第一話-3

 幽灘が冬雪家の養女という立場に収まるまでにあった一悶着。それは、姉である零火の存在が原因と言っていいものだ。正確には、彼女が冬雪に向ける感情が原因、と表現した方がいいかもしれない。


 冬雪夏生というのは共和国へ転生する際に採用した、彼の偽名だ。本来の彼の名は細川ほそかわゆうといい、日本で生活していた際は無論本名を名乗っていた。地球上に五人しかいない、無制限の魔力により魔術魔法の行使を認められた人間──魔力使用者である。


 細川は魔力使用者だけでなく、第二世界空間の精霊と契約を交わした精霊術師でもあった。当時死して間もない幽霊だった幽灘に初めて出会ったのは、細川が精霊術師になって一ヶ月半ほどの頃である。


 転生前に細川が壊滅させたが、当時は仏教から派生した過激な幽霊嫌いの宗派、滅霊僧侶団の存在があり、幼くして命を落とし大量の未練を残していた幽霊の幽灘は、その脅威にさらされていた。細川が霊体不認識障害と仮称した、霊体と遺体が同時に存在することで起きると考えられる現象によって、幽灘は他者からは、そこにいるのが幽灘であると認識できない。それに加え、自分の葬儀の様子を覗き見て両親に対する信頼を失っていた幽灘にとって、両親はもはや保護者ではありえなかった。自身を守る存在はないに等しい状況で、彼女を保護すると申し出た細川の存在は、当時から第二の保護者だったのだ。


 その細川の存在を良く思わず反対していたのが、幽灘と同時期に雪女になった姉の零火である。彼女は霊体不認識障害の影響を受けず(これは細川も同様だったため自己に関する何らかの特異性が理由だと考察された)、細川から幽灘を奪い返すため日々彼に襲撃を仕掛け、結果としてはすべて失敗、細川が冬雪として転生するまで、幽灘は細川の保護下にあった。


 初めは当然、零火は細川を、人生の仇の如く憎悪し襲撃した。だがあるときから、それは変わったらしい。細川は全く気付いていなかったが、零火が下級悪魔の抹殺に失敗した際、それを咎めることなくむしろ労わった細川に、零火はそれまでのような憎悪を抱くことができなくなってしまった。有り体に言えば、恋してしまった。


 そもそも細川は、襲撃を繰り返す零火について、初めから嫌悪感など抱いてすらいなかった。常人ならわけも分からず一瞬で塵となるほど苛烈な攻勢、しかし彼は、防御や反撃では一切零火を傷つけないように立ち回るのだ。その土壌があってこその、恋である。共和国へ移住する上で幽灘を養女とする──その障害になったのが、これだった。詳しく話し合う機会はあったが、細川が零火と一対一で向き合った際、彼が受けた衝撃は計り知れない。


「幽灘の保護を先輩が引き受ける。これは賛成です。今までもそうでしたし、それが安全なのは分かっています」


「先輩はやめろというのに。俺は……ボクはもう、細川裕じゃない。の先輩じゃないんだから」


「じゃあ夏生さん、夏生さんと一緒に幽灘を共和国に連れていく、これもまあいいです。夏生さんが向こうに行く以上、被保護者の幽灘を日本に残していくのでは道理が通りません。これもいいんです、寂しいですけど、納得はします」


「すまん」


「でも……私の妹の幽灘が先輩の養子になるってどういうことですか!?」


「そんなに問題か? どうあれ、ボクが保護者になる以上、行政上も今後様々な手続きが必要になる。被保護者の立ち位置として、年齢差のことはさておいても、養子というのは最も分かりやすいし問題が起きにくい」


「そういう話じゃないんです!」


 かくして、問題の一言である。


「私の妹が、私の好きな人の娘になるっていうのがどういうことなのか、頭で分かっても気持ちの整理が追い付かないんですよ!」


 ……転生から五日後のことだ。半ば勢いによって飛び出した真実だが、ことここに至ってようやく、冬雪は零火の想いを知ることになったのである。


 最終的には零火は幽灘が冬雪家の養女となる話を受け入れ、現在に至るのだが、零火の想いに一切気付かなかった冬雪はさすがに動揺したし、零火は零火で勢い余っての告白に後から顔から火が噴き出るような羞恥を味わった。

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