第33話 漱石の猫の手も借りたい

 ある日の高校の教室、彼は、お昼休みの時間に、カノンと隣になった。彼女は、机を合わせた友人【霧島】と一緒にお弁当を食べている。


「ねぇねぇカノンちゃん」

「ん?どうしたの?」

「昨日のバイトでさぁ~」


 カノンと霧島は、仲良さげに、会話に花を咲かせていた。


 一人、お弁当を貪り食いながら彼は、こう思った。


――俺も、話にまざりたい


――お話して、仲良くなりたい。


 だが、俺は極度の口下手。二人で盛り上がっている話の間に割って入っていけるほど、コミュニケーション能力も、魅力も、勇気もない。


「……」


 結局、彼は、俯いたまま弁当を平らげて、自席を立ってトイレへと向かった。



****



 またある日、彼は学校で、グループワークの課題を課された。


「4人組のグループを作りました。来週のこの時間までに、グループ内の意見をまとめて、ノートに書いて提出してください」


 社会科の先生は、このように告げた。そして、グループのメンバーが書かれた紙を黒板に張り出す。


 彼は立ち上がって、人混みの後ろから、紙を確認した。


 同じグループメンバーには、【雨沢 花音カノン】の名前が……!ついでに、彼女の友人である霧島と、サッカー部の男子の名前も。


 4人はさっそく、昼休みの時間に集まった。



「金曜の放課後に、4人で集まって話し合うのは、どう?」


 グループを取り仕切るように、サッカー部男子が、そのように提案した。


「うん。それでいいと思う」


「わたしも、バイト入ってないから大丈夫。それで、どこに集まる?」


 カノンが賛成して、霧島が場所決めを促した。


「そうだな……せっかくだから、駅前のデパートでどう?サーティワンの前の席とか」

「あ、いいね。私、アイス食べながら作業したい」

「わたしも賛成」

「赤首くんは、金曜日の放課後って、大丈夫?」


 カノンに訊かれた俊也は、たどたどしく答えた。


「あ、うん……大丈夫」



 金曜日の放課後、4人は、約束通りに、駅前デパートに集合して、アイスクリーム片手に、社会科の課題を協働で完成させたわけだが……俊也が、他の3人の会話の盛り上がりに取り残されたのは、言うまでもない。



 社会科のグループ課題は、難なく完成して、後に先生から高い評価を得られたのだが、俊也は、カノンと仲良くなるどころか、距離を詰めることすらできなかった。



****



休日、俊也はベットに横になりながら、カノンと仲良くなる方法を模索していた。


 いざ「おはよう」と挨拶をされても、そこから話を広げたり、彼女から話を引き出したりすることができなかった。頬を赤くしたり、当たり障りのない返答を繰り返すばかりで、胸襟を開いた、友達らしい会話ができなかった。


 いつも笑顔で、誰にでも優しく接して、勉強もできて、何より、かわいい……


 そんな人と、恋人でなくとも、友達になれればいいなぁと、彼は、口をへの字に曲げた。



 口下手な自分が、カノンと仲良くなる方法は無いかと、思考を巡らせていた。


「ああ……!」


 そうだ、彼女に、芸術作品を贈ろうと、彼は思いついたのだった。



――いや、そこは、ごはんに誘うとか、お弁当一緒に食べるとかじゃないんかい!?心の内なる私(佐紀音)だったら、そうするけど……まあ、彼らしいといえば、彼らしい回答だった。


「絵は……絵心ないから、無理。アニメとか……作れるかな?」


 俊也は、スマホを開いて、『アニメ制作 無料アプリ』と検索をかけた。



 しかし、出てくるアプリの内容は、どれも難しい。3DのCGを制作できるパソコン向けのソフトもあるようだが、とにかく、内容が難しそうだ。



 動画投稿サイトで、アニメーションの制作の過程などを調べてみたが、どうも、俊也という個人にできそうな内容ではなかった。


「無理……無理無理無理無理」


 呻きながら、布団を顔まで被った。



 しかし諦めず、今度は『音楽 制作 アプリ』と検索をかけた。


 すると、いろいろと、無料のアプリがでてきた。



 さっそく、その内の一つをダウンロードしてみた。


「……やってみるか」



 この日を境に、彼は、音楽の制作に没頭することになった。



****



「……分からん」


 さっそく、作曲の制作作業へ取り掛かった彼は、とある壁に阻まれた。


 それは、歌である。


 彼の音楽は、作詞、作曲、ボーカルの録音とmix作業を経て、完成するのだが……



 彼は、歌に自信がなかった。カラオケにすら、行ったことがない。そのうえ、ボーカルの処理の仕方も、分からないという状況。


 さらに、音の作り方も、リズムの取り方も、そもそも、ソフトの使い方もわからないという八方塞がり。



 考えろ、考えろ、と、彼は思考をフルで回転させた。


「……バカか、俺は。たくさん抱え込んだら、解決の一つも導けない!ひとつ、ひとつ、着実にやらないとダメだ。まずは、歌無しの音楽を完璧に作れるようになれ!」



 独り言、だけど、実に的を射ている考えだった。


【カノンへ贈る音楽の完成】という巨大な壁の踏破のために、いきなり、多くの課題を抱えることは馬鹿馬鹿しいと気がついた彼。



 リズムはどのように取れば良いのか。


 曲の構成は、どのように設計するか。イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、間奏……?


 曲やボーカルのmixの仕方は?


 機械音声を歌わせる手段は?



 などなど、思い浮かんだ疑問の解決を、一つの小さなゴールと設定して、それらを個別に、かつ、丁寧に攻略しようという算段。



 一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩【反省】する。


 昨日は、動画で、音楽の作り方を勉強したから、今日は、魅力的な歌詞を考えてノートにまとめる。次の日は、基本の音の打ち込みをする。その次の日は、mixの処理を行って、その次の日は、仮置きで歌を録音してその次は……という具合に繰り返す。


 そうすれば、遠い未来、いつかは、カノンに贈るに相応しい音楽が完成するだろう!彼は、このように考えていたのだ。



「いでよ、我が相棒!」


 バーチャルシンガーソフト【初音ミク】をインストールして、彼女に「あ」と短音を発音させることから、歌の制作がスタートした。


 ミクと、二人三脚……しかし、自分にはまだ、知識が足りていないと、彼は実感した。



 いざ作曲してみると、後から聴きなおしてみて、歌詞もメロディも、イマイ、チだったのだ。


「あー、ダメだ、いい歌詞が書けない」


 歌詞を書いた紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に投げ捨て、激しい貧乏揺すりと黙考の果てに、椅子から立ち上がり、本を開いた。



 その本をある程度読んだら、今度は、イヤホンを両耳につけて、音楽を聴く。


 よりよい作詞を完成させるために、あらゆる本を読み漁り、この道の先駆者であるボカロPたちの解説動画を一通り視聴して、様々な音楽を聴いて、理論や哲学、宗教観に至るまでを網羅的に学んだ。


 文学でいえば、宮沢賢治、三島由紀夫、太宰治、夏目漱石、志賀直哉、中島 あつし、ドフトエフスキー、カフカ、オーウェル……


 音楽でいえば、バッハの教会音楽、モーツァルト、ベートーヴェン、リストのピアノ、ワーグナーの楽劇をひたすら聴いて、音楽に関する解説を本やネットで調べ尽くした。



「ああ、やっぱ『フーガト短調』と『ラ・カンパネラ』好きだわ、俺」


「『銀河鉄道の夜』って、こんな話だったんだ……」


「三島由紀夫、かっこいいなぁ……」


 彼は、必死に勉強して、それらを理解して吸収しているようだった。




……誰、オーウェルって?何、教会音楽って?


 配信活動に夢中で、大して勉強に興味がない高卒の私には、理解できなかった。


 好きなこと、やりたいことのためなら、彼は【努力の鬼】に変身できるらしい。すごいな、私とは大違いだ。

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