第20話 イチゴの味を思い出して

  リオンとリスナーに「電話してくる」と言い残して、部屋を出た佐紀音。


 しかし、実際は、電話ではなく、鏡越しに俊也を呼び出すのだ。



 リオンも、リスナーたちも、俊也という存在が鏡の向こうの「もう一人の私」であることを知らない。



――ごめんね、俊也。つい、感情的になっちゃう、こんな私を、もう一度許して。



――また、一緒に楽しく配信がしたい。


 そう願いながら、佐紀音は、手始めに、小さい手鏡を手に取った。


 この手鏡は、俊也の世界の手鏡にも通じている。



「俊也……?」


 手鏡を開くと、そこには、自分が映らず、代わりに、黒い色が迎えた。


 これはつまり、俊也側の世界で、手鏡が閉じているということだ。黒い色というのは、俊也側の世界の手鏡の蓋の裏側が映っているということだ。


「俊也、今、いる?」


 手鏡に人さし指を突っ込んで、俊也側の世界の手鏡の裏側をトントンと叩いた佐紀音。まるで、ドアのノックみたいだ。


 しかし、手鏡が開かれることはなく、俊也が応答する気配の微塵も感じなかった。



 次に、洗面所の鏡の前へと向かった。


 やはりここも、あちら側の世界の鏡が閉められている。



「俊也、そこにいる?」


 手鏡のときと同様に、ドアをノックするように叩いた。


 すると、鏡の裏を叩いてしばらくした後に「ちょっと待って!」という、聴き慣れた声が聞こえてきた。



――俊也の声だ。


「俊也!今、そこに居るの!?」

「ああ。ちょうど、買い物して、帰ってきたとこ」



 佐紀音は、ピョンピョンとウサギのように小さく跳ねて、再開を喜んだ。


 ビニール袋を床に置く音がした後に、鏡が、ゆっくりと開かれた。



「俊也ぁぁぁぁぁぁ!」

「あ、ああ……」

「ごめん、死ねなんか言って、ほんとに、マジで……ごめん!」


 鏡の向こうに腕を伸ばし、俊也の首を強引に引き寄せた佐紀音。「うわあ?!」と動揺する彼を、そのまま、自分の側の世界へと引き込んだ。


 佐紀音の手を借りて、洗面所の淵からゆっくりと降りた俊也。


 佐紀音の、黒いダイヤモンドのような瞳と視線を交えた。



「あ、今、リオンと一緒にタコパ配信してるから」

「え」

「一緒にタコパ配信しよう」

「ああ、まあ、いいけど」


 俊也は、佐紀音に手を引かれながら、たこ焼きのいい香りが漂う部屋へと入室した。


「お、君が俊也くんか。意外とカッコイイ顔してるねぇ。よろしくね♪」


 俊也は、配信中のカメラを見つけて、慌てて顔を引っ込めながら、ペコっと頭を下げて「あ、はじめまして。俊也と申します」と、初対面のリオンへ挨拶をした。



 そして、佐紀音チャンネルのリスナーたちにも、律儀に挨拶をする。


「あ、こんばんわ。俊也です。お騒がせしております……」



――この後、めちゃくちゃタコパした。

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