知人と縁を切った時!

崔 梨遙(再)

1話完結:3900字

 30代の後半、僕は求人広告屋(採用コンサルティングの会社)を辞めた。辞めた事情については、既に書いた( 人生、流れに身を任せたら! 『僕が“フリー”になった理由』をご覧ください )。とにかく、僕は会社を辞めたのだ。


 そこで考えた。そして思いついた。僕は大企業も中小企業もベンチャー企業も経験した。じゃあ、今度は個人で、“フリーの採用コンサルタント”としてやってみよう! 会社を作るつもりは無かった。誰かを雇うというのは重い。その人の人生を背負ってしまう。繁忙期があれば短期バイトを雇おう。そんな感覚で始めた。基本、僕1人で仕事すると決めたのだ。



 フリーになると、スグに或る会社に呼ばれた。その会社は、僕の幼馴染み、小学校と中学校が同じで、まだ付き合いのある知人の中林の兄が社長だった。中林兄のことも、小学校の頃から知っている。


「崔君、会社を辞めたんやろ? 俺達、求人広告屋を始めるから、お客さんを紹介してほしいんやけど」

「求人広告? 扱う媒体は何ですか?」

「〇〇〇〇と、××××」


 辞めた会社が取り扱っていない媒体だった。これなら、辞めた会社に迷惑はかからないだろう。ということで、何冊かの名刺入れを持って、中林兄の会社を訪れた。


「この中から、紹介してほしい企業があれば紹介しますよ」

「うーん、崔君を社員として雇うよ。だから、勤務時間中にこちらの芦原君に紹介してあげてほしい。それでええやろ?」

「えー! ちなみに給料は?」

「25万」

「いやいや、僕、辞めた会社で幾らもらってたと思ってるんですか? この歳で25万もらっても嬉しくないですよ」

「大丈夫、売り上げに応じてインセンティブとか歩合を渡すから」

「ほな、雇用契約書を用意してくださいよ。歩合やインセンティブのことを明記してもらいたいので」

「幼馴染みなんやから、そんな堅苦しい書類は要らんやろ? お互いに信用し合えてるんやから、それでええやんか」


 その時、僕は嫌な予感がした。


「ほな、3ヶ月です。3ヶ月だけ雇われます。せっくフリーになったのに、またサラリーマンに戻ったら、前の会社を辞めた理由が無くなりますからね。しかも、この給料では……。まあ、3ヶ月で、主なお客様を芦原さんに引き継ぎますので、それでいいですよね?」



 僕は、中林兄の会社に一時的に雇われることになった。僕は早く辞めたかった。なのに、芦原は引き継ぎに同行する時もあれば同行しない時もあった。


「自分の営業もあるので」


ということだった。仕方ないので、僕は自分で引き継ぎシートを作った。芦原が同行出来無かった時は、引き継ぎシートに担当者(責任者)の名刺を貼り、その企業の情報を書き込んだ。


 僕は休まずにお客さんを回った。勿論、土日は予定を入れないようにしていた。ところが、中林兄と芦原は、土日に仕事を入れてくる。例えば、研修だ。僕が講師をやって丸1日。元はと言えば芦原が“自分のお客さんを呼びたいから”と言うので開催したイベント、なのにいつも芦原のお客様は来ない。僕が呼んだお客様だけが来る。なんだこの茶番は? 僕はかなりムカついていた。


「休みを取れっていいながら、土日にイベントを設定されたら休めないじゃないですか。僕、既にこの1ヶ月、休みが取れてないんですけど」

「平日に休んでくれ」

「平日なんか、アポでいっぱいになってますよ、土日は休ませてください」


 それでも懲りずに土日に予定を入れる中林兄と芦原だった。僕のストレスは、短期間で膨れあがっていった。中林兄は勿論だが、芦原にも腹が立つ。



 そして、研修を見に三田社長という人がいきなり来た。来るとは聞いていなかった。驚いた。それは、三田社長の不要なサプライズだった。前の会社を辞めた僕の様子を見に来たのだった。三田社長は好奇心が旺盛なのだ。


 三田社長は、僕の前の会社の社長の客だ。僕とも、まあ、親しいといえば親しかった。三田社長は、映画館とアミューズメントの店を経営する社長だった。中林兄と芦原が三田社長に食いついた。それからしばらく、中林兄と芦原は三田社長にベッタリだった。商談に行くというので、僕も同席しようとしたら、


「崔君はいいよ、自分の仕事をしてくれ」


と、留守番させられた。まあ、留守番と言っても、実際には他のお客様とのアポに行ったのだが。結果、中林兄達は、1500万程の取り引きが成立したらしい。利益がどのくらいか知っているが、ここには書かない。三田社長から電話があって、


「崔君の顔を立てることも考えて取り引きしたんだから、ちゃんと歩合をもらえよ」


と言われた。


 その他、求人媒体の契約が何件もとれた。その時は、その媒体に詳しい(値引き幅を持たされている)芦原も同席していたが。



 結局、僕は2ヶ月60日間、休み無しで働いてしまった。60日の勤務。本来なら、3ヶ月分の勤務時間だ。名刺入れにあったお客様をほぼ1周回ったが、どのお客様にも、“2、3ヶ月だけの手伝いなので、2、3ヶ月したら僕は辞めますけどね!”と伝えておくのを忘れなかった。


 辞める前に、僕は芦原に言った。


「三田社長と、そこそこ大きな取り引きに成功したし、求人媒体を何件も売った。それなのに、給料を見たら基本給しか振り込まれていない。どういうこと? 社長に直接言った方がええの? インセンティブとか歩合をもらえるって話やったやろ?」

「あ、僕から言っておきます。崔さんは何も言わなくていいです」


芦原は、僕と中林兄が報酬の話をするのを止めた。1度じゃない。何回も止めた。


「僕に任せてください」


と言うのだが、僕は芦原を信用していなかった。僕としては、直接話したかった。



 そして、退職日。


「崔君、このままウチにいたらええのに」

「なんで月給25万で働き続けないとアカンのですか? 嫌ですよ。これやったら、前に勤めてた会社の方が遙かに給料が多いし」

「ほな、辞めるの?」

「いやいや、歩合というかインセンティブっていうか、くださいよ」

「そんなの無いで」

「なんで? そういう話で僕は雇われたはずなんですけど」

「でも、崔君、売ってないし」

「三田社長相手に1500万も取り引きしたでしょう? 三田社長と他にも取り引きがあったことも知ってますよ。それに、求人媒体を幾つも売ったし、幾らかもらっても当然とちゃいますか?」

「あの商談をしたのは、俺と芦原や。崔君はその場にいなかった」

「でたー! 人として最低なワード。三田社長を紹介したのは僕やないか!」

「とにかく、歩合もインセンティブも無いから」

「あんた、最低や。2度と顔を見せるなよ」



 それから、三田社長から電話があった。


「崔君、あの会社は辞めたの?」

「はい。最初から、“2、3ヶ月のお手伝いです”って言ったじゃないですか」

「ちゃんと歩合はもらった?」

「いえ、固定給の25万だけです。他には1円ももらっていません」

「おいおい、それはヒドイよ」

「ヒドイですよ、でも、相手が“払わない”って言ってるので、どうしようもないです。雇用契約書も無いから、どうしようもないです。泣き寝入りですわ。他に、求人媒体も結構売ったんですけどね」


 その後、三田社長から僕に何回か電話があった。中林兄達に対するクレームだった。僕は辞めた人間なのだが、紹介してしまったのは僕なので、“すみません、すみません”と言いつつ下げたくもない頭を下げることになった。おいおい、辞めた後も祟るのか? 中林兄と芦原に対する怒りはピークに達した。


 他にも、何社か? 僕の所にクレームがきた。中林兄も芦原も、ちゃんとした企業で研修や教育をされたことが無いので、ビジネスマンとしてどうなんだ? ということでお客様からクレームが来ることも多かった。



 僕が怒りに震えながら仕事をしていると、中林弟から電話があった。


「崔君、兄貴と揉めてるの?」

「揉めてへんよ、辞めたんやから」

「でも、兄貴が、“崔君が兄貴の会社の悪口を言ってる”って言うてたで」

「お前の兄貴がビジネスマンとして情けないから、僕のところにクレームが集まってるんや。こっちは、お前の兄貴が不甲斐ないから、下げたくない頭を下げっぱなしや。例えば、三田社長という人からもクレームが来てる。三田社長には“ちゃんと歩合をもらったか?”って聞かれたけど、もらってないいから“もらっていません”としか答えられへんやろ? もらってないのに、“もらっています”とか言われへんやんか。それで三田社長は怒ってたけど、それは僕にはどうしようもないやろ? 後、他にも何社か僕にクレームが来てるで。全部、お前の兄貴のせいや。まともな会社で研修や教育を受けてないから、ビジネスマンとして失格やというクレームや。お前の兄貴はビジネスマンとは言わへん。あんなのは商売人って言うんや! お前の兄貴のせいで、僕がどれだけ迷惑してるか? わからんのかー!」

「まあまあ、悪いけど、俺は家族やから兄貴の味方なんやけど」

「兄貴の味方なら、引っ込んどけ! 敵の味方は敵や! 首を突っ込むなら冷静な第3者として突っ込め。お前が兄貴の味方をするなら、お前と話すことは何も無い。お前とは縁を切る! ほんま非常識な兄弟やな、僕をなめるな!」



 僕は、一方的に電話を切った。こうして、知人が無縁の人になった。中林弟は友人から知人に降格していて、更に知人から無縁の人に降格したのだ。こうして僕は、知人と縁を切った、というお話。縁を切って10年以上になるが、全く困らない。寂しいとも会いたいとも思わない。全く不便が無い。むしろ、気分がいいくらいだ。







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