第2話 「名前の雑学と黒塚先輩の真意」

放課後の教室。薄いオレンジ色の夕日が窓から差し込む中、黒塚先輩は座白の隣の席に座り、何かをじっと見つめていた。




座白ざしろ君」


「……なんですか」


「名前を間違えられたりする?」




唐突な質問に、座白は少しだけ眉を寄せたが、いつものように冷静に答えた。


「特には、ないですね。名前が珍しいけど、漢字が分かりやすいので……どうしてですか?」




黒塚は少し首を傾げ、瞳を細めたまま何かを考えるように口元に手を当てている。


「ふむ……座布団の『座』に、白い『白』。完璧に説明できる名前ね。むしろ間違えられる隙がない」


「……まあ、そうですね。それで?」




彼女は唐突に話を切り出しておいて、そこから何か展開させる意図があるのかどうか、まるで分からない。それが黒塚くろつかという人間の特徴でもあった。




「でもね……名前を間違える人って、大体はその人に興味がないの」


「……急に、なんの話ですか?」


「逆に、間違えたフリをするのは――その人に関心がある証拠」


黒塚は、座白の目をじっと見つめながら、意味深に微笑んだ。




「……いや、どうなるとかじゃなくて、何を聞いてるんですか」


「ふふ、ただ確認してみただけ」




座白はため息をつきつつ、鞄の中の教科書を整理し始めた。これ以上付き合うと、またどこか奇妙な方向に話が転がりそうだった。




「でもね、座白君」


「はい」


「もし私が名前を間違えたら、それは――」


黒塚は少し顔を寄せ、静かに囁くように言った。


「……その理由を考えてみて」




座白はピタリと動きを止め、少しだけ黒塚を見つめた後、小さく苦笑いを浮かべた。


「考えません。たぶん、先輩の気まぐれでしょうから」


「そう思うのね」




黒塚は肩をすくめると、立ち上がり、鞄を軽く持ち上げた。


「でも、それも悪くないわね」




そんな独り言のような言葉を残し、彼女は夕日に照らされながら教室を後にした。


座白はしばらくその場に座っていたが、次第に苦笑いが深くなり、静かに呟いた。




「……やっぱり、よく分からない人だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る