第一話-4
零火の想いを知った冬雪だったが、彼は彼女の想いに応えられたわけではない。実情としては、むしろ真逆だった。双方一度冷静になったところで、冬雪の方は態度を明確にしていた。曖昧なままでは、今後に大きな悪影響を及ぼすと、超能力的な直感によって悟ったからである。
「零火、悪いが、ボクは君の想いに応えることはできない」
対して、零火の方はかなりあっさりとそれを認めた。
「そんな気はしてました。そうでしょうね」
「……ボクが言うのもおかしなものだが、それでいいのか?」
「だって先輩……じゃなかった、夏生さんが誰かを好きになるって想像つかないし」
「それはそうだが」
「ほらやっぱり。だから今まで言わなかったんですよ。みなみ先輩のことも振ったでしょ」
「そこまで知られていたか」
「みなみ先輩に電話で聞きましたからね。修学旅行から帰った日に告白して振られたって。心理学的にはかなりの好条件だったみたいですよ? 出会って三ヶ月以内、女性から男性、時間帯に加えて四日分の疲労が溜まる修学旅行最終日の黄昏効果……全部あって効果はなし。それどころか、『俺は誰に対しても恋愛感情を持つことができないんだ』とまで言ったらしいじゃないですか。私がOKもらえるわけないですよこれ」
「
筒抜けとなっていた事実に唖然とするが、零火はただ諦めたわけではない。
「でもそれは、先輩が学校を辞めて共和国のスパイになることを決めてたのもあるんでしょう? 今更外せな事情がある、とも言ったみたいですし」
「言ったな、そんなことも。さては何から何まで全部喋ったな」
「それならみなみ先輩に勝ち目がなくても納得ですよ。でも私は、先輩がこれからどうするのか、どこにいるのかを少しは知っています。いずれ私を協力者にしてくれるんでしょう? だから安心して好きになってくれていいですよ」
これは余談だが、恋愛感情を持たない冬雪でも、好みの女性像というものは一応存在する。かなり漠然としているしあてにもならない。そもそも外見でそれとわかるようなものでもない。だが一つ、確実に言えることがある。
心の強い零火の性格は、限りなく冬雪好みである、という点である。
だからどうというわけではなかったが、それから半年が経過し幽灘の初等学校編入が決まった日の昼、冬雪は幽灘と零火を連れ、共和国首都ギルキリアの歓楽地、ベルフィ湾に来ていた。
ギルキリア市の緯度は日本のそれよりある程度低い。そもそも日本の関東地方と同程度の緯度にあるのは、共和国北部のメルトナ州、その南端にあるアルレーヌ地域だ。ギルキリア市のある南部フォーマンダ州との間には海があり、それを挟んだ北端に位置するギルキリア市でも、緯度には差が出る。あえて地球上の地域で例えるならば、ギルキリア市の位置は、小笠原諸島と同程度の緯度になるのだ。
第二世界空間でも、赤道に近い低緯度地域は気温が上昇する。アルレーヌよりギルキリアの方が、気温は高い。しかし、別に今の時期であれば、大して身に堪えるほどの暑さというわけでもなかった。
それは単に、第二世界空間では産業革命による温室効果ガス排出量の増加が起きていないため平均気温が高くない、という事情もある。しかしそれだけではなく、ギルキリア沿岸は北極海からフェロンド海流と呼ばれる寒流が流れてきており、季節風によって冷えた空気が陸地に流れるため気温が下がりやすくなっている、という地理的な条件もあるのだ。その分曇りや雨は多いが。再度地球上の地理で例えるならば、暖流と偏西風によって温暖なヨーロッパと逆のことが起きている、ということになる。
その結果、日本とギルキリアでは、奇跡的なほど気温が近くなっている。共和国の領土も日本と同じ北半球にあり、季節の周期も変わらない。冬雪などは大いなる意思によるご都合主義的なものを感じざるを得なかったが、助かることには助かるので、野暮は言わないことにした。幽灘や零火も、特にストレスは感じていない様子である。
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