今日は架空

いちた

今日は架空

 朝起きて、インスタを見て、気がつくと昼の二時になっていた。一旦スマホから目を離して、天井を見つめた。数秒、見つめた––––。それからカーテンを開けようと思い立ち、開けてみたところで、すぐに閉めた。


 はい、もう終わりです。


 もう今日は無し、と薄暗い部屋の中、思った。いまは午後の二時ですが、今日は本当は存在しません。無しです、今日は架空なのです、と。

 すると心の底のほうに、わくわくを覚えた。実際には、時間は残っている、正確に言えばあと十時間は残っている。でも本当は無かったのだから、これをどう使ったって、私の勝手。あるはずの、ない今日は、もう何をしてもしなくても自由のはずだ。

 薄暗い部屋。布団に戻り、仰向けで、スマホを掲げた。なんとなく面白い投稿動画を見つけて、それから下へスクロール、スクロール、スクロール……。何度か、大学の授業やバイトが頭によぎった。本当はあるのだ……、いや、あった気がする、ということにしておく。しかし、どうでもよかった。どうでもよくない? それ、と自分に問うてみた。問うてみたというか、言ってあげた。魔法をかけた、に近い。しっかり考えたら魔法は解けてしまう。それよりもこの画面に流れる投稿のほうが面白いよ、という魔法。

 本当は無かったこんな時間は。だからなにも生まれない生産性のないもので埋めることでフラットになる。だったらこの架空の時間は正当な日常に回帰して誰にも責められない気がした。この架空の時間はただSNSの投稿を見ているだけ、それを誰が許しませんか? 社会? そんなものここにはありません、どんまい!

 それから四時になって、七時になって、十一時になった。お腹が空いたな、と思ったのは、飯テロの投稿動画を見ていた時だった。しかし冷蔵庫を思い出しても食べるものは何もなく、というかそこから起き上がる気力もなく、ああやっぱり今日はバイトだったよな、と思い出さないようにしていたシフト表の記憶を後になって思い出してみる。もう出勤の時間は終わっているはずだ。そしてお店から連絡は来ない……。

 ウーバーでも、頼もう。

 アプリを開いてファストフードをカゴに入れ、注文を確定し、また投稿動画を見ているとインターホンが鳴る。二分ほど待ってから玄関へ取りにいくと、冷めていないファストフードが地面に置いてある。

 コップに水を入れて、添加物だらけのものに齧り付く。旨いが、渇きを覚えて、水をもう一杯飲んだ。体内で血糖値の上昇を覚えつつ、また布団でスマホを掲げて、眠気が今日を終わらせてくれるまで画面を見ながら待った。いつ自分が眠ったのか、そんなことは分からない。明日の自分も、たぶん分からない。その生活に幸福を覚えるのは、いけないことなのだろうか。早く、なんでもいいから、終わるのだろうか、終わらせてくれないだろうか––––。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日は架空 いちた @Kaworu_if

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ