第23話 年越し人生ゲーム2

 ゲーム上のキャラクターの選択やら、サイコロを振る順番決めやらを行いながら、佐紀音と俊也とリオンとケンジの4人は、ベラベラと喋り尽くした。


「あ、俺、順番最後か……ツイてないな」


「ウチね、洗剤とコラボしたんだよ!今度、テレビのCMの撮影の収録あるんだ~」


「ええ!?さきねぇのイメージと洗剤って、合わない気がするんだけど」


「ズボラなウチでも、【簡単に綺麗に】できるっていう宣伝文句で売りたいんだって~会社の人が会議で言ってたよ~」


「俊也さんは、資格を沢山お持ちだと聞いております」


「あ、ご存じでしたか」


「佐紀音さんの配信は、ちょこちょこ見てますので」



 佐紀音の今後の活動におけるイベントの話、俊也の勉学についての話、リオンの同期の人たちの話、ケンジの人生などなど、話題は尽きなかった。


「みんな、何飲んでるの?ちなみに、ウチは、大きなボトルのコーラでーす」



 配信主である佐紀音が一同に尋ねると、立ち絵の降順……俊也、リオン、ケンジの順番で回答した。


「俺は、麦茶だよ。健康に良いからね」


「私は、ストゼロ~」


「わたしは、ブラックコーヒーです。砂糖の一つも入れていないやつです」


 カランカランと、空き缶の音が響いたのは、おそらくリオンのマイクからだ。「お酒飲んでるの、私だけ~?」と、ゲーム上でサイコロを振りながら言っている。



……配信開始直後から、すでに、酔いが回って、舌足らずな声になっているような気がするのは、単なる気のせいではなかったようだ。


 俊也は、首元を掻いた。



 「ケンジおじさんは、お酒飲まないの?」と、リオンに甘い声で尋ねられたケンジが、凛としたすまし顔のまま、過去を語り始めた。



「わたしは若い頃、大酒飲みでした。会社の同期と一緒になって、居酒屋で浴びるように飲みました……けど、今は、老いた体が追い付かないので、飲んでません」


 自分のターンを終えたケンジは、コーヒーを一口。「熱いな……」と小さく言った渋い声を、マイクが逃さず拾っていた。



【かわいい】


【ケンジさん猫舌なの、ギャップえげつない】


【お茶目なおじさんほどカワイイものはない】



 そんな、お酒の話で盛り上がるケンジとリオンに対して、佐紀音が羨望の眼差しを向けていた。


「うーん……やっぱり、ウチ、お酒はどうしても好きになれないな。この前の誕生日配信の後に、日本酒もビールもハイボールもカクテルもワインも飲んでみたんだけど、アルコールのにおいがダメで、あと、べろべろに酔っちゃって、好きになれなかったな……」



 アルコールの独特なかおりを思い出して、苦虫を嚙み潰したような顔をした佐紀音。


【晩酌配信は無いのか……】


【いきなりチャレンジし過ぎじゃね?初心者はほろ酔い飲んどけ】


【カクテルってwwどんなやつ飲んだのか気になる】


【めっちゃ嫌な顔してるww】


【www】


【本当に苦手だったんやろな】



 すると、彼女の部屋から配線を引っ張って、化粧台の鏡の向こう側の世界で配信に参加する俊也が、共感を示した。


「俺も、さきねぇが買ってきたお酒の残り、飲ませてもらったけど、においがダメだった。あと、俺の場合は、頭痛がひどくなって、無理」

「あー、俊也くん、本当にお酒に弱いタイプだね」

「味も苦手だった……」



 きょうだい(本当は、二人のツバキ)が揃って、お酒の苦手なところを挙げた。


 ケンジが「お二人のご両親は、お酒に強いタイプですか?」と訊くと、俊也と佐紀音は声を揃えて「「いいえ!」」と言って、首を横に振った。


 ゲーム内のラッキーマスで2000円のお小遣いを得た佐紀音が、追加で説明を施した。


「ママがお酒、飲めないタイプの人なの。舌を濡らしただけで、顔が真っ赤になっちゃうぐらい」


 赤首ツバキの父、魁人かいとは、特筆して酒に弱いということはないが、母、輝夜かぐやの酒に対する弱さは、群を抜いている。俊也も、佐紀音も、そのことは共通認識だった。


 母の遺伝が強かったが故、酒が苦手で、酒に弱い身体に生まれたのだろうと、二人の【赤首ツバキ】は考えていた。



 佐紀音の説明を受けたケンジは「そうでしたか」と、自らの顎を撫でながら納得の意を示した。


「お母さまの遺伝が、お二人とも強かったから、佐紀音さんも、俊也さんも、お酒に弱かったと……」

「お酒楽しめないとか、人生の9割損してるよ、マジで」



 そう言ったリオンは、銀色の缶チューハイをぐいっと傾けた。


 缶をデスクの上に置く音が、ゲームのBGMを突き抜けて響いて聞こえた。



「まあ、お酒は、自分のペースで楽しむのが、一番ですね。そうしないと、わたしみたいに、やらかしますよ。へへへ」

「え、ケンジって、お酒の失敗エピソードあるんだ。ちょっと意外かも」

「公言が憚られるぐらい、二日酔いで大変なことになってしまったものです」

「マジですか、ケンジおじさん」

「マジですよ」


 墓場まで持っていくと決めていたお酒に関するエピソードをチラ見せしたケンジが、サイコロを振った。


 出目は、5だった。


 一マス先の【お金マス】を目指していたケンジは、願いも空しく【アンラッキーマス】に立ってしまった。



 内容は、【ケガをして1ターン休み】である。


「人生とは、理不尽なものです。このゲームのように、ある日突然に、日常という当たり前が奪われてしまうのですから。それがやっぱり、不安ですよね」


 人生ゲームと、自らの68年の人生とを重ね合わせたケンジに、俊也が共鳴した。


「そうですよね。俺も、芥川的な『将来に対するぼんやりとした不安』が、たまに、あります」

「ああ、芥川的……言い得て妙ですね。俊也さんの教養深さ、羨ましい限り」

「いえいえ、ケンジさんには、及びませんよ」

「わたしは、『羅生門』が好きですよ。教科書に載っていたそれを、何度読み直したことか」

「俺は、『蜘蛛の糸』ですね~短編ですけど、奥が深すぎますよ、アレ」

「文学は、いいですよね。人間の深層を描き出していからこそ、今でも読み継がれているんでしょうねぇ。へへへ、俊也さんとは、趣味が合いそうです」



 大学に通いながら、普段から読書を嗜んでいる俊也と、68年もの月日を生きた【賢人けんじん】との高度な会話に、佐紀音とリオンは、追いつくことができなかった。


「なんか、男子二人が難しい話してるよぉぉ……さきねぇ、意味、分かる?」

「いいや……ウチ、勉強よりも配信三昧だったし、高卒だし、もともと文学とかも興味ないから、分かんない。芥川龍之介って、顎に手おいてる肖像の人でしょ?」

「あー、あの人かぁ」

「『羅生門』って、高校の現代文で読んだような気がするけど、もう覚えてないな」

「というか、ケンジおじさんと話合わせられる俊也くんが凄い!いい弟を持ったねぇ、うらやま(羨ましい)ですわぁ」


 年越しの瞬間と、ゲームの終幕は、刻一刻と近づいていた。


 ケンジのコーヒーはカップの底をつき、リオンが映る画面には、酒の空き缶が積み重なって、時間とともに高度を増していった。



 佐紀音はだんだんと薄目になって眠気と格闘して、俊也は、ゲームに勝ちたい一心で戦い続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る