第17話 「泣き虫な子供と黒塚先輩の思い出」

放課後の校舎裏。秋風が心地よく吹く中、黒塚先輩が座白君の隣に腰掛けて、ふと遠い目をしながら話し始めた。




「座白君、泣き虫な子供ってどう思う?」


「……どう思うって言われても、子供なら泣くのは普通じゃないですか」


「そうかも。でも、泣き虫ってちょっとからかわれるイメージがあるでしょ?」




座白は黒塚の言葉を少し考え込みながら、冷静に答える。


「たしかにそうですね。でも、大人になれば誰も気にしませんよ。泣いていたことを覚えている人なんてほとんどいませんし」




その答えに、黒塚は少しだけ笑みを浮かべる。


「ふふ、合理的ね。じゃあ、泣き虫な子供が大人になったらどうなると思う?」


「どうなるか……それは人次第じゃないですか。克服する人もいれば、感情が豊かなまま成長する人もいるでしょうし」




黒塚は満足げに頷きながら、校庭を見下ろした。


「実はね、私も昔は泣き虫だったの」


「先輩が?」




少し驚いた声を出した座白に、黒塚は楽しそうに笑った。


「ええ、小さい頃はすぐに泣いてたわ。転んだだけで大泣きして、近所の子に笑われてね」


「……意外ですね」


「そう? 今でも泣きそうになることはあるわよ。最近はただ、泣き方が変わっただけ」




その言葉に、座白は少し眉をひそめる。


「……泣き方が変わったって、どういうことですか」


「涙をこらえるようになったってこと。泣きたいときでも、泣かないで笑うの」




黒塚は軽く肩をすくめて、夕陽に照らされる空を見上げた。その表情には、どこか切なさが混じっていた。




「でもね、たまには素直に泣くのも悪くないと思うの。そうしないと、心が窮屈になるから」


「……先輩は最近、泣いたことありますか」


「そうね。こっそり映画を観て泣いたことがあるわ。意外と涙が止まらなくてびっくりした」




その答えに、座白は少しだけ苦笑する。


「それなら、泣き虫ってわけじゃないですね。ただ感情豊かなだけですよ」


「ふふ、そうかも。じゃあ、座白君もたまには泣いてみるといいわ」


「……僕はそういうの、あまり得意じゃないので」




黒塚はくすくすと笑いながら、立ち上がる。そして、軽く手を振りながら歩き出した。


「泣くのが得意な人なんていないわよ。でも、泣きたくなったときは、我慢しすぎないことね」




座白はその背中を見送りながら、小さくつぶやいた。


「……やっぱり、先輩は自由な人だ」




秋風が二人の間を吹き抜ける中、穏やかな空気がそこに漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る