第一話-6
ヴェルナーが拘束に失敗した敵は、これまた連邦から来たスパイだった。冬雪は二日連続で連邦のスパイを相手することになったのだが、前日の敵はただ車を止めるのを手伝っただけであり、彼としては大した役割を担った自覚はない。それよりは、仲間が一度失敗した任務の手伝いと言われた方がいくらか緊張するものだ。
一度敵の拘束に失敗した場合、難易度が前回と同じという可能性は皆無に等しい。狙われている自覚が芽生え、警戒が強くなる。より潜伏が巧妙になって発見しづらくなったり、敵襲に備えて交戦の用意を徹底されるため、難易度が跳ね上がるのだ。跳ね上がらなければただの慢心だ。危機管理能力が欠如している。
冬雪はヴェルナーに敵の情報を提供してもらい、代わりに敵を拘束する役目を負ったのだ。そんな彼の本体はといえば、
「店主、この機械、海水からただの水作れるんだって!」
「ほう、そいつはいいな」
「夏生さんは空気中から真水を作れるでしょうに」
「それはそれ、これはこれだ。海水から真水が作れるならその方が魔法力の消費も少なくて済む」
「一時間で約一〇ソーペルの水を作る……一〇ソーペルってどれくらい?」
「一六〇リットルだな。
新型魔道具の研究展示に食い付く一同。傍目には完全に学祭を満喫しているようにしか見えず、とても仲間が取り逃がした敵スパイを捕縛せんとする工作員の姿には見えない。
無論工作員としてはそれで正しいのだ。完全に周囲に溶け込んでしまえば、狙いを悟られない。そうあるべきなのだ。無論、こう見えて、分身の視界は今でもしっかりと把握している。そのうえで、
「おお、魔道機関の研究も進んでいるんだな。実用化されれば第二世界空間の産業革命になるなあ」
などと言って興味深そうに研究を見ているのだ。有り体に言えば、かなり楽しんでいた。任務中にもかかわらず、かなり純粋に楽しんでいた。
これで分身に影響が出ているのなら問題だが、そういうことはない。銀魔力による分身の操作はほとんど冬雪は行っていないので、多少意識を学祭の展示に向けたくらいでは何も影響がないのだ。分身を操作しているのは、彼の契約精霊だった。
精霊は魔法力の片方であるマナを使用して生きる、生物のようなものだ。大精霊クラスにならなければ自我は希薄だが、本精霊が複数寄れば、短時間の変わり身をこなすことはできる。銀魔力は片一方の魔法力である魔力を実体化させたものであり、魔法力を良く通す魔導体の一種だ。当然マナの通りも良く、実体を持たない精霊が一時的に操る身体としては最適である。
その精霊の操る冬雪の分身が、限りなく薄れた気配とともに大学内を
分身の精霊から共有される視界に標的が映ったところで、本体の冬雪は幽灘と零火を待機させて飲料を販売する店に並ぶ。その間、約三分。黙っていても不審に思われないごく短い時間で、冬雪は意識の九割を分身に使う。ここからは冬雪が、分身を遠隔操作して敵を拘束する時間だ。
「お釣りの来るような時間だな」
分身は銀魔力の一部を天井に流し込んで張り付く。そのまま音もなく進む。標的は大学の研究室を目指しているようだ。天井に張り付いたまま距離を詰め、飛びつく。
驚いた敵は拳銃を抜く。無駄だ。発砲する暇もなく、銀魔力の分身がアメーバのように溶けて広がり、スライムのように包み込む。完全に包み込んでしまうと、銀魔力を再度硬化させて脱出を防ぐ。同時に電流を流し、意識を刈り取る。拘束が完了した。
ヴェルナーの契約精霊は拘束と同時にその場を離脱し、標的を捕らえた位置を報告した。冬雪の契約精霊たちは銀魔力で完全に包まれた標的を転がし、一目につかない物陰に隠した。あとはヴェルナーが、この物体を回収するだろう。ここまでの時間、僅か二分。任務完了だ。
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