きが事件の真相をついているのかも知れないともいえるだろう。

 実際に、証言から考えると、奥さんにしても、息子にしても、

「殺人を犯すまでの動機としては薄いもののように思える」

 ということであった。

 奥さんとしても、

「不倫のことでもめて、殺そうとするのであれば、計画的な殺人はしないだろう」

 これが旦那だけの不倫、あるいは、自分だけの不倫という形であれば、それぞれに立場上、

「どちらかが恨まれる」

 ということになるだろうが、これが、夫婦揃っての不倫ということであれば、立場的には同じであり、それぞれに、

「相手に対して何もいう権利はない」

 ということになるだろう。

 また、息子にしても、そうであった。

 最初、

「ソープに言っていて証言できなかったことが、何かあるのか?」

 とも思い、捜査をしてみると、

 どうやら、ソープ嬢をしている人が、かつての幼馴染で、自分が好きだった相手だったということのようだ。

 実は彼女の同じように、彼のことを好きだったようで、

「お互いに、結婚したい」

 と思うようになったようだ。

 ただ、この思いは、息子の方が大きいと思っている。

 男というものから考えても、

「相手を助けたい」

 と思うと、結婚にまで一気に気持ちが昂るのも当たり前だ、

 彼女の方も、

「実は決して、ソープ嬢をやりたいからやっているわけではなく、昔、失恋から買い物依存症になり、借金がかさんでしまったことで、結局は、ソープの沼から抜けられなくなってしまった」

 ということであった。

 彼女の方からすれば、

「この沼から救ってくれるのであれば、結婚してもいい」

 という程度のもので、

「どうしても、谷口さんと結婚したいから」

 というわけではないようだ。

 だから、彼女は、必死になって、彼の求婚にこたえようとする。しかし、

「心は真実ではなかった」

 ということになるのであった。

 そのことを、父親に悟られたようだった。

「一番知られてはいけない父親」

 ソープ嬢をしていたということは、

「墓場まで持っていかなければいけない」

 と思っていた。

 それこそ、

「父が死んでしまえば、別に構わない」

 と思っている。

 普通なら、

「結婚するまでの辛抱で、結婚という既成事実ができれば、それでいいだろう。別の家庭を作るわけだから」

 ということになるのだろうが、父親はそんな甘いものではない、特に、長男はそう思い込んでいるのであった。

 そういう意味で、長男も、

「殺害の動機としては、少し薄いが、だが、殺害動機として考えられないわけではない」

 といえる。

 そうなると、

「息子も、母親も、かなり薄いが父親に対しての殺意がなかったわけではない」

 ということになるのであった。

 そうなると、もう一つ考えられるのは、

「それぞれが共犯ではなかったか?」

 ということであったが、その時に思いついたのが、前述の、

「殺人計画メモ」

 だった。

 綿密な殺人計画ではない。

「どちらが死んでも構わない」

 ということになるのだとすれば、

「ひょっとすると、もう一人、殺害計画の中に含まれていたのかも知れない」

 ということになり、八木刑事は、そのつもりで、事件の捜査をしていた。

 すると、そのつもりで捜査をしているからであろうか?

 事件の核心めいたものに近づいた気がしたのであった。


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