第21話 今、何してる?

 クリスマスにおける実写配信は、大成功を収め、【タコパ】がSNSのトレンドにランクインするほどの盛況ぶりだった。


 特に、佐紀音と俊也の仲直りのシーンは大人気で、約3万人もの人がリアルタイムで見守り、配信後のアーカイブも繰り返し視聴された。



 クリスマスが終わったのも束の間、大晦日おおみそかを控えている。


 多くの人が自宅や友人宅、あるいは親戚宅で過ごす時期のため、Vライバーを含むインフルエンサーたちにとっての絶好の稼ぎ時なのである。



 佐紀音は、年越しの企画として【人生ゲーム】をオンラインで行うことを思いついた。


 誘いたいのは、仲直りした俊也と、ズッ友のリオン、カメリア・佐紀音の生みの親であるケンジの三人。


 佐紀音は、手始めに、俊也との約束を取り付けようとする。


 化粧台の鏡を見た。


「ねー、俊也」


 鏡の向こうで、イヤホンを両耳に付けて、パソコンで作業をしている俊也。鏡に手を突っ込んで、彼の肩をトントンと軽く叩くと、イヤホンを外して、振り向いてくれた。


「なに?」

「今、なにしてる?」

「……内緒」


 いったい、パソコンで何をしているのか。「なに、内緒って?」と、訊き返してみても、俊也は、口を固く結んで、答えてくれなかった。


 で、本題の年越し配信へ。


「大晦日にさ、一緒に、人生ゲームの配信やらない?」

「いいよ」


 即、オッケーをもらった。予想通りであったが。


 俊也は、クリスマス配信の終わった後に「お正月も、こっちの世界で過ごしたいな」と言っていたから、すんなりオッケーを出してくれるだろうと、半ば確信していた。


「またねー」と言って、俊也との通話を終えた。



 次は、配信仲間のリオンである。


 電話番号を入力しながら、リオンの、他の人との配信コラボの予定が重複しないかなと、不安になった。


 プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル……



 5コール後に、応答があった。出てくれないかもしれないと思って、心臓がツンと痛くなった。


「もしもし?」

「なーに、さきねぇ~?どうした?」


 リオンの通話越しに、雨音と、車のエンジン音が聞こえてきた。車で移動中なのかな。


「今、なにしてるの?」

「年始のイベントのダンスレッスンの会場に向かってるところだよ。マネージャーの車now」

「そうなんだ~忙しそう」

「企業勢は、これだから大変なのよ」


 佐紀音は、「忙しいとき電話してごめんね」と断りながら、電話をかけた意図を明かして、訊いた。



「大晦日って、予定、空いてるかな?俊也とか、ケンジと一緒にオンラインで、人生ゲームの配信したいなって思ってて……」

「んー……」


 リオンは、唸っていた。


「夕方の6時から10時まで、事務所の公式チャンネルの配信に出るから、その後なら……うーん……」


 フロントガラスを打つ雨音が強くなった、通話越しのリオン。


 すると、通話の向こう側から小さい声で「大晦日の11時って、どうかな?」という声が聞こえてきた。


 運転席でハンドルを握っているマネージャーさんに、予定を聞いているのかもしれない。「ああ~」とか「間に合います?」という二人の声があって、マネージャーさんとリオンとのやり取りを、若干、聞き取ることができた。


 しばらく、ごにょごにょと小さい声で話をしていたリオンが、通話口に戻ってきた。



「11時からなら、行けるよ!!」

「え、ほんと!?」

「うん。ダッシュで家帰れば、間に合うと思う」

「忙しいところ、ごめんね。無理しないでね」

「いいんだよ、気にしないでって。さきねぇとの年越し、楽しみにしてるよ」


 佐紀音は、重ねて「忙しいとこ、ありがとう」と言って、リオンとの通話を終えた。


 俊也は即答。リオンには、予定を合わせてもらった。


 残るは、ケンジである。



 フリーランスでイラストレーターをしている【父さん】の年末の予定は、いかに……


 プルルルル……


 なんと、1コール目で通話が繋がった。いつも思うのだが、電話取るのが、不審なぐらい早すぎる。



「もしもし、ケンジ?」

「はいはい、こんにちは、佐紀音さん」


 こちらのノリに合わせて、声のトーンを上げたケンジ。そういう仕草、かわいいと思います。



「今、なにしてる?」


 リオンへの質問を、そのままケンジにも飛ばしてみた。


 すると、いかにもケンジらしい回答を得た。


「とあるアイドルグループとファミリーマートさんがコラボする予定があるので、そのコラボのイメージイラストの仕上げをしていたところです」

「あ、ごめん。忙しいところ、電話かけちゃって……」

「いえいえ。むしろ、佐紀音さんと話せて、気分転換になって、ありがたいです。へへへ」



 リオンのときと同様に、またお仕事の邪魔をしてしまったなぁと首を掻いたが、ケンジの寛容さに助けられた。


――渋声で、お茶目に笑うケンジ、そのギャップが素晴らしい。



 佐紀音は、電話をかけた目的を告げた。


「年越しに、ゲームの配信を一緒にしたいなーって思って、電話したんだけど……どう?」

「いいですよ。やりましょう」

「え、いいの?予定とか、大丈夫?」

「ええ。親も、もうずいぶん前に看取りましたし、兄も、この前旅立ちまして、わたしには、妻も子どももいないですからねぇ。時間だけは、あります」

「そ、そんな寂しいこと言わないでよ……」


 ご両親が亡くなっていたのは、前に聞いたことがある話だったが、お兄さんも旅立たれたことは、知らなかった。



 たしか、ケンジのお兄さんは、医学の分野の凄い人だったような……



「佐紀音さんのような、エネルギッシュな若い方々と接することができて、今は、幸せですよ。へへ」


 通話越しに、ヤカンが叫ぶ声が聞こえる。コーヒーでも淹れているのかな。ケンジは、ブラックコーヒーが大好きだ。



 ということで、三人と、年越し配信の出演の約束をすることができた。リオンの予定を優先して、午後11時からの配信開始にしよう。


 ケンジにも、俊也にも、11時スタートで良いか後に確認したところ、大丈夫だとのこと。



 今年の年末は、いつにも増して心が躍っている。


 私の大好きな四人でゲームをして年越しできるなんて、幸せ過ぎるし、楽しみすぎる。

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