第27話 ウチ、3Dになれるんですか!?

 歌枠配信にて発表されたオリジナル曲が、佐紀音のチャンネルに、動画として投稿された。


 それから2週間……



 佐紀音と俊也が歌った音源の動画は、すでに140万再生もされており、ミクが歌ったバージョンも70万再生と好調。


……やっぱり、頑張ってみんなで作った歌をたくさん聞いてもらえると、素直に、嬉しい。



 今日は土曜日。


 夜の7時からは、リオンのチャンネルにお邪魔してのホラーゲーム配信を控えている。



 現在時刻は、午後3時。


「ねぇ、俊也、ポテチ買ってきたから、一緒に食べない?」


 日用品の買い足しに行った佐紀音が戻ってきて、洗面台の鏡の向こうに声を届けた。


 すると、ドタドタと足音を響かせて、俊也が階段を駆け下りてきた。


「食べる!」

「ふふ……子どもみたいに喜ぶじゃん」

「ポテチがあったら、誰だって喜ぶだろ」


 俊也の世界では、物価が高すぎるため、ポテチを買って食べるのも一苦労。手をパチパチと叩く、その喜びようは、無邪気な子どものようだった。


 そうして、俊也は、洗面台の鏡を乗り越えて、佐紀音の部屋へ向かった。



 行儀が良いとは言えないが、二人で寝っ転がりながら、ポテチを袋から貪った。


「さきねぇ」

「なんだよ~」

「何かジュース持ってきて。コーラでも、サイダーでも、ペプシでもいいよ」

「は?それぐらい、自分で持ってきて」

「……はい」


 俊也はシュンと縮こまりながら、部屋を出て、コーラのボトルとグラス二つを持ってきた。……佐紀音のぶんも、持ってきてやった。


「お、さんきゅー」

「しょうがないな」

「俊也の世話焼きなところ、好きだよ」

「【自分】に褒められても嬉しくないよ」


 すました顔をした俊也は、コーラを佐紀音のグラスにも注いでやった。


 そして、佐紀音と俊也は、ポテチの袋を開け放った。


「やっぱコーラとポテチは相性抜群だねぇ♪」



 床に敷いたクッションに横になりながら、ポテチと、コーラの入ったグラスとを交互に掴む佐紀音。彼女にとっての、至福の時であった。


 一方、俊也は、律儀に、胡坐をかいて座って、スマホで「収益」と「視聴数」の分析のグラフと睨めっこしていた。



 データに基づいた動画や配信内容の改善、あるいは、新しい企画への挑戦などなど……トレーダーみたいなことをするのが、Vライバーの仕事の一つでもある。


 リオンのような企業に所属しているVライバーならば、この作業は、マネージャーや会社側がやってくれそうなものだ。しかし、佐紀音は、個人としてチャンネルを運営しているため、こういう細かいことも、自分たちでやらないといけない。


 意外と、俊也は、この作業が好きだった。



「この前のオリジナル曲、視聴数の伸び、どう?」


 佐紀音が、俊也に尋ねた。


「今も、グラフが急な右肩上がりで上がり続けてる」

「よかったね~ケンジにも協力してもらえたから」

「ケンジさん、3DCGも動画編集もできるって、すご過ぎる」


 知らないところで、また評価されるケンジであった。


 そんな感じで、実にのんびりとした雰囲気が満ちていた。非常におだやかーーーーーーーーーーーーな、ゆっくりとした時間だ。


 部屋には、佐紀音がスマホでメールの文章を書く、カタカタというフリック音と、ポテチが食べられるパリパリとした音のみが響いていた。


 佐紀音が食べたポテチの破片や、塩が、パラパラと床に落ちている。


「自分で掃除しておけよ」


 俊也は、スマホを置いて、本を読みはじめた。宮沢賢治『銀河鉄道の夜』である。


「めんどくさーい。俊也がついでに掃除しておいてよ」

「そういう心持ちだから、ゴミ部屋になるんだぞ」

「うっさい」

「ご、ごめん」


 過去に、佐紀音と激しく言い合ってからというもの、俊也は、弱腰だった。


 そんな静かな部屋に、佐紀音のスマホの通知音が響き渡った。ピヨピヨという、鳥の鳴き声だ。



「ん?リオン……じゃなくって、【ハルカなる】からのメール?」



===============


 カメリア佐紀音様


 初めまして、株式会社ハルカなるのプロデュースを担当しております、島谷しまや博道ひろみちと申します。


 この度、11月の中ほどに、弊社所属のタレント、蔵屋敷リオンの4周年記念配信で3Dによる配信を行うことが決まりました。貴殿と一緒に、3D配信を行わせていただきたく、ご連絡させていただきました。


 貴殿には、かねてより、蔵屋敷リオンと仲良くしていただき、誠にありがとうございます。


 弊社には、貴殿のアバター【カメリア佐紀音】の3D化をお手伝いする技術と準備がございます。貴殿の担当のイラストレーターである鬼灯ほおづき健二ケンジ様にもご、相談させていただいております。


 以下の弊社メールアドレスか、電話番号にぜひ、ご連絡ください。



【株式会社ハルカなる 連絡用メールアドレス】……

【株式会社ハルカなる 連絡用電話番号】036……


===============



「ねぇ、これ見てよ!」


 兎のようにぴょんぴょんと跳ねながら、佐紀音は自らのスマホを差し出してきた。


 俊也は、彼女からスマホを受け取って、それを黙読。じっくりと一言一句を味わうように読み切った。



 要は、彼女のズッ友のリオンが所属しているライバー会社から「ウチのVライバーと仲良くしてくれてるから、3D化のお手伝いしましょうか」という誘いがあったということだ。


「ん?これ、俺に見せても大丈夫?」


 最後まで読んでしまったが、これは、佐紀音に宛てられたメッセージのはず。完全な部外者ではないが、一応、「双子のきょうだい」という設定の俺に、見せてもいいものなのかと、若干の不安を煽られた。


「んー……たぶん大丈夫だと思う」

「いや、たぶん、見せないほうがよかったやつだと思う」


 俊也は、喉元でつかえた深いため息を我慢できなかった。


 芸能人とか、アイドルなどが情報漏洩で問題となって、結果的にネット上で炎上してしまう……なんて事例をいくつか知っていた俊也は、首元を爪でガリガリと掻いた。


「見てしまったものは仕方ない……」と気持ちを切り替えて、彼は口を硬く閉ざす覚悟だった。こんな情報をぽろっと言ってしまって、【カメリア・佐紀音】がネット上で大炎上、活動休止、……なんて事態は、見たくはない。


「俺が黙っておくから大丈夫だけど……そういう大事なメールのやり取りとかは、むやみやたらに口外しないように気を付けて」

「俊也は、ウチのマネージャーみたいなものだから、たぶん、大丈夫でしょ」

「まあ、そうなんだけどさ……今度からは、気を付けようねって話だよ」

「はーい。気を付けます」



 俊也の口から、「はぁ」という、深海の闇のように暗く深いため息が放たれた。……この女、配信の才能ばっかりで、コンプラ意識に欠けているような。


 とは思いながら、もう一度メールを見せてもらった俊也。



「さきねぇは、このお誘いを受けるつもりなの?」


 俊也の問いかけに、佐紀音は首を縦にブンブンと振った。


「もちろん!3D化なんて、個人勢のVライバーじゃあ、なかなか難しいし、なにより……リオンと一緒に、3Dで配信したいし!」


 もしも、カメリア・佐紀音が3D化するとなれば……



 3Dのモデレーターや技術班は、どのような人たちなのか。


 収益の分配は?


 こちらの費用負担は、どのくらいか。


 当日の予定は?


 俊也が関わって良いものなのか、手伝えることはあるのか。


 ケンジはイラストレーターとして、どこまで関わるのか。


 権利関係云々……



 決めたり、話し合ったり、相談しなければならない事柄は山の如く、だ。



「会社側は『3D化する技術と準備がございます』って言ってるけど、決めなきゃいけないこととか、事前準備も沢山あるだろうから、返事は、早めに送っておいたほうがいいと思う」


 大学の【ビジネス基礎】で学んだ「ほうれんそう(報告、連絡、相談)」の知識を思い出してアドバイスした俊也。



 彼のアドバイスを受けた佐紀音は「ウチもそう思う」と言って、素直に受け入れた。


「明日の朝ぐらいには、お返事できるようにしておく」

「それがいいよ。あと、俺が関われることなのか、聞いておいてくれない?できることがあるなら、手伝いたいって思ってるからさ」

「わかった。ありがとう!」

「ん」


 佐紀音は、メールの返信内容を考えながら、ゲーミングチェアに深く座った。



 まずは、今夜のホラーゲーム配信を成功させよう。



 言葉を交わさずとも、その意識を共有した2人の「赤首ツバキ」は、残りのポテチを食らい合った。……やっぱり、のりしお味は、おいしい。


 しばしの休息を挟んで、今日も今日とて、配信活動だ!

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