第19話 後悔降誕祭

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【実写】リオンちゃんとタコパします。#さきねぇ配信中


 みんな、メリークリスマス!今頃恋人たちはイチャイチャしてんだろうなぁ。ウチも、そういうこと経験してみたかったんだけどなぁ


 カメリア・佐紀音  

 6260人が視聴中 0分前に配信開始

 チャンネル登録者62.9万

 

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 クリスマスの聖なる夜、赤首家の配信部屋で、佐紀音と、リオンがこたつを囲んでいた。



「実写配信の許可、事務所にとってるの?」

「うん、大丈夫。というか、マネージャーに相談した時点でオッケーもらえたわ。うちの事務所、けっこう配信ルールが緩いからね~」


 リオンの配信の許可云々を確認する声を届けた二人が、こたつの前に固定されたカメラの方向を向いた。


「あーこんばんわ。さきねぇだよ~」

「こんばんわー!お邪魔させてもらってまーす、【ハルカなる】所属のVライバー、蔵屋敷リオンでーす♪」


 配信画面上には、こたつに脚を突っ込む佐紀音とリオン、それから、タコ焼きを作るための黒色のホットプレートが映し出されている。二人は、首から下を映しているため、素顔は、配信画面から見切れている。



 二人が固定カメラの向こう側のリスナーたちに手を振ると、コメントがザッと流れた。


【メリクリ!】


【¥1,000:タコ代の足しにどうぞ】


【案件配信以来の実写配信か】


【リオン様かわいい】


【リオン様の萌え袖でキュン死する】


【かわいい】


【リオン様ってリアルでも金髪なのか】


【マニキュアかわいい】


 リスナーたちは、配信主である佐紀音よりも、初めて実写配信に登場したリオンに釘付けだった。


 袖の長い白色のセーターを着ている。肩から、豊かな胸にまで流れる玉蜀黍とうもろこし色のサイドテールが印象的で、その長い髪をなぞる指の先には、紫色のマニキュアが輝いている。



 過去に何度か実写配信をしたことがある佐紀音は、リスナーの目をリオンに奪われて、不満げに、頬を膨らませた。実写初登場の目新しさと、リオン自身の可愛らしさには、勝てないのだろうか。


「ねぇリスナぁ~ウチにもかわいいって言ってよー」


 首元を指で掻く仕草をした佐紀音に対して、配信を視聴するリスナーたちは、素っ気ないコメントを飛ばした。



【はいはい、かわいいかわいい】


【いつも通りだね~】


【¥4,000:今日も相変わらずかわいいね、マイハニー】


 リオンと比較して、満足のいくコメントを得られなかった佐紀音は、苦笑しながらテーブルをドコドコと叩いた。



 【あ、怒った】という辛辣なコメントに対して「ねぇ~!!」と低い声を張ると、リオンは「アハハ」と笑い、それに釣られてリスナーたちも【w】や【草】といった笑いのコメントで盛り上がった。


 そんな感じに、和やかな雰囲気のもと、クリスマスの特別な配信がスタートした。



「たこ焼きの素と、ジュース持ってきまーす」

「いってらっしゃーい」


 佐紀音がこたつから離脱して、部屋を出て、その足で階下のキッチンへと向かった。



 配信の舞台となる佐紀音の部屋には、こたつでぬくぬくするリオンが残された。


【後ろの椅子は何?】


 というコメントを、リオンが読み上げた。


「これは、さきねぇのゲーミングチェアだよ。たしか……7万円ぐらいしたって言ってたな」


 リオンは、こたつに足を突っ込みながら、佐紀音のゲーミングチェアのひじ掛けを撫でた。「ほこり付いてるし……」とこぼすと、コメント欄がざわめいた。



【さきねぇ、掃除下手なのか】


【汚部屋には見えないけどな】


【片付いてるほうだと思う】



 佐紀音が返ってくるまで、リオンとリスナーたちは、他愛ない会話を交す。


「前に来たときよりも、断然片付いてる。10月に来たときは、空き缶もペットボトルもティッシュもゴミ袋も薄い本も転がってて、足の踏み場も無いって感じだったからね~」



【きたな】


【汚ねぇwww】


【夏とか異臭騒ぎが起きそう】


【虫天国】


【薄い本転がってんのか】


【配信に載ってたガラガラ音って、空き缶の音だったのか】



「でもね、12月に入ってから、俊也くんと一緒に片付けと掃除したみたいだよ。だから、きれいになってる」


 こたつの上に肘を突きながら、コメント欄を眺めて雑談するリオン。ふと、こんなコメントを見かけて、読み上げた。


「【俊也はいないの?】ああ……確かに」


 そのコメントが配信に載ったとき、ちょうど佐紀音が部屋に戻ってきた。


 胸の前に持ったお盆には、ボウルに入ったたこ焼きの素と、調味料諸々が乗っていて、それから、コーラの大きなボトルが左手に握られている。



「よっこらしょ」とこたつに入った佐紀音に、リオンは訊いてみた。


「さきねぇ」

「なに?」

「俊也くんは、呼ばなかったの?」


 その質問をまっすぐに受けた佐紀音の体が、石のように硬直してしまった。それも、数秒という長い間。



 体の硬直の魔法が解けた彼女は、配信用のマイクにも聞こえる音量で「あ……」という声を漏らした。


 リオンは、黒い瞳が左右に揺れる佐紀音を見た。


「えっとね……そのぉ……」

「予定合わなかった?それとも、体調不良とか?」

「ん……」



 言葉に詰まった佐紀音は、とあるコメントを見かけて、お腹の真ん中のあたりが冷たくなる感覚に襲われた。


――【ケンカした?】



 的を射た疑問を突きつけられて、佐紀音は肩をがくっと落とした。


 息を小さく吸って、真実を告げる覚悟を胸に、口を開いた。



――ほんとうは、俊也が体調不良になってしまったということにして誤魔化すつもりだったけど。


「昨日、ケンカしちゃってさ……俊也と」

「え、マジ?」



 人気配信者の双子のケンカの事実を明かされたリスナーたちは、さまざまな反応を示した。


【うんうん】


【マジか】


【不仲説って、ほんとうだったのか】


【まあ、きょうだいならケンカぐらいするだろ】


【配信では仲良しに見えたのに……】


【なんでケンカしたの?】


【異性のきょうだいいるやつなら分かるだろ。ケンカなんて日常茶飯事】


【仲直りして誘わないの?】



 心にわだかまりを持ったままモヤモヤし続けるぐらいなら、いっそ全部、話してしまえと、佐紀音は思い切った。



 勇気を見せる親友に、6歳年上のリオンは、人生の先輩として、ときどき頷きながら、耳を傾けていた。


「昨日さ、ウチ、朝からイライラしてたんだよね。そこに、こんな丁寧な資料を俊也が持ってきてさ……」



 佐紀音は、昨日、俊也から手渡された書類をリオンと、それからカメラに見せながら、説明を始めた。



 俊也から「英語、勉強してみない?」と提案を受けたこと。


 その時に、きっぱり理由をつけて断ったが、俊也が念押しして再度、考えるだけでも、と、お願いしてきたこと。


 イライラにまかせて、クッションを投げて、良くない態度をして、良くない言葉を吐いたこと。


 いつも温厚な俊也を怒らせてしまったこと……



 包み隠さず、すべての事実を語った。


「――それで……だから、俊也を誘えなかった」



【俊ちゃんは、別にさきねぇを邪魔したかったわけじゃないでしょ!】


【俊也悪くないだろ】


【どっちもどっちじゃね?】


【いや、俊也はあくまで、提案しただけだろ】


【バカとかゴミとか言ってる時点でどっちも悪い】


【メンブレしてるときに、それやられたら、ウチだったらムカッとする】


【俊也が丁寧すぎたが故の事故】



「ふーん。そんなことがあったんだねぇ~」



 リスナーたちとともに、佐紀音の告白を聞いていたリオン。グラスにコーラを注いで、それをぐびっと飲み干した。


「おいリスナー。女の子ってのは、定期的に、こうやってイライラしちゃう周期がやってくるんだ。そういう日は、優しく労わってくれよな」



 グラスをドンと置いたリオン。



【はい】


【わかりました】


【つらいよね】


【¥4,500:二人が仲直りできますように】



「ごめん……配信の初っ端から、お葬式ムードにしちゃった……」

「いいよ、いいよ。切り替えて、たこ焼き焼いていこう♪」



 俯いて、声のトーンをさらに落とした佐紀音。


 ふと顔をあげて、コメント欄を見て、また、とあるコメントに目を奪われた。



――【今からでも誘おう】


「い、今からでも、俊也、来てくれるかな……」



 佐紀音が弱弱しい声を響かせると、リオンが彼女の肩をポンポンと叩いた。


「俊也くん、たぶん、優しくてノリ良い人だから、来てくれるよ」



 親友からの言葉に背中を押されたのか、佐紀音は立ち上がり、「俊也と電話してくる!ちょっと待ってて」と言い残して、部屋を出て行った。


 リスナーたちは、急な展開に驚かされつつも、温かい言葉で【推し】を見送った。



【いってらっしゃーい】


【俊ちゃんきてくれるかな】


【急展開きたああああああ】


【さきねぇガンバ!】


【¥22,000:俊ちゃんとさきねぇが仲直りできますように】


【二人で戻ってきたら俺も赤スパ投げる】



 部屋に残されたリオンは、一人、たこ焼きの素をプレートに注いで、焼きはじめのスイッチをONに入れた。


「……さて、三人分のたこ焼きを焼いて待つとするかね。リスナー、私の雑談を聞いて、しばし待たれよ」

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